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第二百九十二話「本題に入ろう」


 ささやかな宴は続く。予断を許さないとはいえ、それでもここは神の城。世界創生よりも前に存在した、この世界の始まりを見届けた存在そのもの。

 分身や化身の類とは言え、境界神クロトはそこに在る限り、邪神ジユムバークから己の存在を隠しつつ、この辺一帯の妖魔帝国軍が急な動きをしてもすぐに察知、対応が可能な程度には、その権能の使用は自由になる。

 あまり広範囲ではないとはいえ、人類側にとっても優位に働くのは間違いない。だからこそこの気楽な空気も、ある意味で許されているのだ。


「なんか僕たちばっかり美味しいものを食べてて、皆に申し訳なくなってきた……」


 懐かしい味や異国の味を一通り食べて満足したのか、ユウリがふと我に返る。時すでに遅しではあるが。


「それならば他の者たちへも、料理を振舞っては如何でしょう? 収穫物も更なる増産が見込めるようですし、少なくとも肉類に関しては一切心配する必要がないのでしたら、この城の機能で簡単な調理をして配るくらいは可能です」


 いつの間にか会議室に入ってきていたレムリアが、ユウリにそう告げた。どうやら埒が明かないと判断したクロトによって、呼び出されていたらしい。


「それじゃあ、お願いします」

「……まあ、良いと思うよ? 温かくてしっかりとした量があれば、兵たちも喜んでくれるだろうし」


 料理を振舞うと言う提案にユウリはすぐさま賛同し、クロトも悪い案ではないと同意する。


「それでしたら、ぼくもお手伝いしますね。クロトさまのディナーの準備をしたいので、あくまでそのついでになりますけど」

「おれも、畑の方見たい! 畑の栄養剤とかも作って来たから、いっぱいお手伝いするよ!」


 するとクロトが連れてきた天族の少年、従者のセシルが手伝いを申し出、それに続くように魔族の少年、従者のエミルが元気に手を挙げてみせた。


「ん、ああ。頼むよ、二人とも」


 突然の申し出に少しだけ驚きつつも、クロトは微笑みながら二人の頭を撫で、しっかりと頷いた。セシルの言葉に微妙に棘を感じつつも、そこはあえてスルーする。従者なんてものは基本的に忠誠心が高すぎるので、自身の主本位になりやすいのだ。


「ユウリ様、よろしいのでしょうか? この者らは部外者ですが?」

「うん、手伝って貰ってください。お願いします」


 それを受けてレムリアが、ユウリに確認を取る。問題ないと少年は頷き、それならとレムリアは小さく頷き、二人を連れて会議室から移動するのであった。


 好き放題にやり尽くした彼らは、ただ沈黙する。仕方が無いのだとは言え、懐かしい故郷の味と言う誘惑に勝てなかった己を、ただ恥じるしかない。


「その……申し訳ありません」

「どうしても懐かしさに勝てなくって……つい」

「ご、ごめんなさい」

「ちょっと調子に乗り過ぎたのは認めるよ。でもとても美味しかったね」


 特に暴走していたであろう、ユナとネクロが申し訳なさそうに頭を下げる。ユウリと二人して、自国の料理と日本の料理の食べ比べをしていたベリエスも、苦笑しつつ改めて話し合う為に姿勢を正した、

 彼らの事情は理解できるので、誰も特に責めるような事はしない。寧ろできる訳が無いともいう。


「ま、落ち着けたのなら、本筋に戻りましょう。報告したい事、今だからこそ出来ることなど、話し合いたい事は結構あるので」

「そうね。一応、私たちのせいでもあるのだし」


 奇跡のテーブルクロスなどと言う、とんでもアイテムの所有者である二人としても、自分たちが原因であることは十分理解している。なので苦笑するに留めているし、なんだかんだで自分たちもそれなりの食べて楽しんでいるので、誰かを責められるはずがない。

 クロトが小さく咳払いをすると、他のプレイヤーたちも一気に表情を引き締める。今度こそ真面目にやるのだと言う意思はあるのだ。


「さて。妖魔帝国の動きに関しての報告だけど、ネクロさんの従者からの情報によれば奴らは現在、南北に分かれて侵攻しようとしている事が判明した」

「えっ……それって大丈夫なの!?」


 折角戦力を整え、集中させているというのに、敵はそれを避けて東へ向かおうとしているのだと聞いて、流石のユウリも不味いと感じるのも当然である。

 しかしクロトは小さく笑って、言葉を続けた。


「連絡を受けた後、ネクロさんの従者の……」

「レミジオとアルドには南に分かれた部隊を、対処してもらっているわ」

「とまあ彼の言う通り、現在は妖魔帝国の軍を、強引に押し返して貰っている。因みに北の方は境界神の権能を使って、道を塞いでいるよ。この城のお陰で境界神は邪神に感知されないので、奴らの行き先くらいは封鎖可能だ。なのでそのうち退き返してくるはずだろう」


 当然ながら、相手を殲滅するようなつもりはないと、クロトは苦笑している。今回の目的はあくまでも、分裂した妖魔帝国の軍を、もう一度一ヵ所に集め直すこと。その為にはこの地を避けて通る事は出来ないと、相手に理解させる必要があった。


「俺にも従者はいるけど、あの子達は戦闘向きではないんでね。まあ、境界神直属の天使と魔神を動かせば、幾らでも対処可能ではあるけれど、それは世界に対して境界神の影響が大きくなり過ぎるので、神々側からも待ったが掛かっている」


 この世界の問題は、あくまでもこの世界の住人が解決するべきなのだと、クロトは強調する。それに異論はないと、他のプレイヤーたちも頷き返し、では今後どうするのかと議題は移り変わっていく。


「それで正直なところ、戦力としてはアトラシア帝国とルグト王国、そして今後参戦するレイ君のレイメシア国が、突出し過ぎている。原因は簡単で、俺やユウ君、そしてレイ君がそれぞれにスキルや魔法を所属国に伝え、彼らを鍛えた結果だ」


 なので今後のバランスの事も考えて、時間のある今のうちにスキルや魔法の使い方などを多少なりとも、それぞれの上層部や見込みのありそうな者たちを中心に、仕込んでいこうとクロトは語った。


「クロト。……君、実は割ととんでもないね? 主にやらかしているという方面で」

「そ……れは、否定しません。だけどこの世界の人々は、ちょっと弱すぎるくらいですし、多少なら良いかと。そもそも元々使えた魔法やスキルの知識は千二百年前、当時の妖魔王達によって引き起こされた【断絶の時代】によって、途絶えてしまったせいでもあるので」


 ベリエスからの容赦ないツッコミに、クロトは明後日の方向を見ながら、しかし結局は開き直るのであった。


「しかしそうか……スキルの使い方を教える、という観点は持ってなかったな。私も随分とうっかりしていたものだ」


 そう言ってベリエスも苦笑する。勿論今まで、それらを考えなかった訳ではない。ただスキルや魔法の重要性が非常に高い事を知って以降、何年もそれらを秘匿することに終始していたせいもあって、教えると言う考えが最初から除外されていただけなのだ。

 ただこの男も、自身が所属するヴォルデス王国に銃の概念を教えたせいで、魔銃という武器が作られる切っ掛けを作るなど、相応にやらかしてはいる。

 とはいえスキルの習得は決して簡単なものではないので、初歩のスキルを一つでも使えるようになれば御の字だろうとクロトは語った。


「スキルもだけど、魔法を仕込むような余裕も、流石に無いんじゃないかしら?」

「今現状で参戦している魔法士に、違う属性も使えるよう、指導をすれば十分です。この世界の魔法士、特にマジック系統を使う者は、一つか二つの属性しか扱えない事が多いので」

「……なるほど。それなら魔法士を一か所に集めて、私とネクロさん、クロトさんがそれぞれ講義の一つもすれば、解決しそう」


 ネクロの疑問に対して、クロトがこれまでアトラシア帝国内で行って来た指導を思い出しつつ、傾向と対策を提示する。その内容くらいならば、可能だろうとレイも乗り気になってくれた。


「魔法の指導が出来る者は、私の弟子たちも居る。なので人手は足りてるけれど……スキルはユウ君だけよね?」

「僕、スキルの指導は、あんまり得意じゃないよ?」

「スキルの指導は、俺の方でもやります。ベリエスさんは……」


 魔法士の絶対数が少ない事は分かっているので、指導するにしてもそう大掛かりにはならない。だが魔法を使え無い者が圧倒的多数であり、直接的に戦う兵士である以上、スキルを教えるにしてもそれなりの人数が必要になるだろうとレイは言う。

 この中で物理攻撃最強なのはユウリただ一人であり、メインアタッカーではあるのだが、彼一人にその負担を与えることは出来ない。なので魔法戦士でもあるクロトが、スキルの指導も行うと手を挙げる。


「悪いけれど、自国での立場上、余り目立ちたくはないんだ。国王陛下にも目を付けられてしまったし、本当にすまない」

「じゃあ、わたくしがお手伝いします。初歩でいいのなら、盾とメイスのスキルは教えられそうですし」


 クロトに水を向けられたベリエスは、可能ならばやりたくないと首を横に振る。するとそこへユナが挙手し、自分が指導を手伝うと名乗り出てくれたのだ。

 これらスキルや魔法に関する重要事項は、それぞれの国からすらも秘匿されている情報であるために、その習得法やプレイヤーの知識を迂闊に外に漏らさぬよう、今回は彼らだけで話し合っていたのである。

 大いに道が逸れたりはしたものの、何とか本題についての話し合いは続いていく。それが少しでも、この世界に住まう人々の為になればと、誰もが願って。


 この世界の人類からすれば、敵の数は膨大にして強大。神話にのみ語られる悪魔ディアブロさえも敵側にいる、絶望的な戦いなのだ。しかし天空より神の城が現れ、それによって幾人もの聖剣使いがこの地に集い、人々に希望となった。

 神々は自分たちを見捨ててはいない。ただ故郷を守りたい一心で戦う者。この戦いで名を上げ、成り上がる事を夢見る者。義憤に駆られて馳せ参じた者。それぞれの事情はあれど、彼らは人類が生き延びるために立ち上がったのである。


 懐かしい城。今は己の邪魔をする忌々しい城を睨みつけながら、邪神ジユムバークは静かに動き出そうとしていた。


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