第二百九十一話「皆で会議をしよう」
天空城の役目は空の魔物を引き付けて迎撃しつつ、地上の負傷者の回収と治療。そして兵站の製造、補給であった。その存在一つで戦のあらゆる前提が破壊されるような存在ではあるが、人類存亡が懸かっているこの状況では大いに活用する事に決めている。
妖魔帝国軍と未だ直接的にぶつかりあえていない分、態勢を整え、迎え撃つ準備や策を練る時間はあるが、その分だけ食料や消耗品の消費は増える一方なのだから、この問題は早めに解決できるよう、対策を講じなければならない。
城に作られた会議室で円卓を囲みながら、主にプレイヤー達が話し合いを進めていた。
「食料については、農作物の生産は既にそっちで開始していて、随分な量を溜め込めている……と聞いている」
「うん。小麦とか野菜ばっかりだけどね。ベヒモスの肉とかは、解体が間に合わないから、あんまり出せないんだ」
「なるほど、肉が不足か。魚は……元々内陸だからあっても淡水魚しかないだろうし、候補からは外しても構わないな」
十分な食料はあるが、それでもかなり膨大な数であり、それらの運搬にも多くの人手が要る。食事そのものを作ったり加工する手間もあるため、この城の機能と従者たち、そしてオートマタだけではおのずと限界があるのは仕方がないだろう。
「お肉が食べられないのは、僕もちょっとやる気が出ないなぁ」
戦時中になるため、ユウリ達であってもその食事は、他の兵たちと同じものを口にする。故に麦粥やパンと言った主食と、干し肉などの保存食、そして新鮮とはいえ野菜ばかりでは、エネルギーの補給としては少々物足りなく感じるだろう。
それぞれの国も自分たちが持ち込んだ兵糧はあるが、それとて決して多いとは言えないのである。
「それでしたら……」
そう言ってユナが、魔法の多機能鞄を取り出して、中を探る。それを見たクロトも、一つ頷いて自身の魔法の多機能鞄の中を漁りだした。
「この子なら……力になってくれると思います」
そう言って二人が鞄から出したのは、手のひらサイズの可愛らしい小さな猪。そしてクロトが猪と一緒に追加で出したのは、どこからどう見ても、一見して普通の山羊。
何をどうやったら生物が鞄の中に入っていたのかとツッコミたくなるが、今はそれを議論している場合ではないので誰もが口を閉ざす。
「えっと、うりぼう……って言うんだっけ? 猪の子供」
「こいつは神猪セーフリームニル。無限の如く肉を出す、とんでも生物だ。そしてこっちは聖山羊ヘイズルーン。山羊の乳と蜂蜜酒を無尽蔵に出してくれる」
それを見て遠い目をしたのは、プレイヤー以外の人々であった。神の城と言うだけで桁外れだと言うのに、それに匹敵しそうなとんでも無い物が、後から後から出てくるのである。
そのどちらもが、普通のヒトが食べても何も問題の無い、ごく普通の食料なので、今は遠慮する必要が無いのだと言う。流石に飲み食いするだけで、ヒトの領域から外れそうになる類のモノは、表に出せないとクロトは笑う。
どちらも原典は北欧神話由来の存在であり、ヴァルハラの戦士たちの腹を満たす存在だ。ゲーム内ではアイテム扱いなので、管理や持ち運びが楽だと言う性質はあるものの、性能的な意味とアイテムの所持枠的な意味では、不人気な部類のアイテムであった。
勿論この戦いに勝つ為にも、兵士たちが飢えないに越したことは無いが、こうも雑な方法で解決されるのは、見てる方にとっては心臓に悪い。
「そういうのなら、私も持ってたわね」
そう言って次はレイが、魔法の多機能鞄を取り出したのである。
まだ何かあるのかと、この世界の人々は顔を引き攣らせる。そんな彼女に続くように、またしてもクロトも一緒に何かを取り出そうとしているのだから、実にタチが悪い男だ。
「この布……テーブルクロスを敷いて、料理名を言えばそれを出してくれたはずよ」
「奇跡のテーブルクロスと言う、便利アイテムだ。簡単な調理は出来るけど、自分では作れない手の込んだものを食べたい時に、随分と重宝してたよ」
またの名を北風のテーブルかけ。食器類も同時に出てくる便利アイテムであり、また食べ終えた後は食器ごと消えてしまうので、後片付けの必要もない、色んな意味で便利過ぎる道具だ。
あくまでも普通の食事なので特別な効果はなく、ゲーム中ではちょっとお茶をしたい時に便利くらいのアイテムでしかなく、需要は決して多いとは言えなかった。
これも食べることによるバフ効果などが無く、フレーバーアイテム以外の意味が無いせいでもあったので仕方がない。
原典はノルウェーの民話であるが、似たようなアイテムにはダグザと言う神の持つ、無限の食料庫であるダグザの大釜があり、こちらは死者蘇生の能力まで持つとんでもアイテムである。
この世界ならば間違いなく神器として、万神殿や王宮の宝物庫で厳重に保管されているような代物であり、食糧問題を雑に解決するにも程があると言いたくなるだろう。
「これなら、食事の問題も大丈夫かな?」
「そうですね。あ、料理でしたら、わたくしも腕を揮いますよ」
「奇跡のテーブルクロスは、個人やパーティ単位ならいいけど、軍としては少し使いにくいから、最終手段かな?」
「……それもそう」
元々がそれほど大きくない道具なので、戦をするほどの人数に使わせるだけの余裕がない。
どれほど切羽詰まろうとも食事は必要であり、それらは可能な範囲で、この天空城でも提供する予定なのではあるが、流石にこの道具では効率が悪過ぎて、最終手段くらいにしか使え無いが現実であった。
それこそこの大陸の人類の存亡を賭けた戦いなのだから、相応の人数が集まっているのは当然なのだ。
また実際はまだ世界樹を超えた更に東の地域や、大竜山脈を越えた南の地域も存在するが、今はあえて勘定には入れていない。少なくとも彼らが暮らす西側の人々が生き残るためには、この戦いに負けるわけにはいかないのである。
「随分と美味しそうな話をしてるわね?」
「何と言うか、そんなアイテムもあったなと、今更ながらに思い出して、少し頭が痛いよ」
遅れてやって来たネクロと共に、連れてこられたベリエスが、彼らの話の輪に入る。
初めて会う者も居るので、改めてそれぞれが挨拶を交わし、この後は今後について話し合う事になっていた。
これはクロトの提案でもあり、現状この戦に関わっているプレイヤーの全員が、この場所に揃ったことになる。そして境界神の名の下に、プレイヤー以外の人々は彼らの話し合いからは、外れるようにと厳命されることとなった。
彼ら特殊な存在には特別な役目があるためとして、あえて他の耳目を遠ざける。そして話の内容が外に漏れないようにする程度の事は、この天空城の機能なら十分に可能でもあったからだ。
「でもこうやって食べ物の話をしていると、なんだか和食が恋しくなるわねぇ」
「ワショク。ああ、日本料理のことだね。是非一度食べてみたいものだけれど……まあ、ここでは無理だろうと言うのは分かるよ」
「う。わたくしはずっと、考えないようにしていたのに……」
溜息を吐くネクロに、日本人ではないベリエスが興味はあると言いながらも、少しだけ残念そうに返す。彼らがそんな事を言うからか、ユナはがっくりと肩を落とした。
特に料理好きの二人からすれば、百年以上もの間、慣れ親しんだ味に触れられていないのは、非常に辛い部分でもあったようである。
ネクロの場合、調味料の類は錬金術で、何とか出来る物もある。しかし肝心の作物や種がなければ、日本で親しまれている料理を作る事は中々に難しい。特に一番のネックとなるのは主食である米であり、この世界でそれらを見た事が無いのだ。
勿論、世界の隅々まで探索したならば、似たような植物がある可能性は非常に高い。世界樹がこの世界の植物の始祖である以上、彼らがやっていた<SGO>と同じ植物が存在しているはずだからだ。
「お米……僕も食べたくなってきたなぁ」
幾ら元の世界では病院で寝たきりだったとはいえ、ユウリも米には一定以上の親しみはある。これまで殆ど気にならなかったのは、健康な肉体で存分に食事を楽しめていたからであり、全く未練が無いかと言えばそうではないのだ。
「……なんか、ごめんね?」
「……あー、まあ。お米くらいなら種籾とかも含めて、少しくらい融通しますよ?」
奇跡のテーブルクロスを持つレイとクロトには、それらの問題はほぼ意味を成さない。そんな二人の言葉を聞いて、他の面々からの視線が、少しだけ鋭くなるのが感じ取れた。
「奇跡のテーブルクロスがあるなら、今なら食べられるのよねぇ? お米を使ったお料理も」
「っていうかクロトさん、もしかしてお米を栽培してます……?」
「……あ、ああ。こっちに来たのは自宅ごとだから、作物自体は一通り揃ってる、かな?」
「あら、それは腕が鳴るわねぇ。今日はとっても、カレーライスとか食べたい気分だわぁ」
「あ、はい! す、すぐに持ってきます!」
ネクロとユナの視線が、かなり危険な色に染まっている事を察したクロトは、慌てて自身の屋敷へと転移、もとい逃げたのだった。
「と、とりあえず、クロトさんが戻るまで、お茶にしましょう。あ、奇跡のテーブルクロスを使って、和菓子と緑茶とか、どう?」
冷や汗を流しつつ、レイも慌てて円卓にテーブルクロスを広げ、仲間たちに勧める。すると仲間たちはあっという間に彼女の周りに群がって、口々に自分たちが食べたいものを、叫び始めるのであった。
「えっと、戻りました……けど。なんというか、凄い光景だね……」
戻って来たクロトが目にしたのは、円卓に並ぶ数々の料理。どれもこの世界にはない、手間暇をかけて作られた物ばかりなのだが、それらは奇跡のテーブルクロスによって出された食べ物なのは間違いない。
だが懐かしく慣れ親しんだ味を、少し口にするだけなら十分過ぎる。誰もが口々に懐かしい、これはこんな味だったかと、好き勝手に言い合っていた。
「懐かしいわぁ。塩むすびってお塩とお米だけなのに、なんでこんなに美味しいのかしら……幾らでも食べられそう」
「紅鮭の入ったおにぎりも、とても美味しいです……。こんな味だったなんて、すっかり忘れてました」
緑茶を片手におにぎりを頬張るネクロとユナの隣では、レイが少しだけ寂しそうに、お団子を食べているのが見えた。久々の米食だからか、懐かしさのあまり二人の目には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
またユウリとベリエスの二人は、それぞれ自身の国の料理を食べ比べたりしているようで、かなりがっつりとした食事になっていて、流石のクロトも思わず頭を抱えてしまう。
「別にいいけど君たち、他の人々には絶対に見せられないからね。この光景」
折角人払いまでしているのに、やっている事が自分たちだけで美味い物を食っているだけだなんて、誰が思うのか。
そもそもプレイヤーが揃ったので、本題を話そうと言う流れだったはずなのだ。本筋には一ミリも関係が無い上に、それらしい話題も一切出てないのだから、見つかったらお叱りを受けること間違いなしである。
「えっと……折角ですから、クロトさまのお食事は、ぼくがご用意しましょうか?」
クロトと共に転移してきた天族の少年が、少しだけ困ったように首を傾げながら、主の方に問いかける。
「いや、それは後で頼むよ。ありがとう、セシル」
「クロトさまー。種とかはどこに持っていくのー?」
「それもまた後で……かな。ごめんな、エミル」
主であるクロトの言葉に、セシルと呼ばれた天族の少年は苦笑しつつ、頷き返した。そしてエミルと呼ばれた魔族の少年は、どこか甘えるように主の腰に腕を回し、どこかご機嫌な様子が見て取れた。
融通する作物の種やすぐに使える食材だけでなく、この城での裁縫や調理、農業や調薬といった作業の応援として、わざわざ避難させていた自身の従者を一緒に連れてきたと言うのに、全員がすっかり寛いでいるのだ。
この会議は長くなりそうだと、クロトは深々と溜息を零すのであった。
話は逸れるよどこまでも。
彼らが集まると、こうなるのはある意味で必然でしたね……。




