凶悪な「一つ目の巨人」、トウコツが乱入した
東の空が白み始めた。夜明けだ。
(敵の総攻撃があるとしたら、今日だろうな)
その予感は、砦の皆が共有していた。緊張した面持ちで、配置に就く。カイトも「神域の森」の入口付近で、態勢を整えた。
直後、コントンの不快な嗤い声が、響いた。すぐに耳栓をする。結界のお陰で、身体に影響は及んでいない。
だが……。
(臭い。目が痛い)
目と鼻を強烈な刺激が、襲った。
「ギャ――」
絶叫が、あちらこちらから起こる。
「何事ぞ?」
巫女頭のナビが、振り返った。
居並んでいた巫女たちの半数近くが、眼や口を覆って伏し倒れている。白い祭服が、汚物にまみれていた。嘔吐している者も、少なくない。
「コントンだ! 結界が破られるぞ」
上空からの糞尿攻撃であった。
祈りを続ける巫女の数が減るに従って、結界の微細な煌めきが失われていく。兵士たちが矢を射掛けるが、届かない。
コントンは、その様子を嘲笑うかのように上から眺めていた。 だが、次の攻撃を仕掛けることもなく去っていった。
「ドガッ、バキバキバキ――」
砦を囲む木柵の方から、大きな破壊音がした。
巫女たちの悲鳴を聞いて、森の中へ駆け込んだカイトであった。だが、足を止める間もなく反転して、向かうことになった。
木柵が一部、押し倒されている。
(何だ、こいつは?)
カイトには、判断がつかなかった。
三メートル近い巨体の怪物が、暴れていた。太い丸太のような腕で柵を揺すり、壊している。
上半身は、人間だ。禿頭に一本角、顔の真ん中に一つの巨眼、口にはイノシシの牙。下半身はトラ。背には蓑を着たように長い剛毛が生えている。
「トウコツか。凶暴極まりないやつだ」
駈けつけてきたリンレイが、吐き捨てるように言った。
「四凶」の仲間で「檮杌」。戦場で、思いのままに暴れ回ることを好む。
アミ族が近くから矢を浴びせ掛け、アヅミが銛で突き、「森の人」が岩の塊を投げつける。だが、堪えている様子はない。毒煙を吐き、棍棒を振り回し、踏み潰す。ほとんど東京に上陸したゴジラ状態だ。大勢で取り囲み、応戦するが足止めすることすらできない。
「ワァァァァ――」
その間に柵の破れ目から敵の兵士が吶喊し、雪崩れ込んできた。
「防げェェェ――」
リンレイはルフィに騎乗して弓を引き、左右に連射する。庭は、乱戦模様となった。李船長も、アヅミを率いて長刀を振るっている。
しかし、数で勝る敵に押され、ジリジリと後退していくばかりだった。トウコツは、すでに「神域の森」の中にまで踏み込んでいた。
その行動には、意思が感じられた。狙っているのは、ミーカナであろう。
カイトは七星刀を中段に構え、神座の前で騎馬立ちの姿勢で備えていた。その背後には、ミーカナがいる。
他の巫女たちは、竜穴へ避難させた。だが、ミーカナは、頑として座から動こうとしなかった。ナビなど主だった巫女たちも神座の周りで、祈りを続けている。
(正念場だな。やれるだけやろう)
不思議と気持ちは、落ち着いていた。剣術に自信があるわけではない。だが、気力は充実していた。「ミーカナを守りたい」という思いだけがあった。
イサナなどアヅミの海士たちが、銛や槍を突き立てる。ズブズブと刺さるだけで、血も流れず痛がりもしない。力任せに海士たちを蹴散らした。
(生き物じゃないんだ。刀が通用するのか?)
不安になった。しかし、すぐに気を取り直した。
七星刀を義宝から貰ったとき、李船長が「魔物用だな」と言った。
それを思い出したからだ。今は、その言葉を信じるしかない。
トウコツが、眼前に迫った。振り上げた棍棒が、斜め上に見えた。
七星刀が青白い輝きを放ち、微細に振動する。
「突っ込め!」
声が、飛んできた。
条件反射的に頭を低くして、前へ跳んだ。七星刀を突き出す。ズブリと下腹に入った。そのまま体重を預けて、切り下げる。
「グォォォ――」
苦悶する咆え声が、頭上で響いた。切り裂いた傷口から、腐った肉がドロドロとこぼれ落ちる。
その刺激臭にカイトは咳込み、慌てて身を離した。
尻餅を突いたかたちで座り込む。興奮からか動悸が収まらない。
「よくやった」
顔を上げると、李船長の笑顔があった。さっきの声も、船長のものであった。トウコツの動きを見て、追ってきたのであろう。
「ええ、何とか……」
ようやく呼吸が、整ってきた。
「庭の敵兵は?」
「入り込んだ奴らは、始末した。結界を張り直したんで、後続は断たれた」
船長の応答を聞いて、ホッと一息ついた。
竜穴に避難したはずの巫女たちが、戻ってきている。リンレイたちも、引き揚げてきた。
「皆の者、大儀であった。それぞれの尽力に感謝する」
ゆっくりと神座を下りてきたミーカナが、ねぎらいの言葉を発した。
言葉遣いに圧倒的な威厳が感じられた。表情にも、神々しさが漂っていた。
ナビがハッとした表情になり、バッと額を地に着けた。
「ヒミクァ様で、ござりましょうか?」
顔を伏せたまま、震える声で尋ねた。




