邪神の祭儀、トウテツの襲来
「呉」の船団は那覇の湾へ入り、碇を下ろしていた。
送り込んだ陸戦部隊からは、首里の丘陵を包囲したとの報が届いていた。
(後は、時間の問題だな)
残った兵士たちの多くは、そう思っていた。
船団の中で、ただ一隻だけ、異様な様相を示している船があった。甲板の柵には、呪詞らしき文言が記された赤い幡が何本も立ち並ぶ。
乗組員たちは二、三人ずつ固まって、何事か囁きあっている。顔も青白く、生気が見られなかった。
船の周囲には鮫が寄り集まり、群れをなして泳ぎ回っていた。何かを待っているようだ。
「キュウキとトウコツが、倒されたようだな」
吊用之は、つぶやいた。
甲板を下りたところにある船室――。
黒の祭服と長帽子、網目状の布を顔の前へ垂らしている。胸には骨片を綴った首飾りが下がり、手には血塗られた剣があった。
目の前の祭壇正面には、高さ五十センチほどの「蚩尤」の座像が安置してあった。
シユウとは、中国の古代神話に登場する邪神である。姿は、牛の身体で頭は銅、額は鉄だ。八本の手に剣や斧などの武器を持つ。伝説によると、皇帝の始祖である黄帝に対し、蛮族や魑魅魍魎を率いて反乱を起こし、激しい戦いの末、敗れ去ったとされている。
手前には、四体の像が並べられていた。おそらく青銅製であろう。両脇の二体が腐食で青緑色に変色し、表面がボロボロに崩れている。
最前列には、五つに切断された生贄のヤギが、供えてあった。 吊の左右には、同じような服装をした男が二人ずつ座っていた。しかし、両脇の二人は、血を吐いて倒れ伏している。
腐食した二体は、キュウキとトウコツの像であった。片手に載るくらいの大きさだ。これらの像は、吊が「泰山」の地下から持ち出した物であった。
泰山は、中国の山東半島に存在する。古来から霊山として尊崇され、とくに皇帝が、自らの就任を天地の神に報告する「封禅の儀」をおこなう特別な山として知られてきた。
人間の生死を管理する「泰山府君」が祀られており、地下には「地獄」があるとされている。
吊用之は二十年ほど前の「方術研究の旅」の折、この地を訪れた。麓の林野を探索し、古い遺跡を見つけ出した。遺跡は、洞窟を入って深く下った所にあった。ちょうど泰山の地下に当たる。
内部の様子から、古代の「祭儀の場」であったことが推察された。中央に呪符や縛縄などで厳重に封印された青銅の箱があった。
吊は、その封印を解き、蓋を開けた。思った通りシユウと「四凶」の像が、収められていた。箱を運び出して手元で保管し、像に秘められた力を発動させる呪法を研究してきた。
今回の戦いで、初めて実戦に用いた。その試みは当初、うまくいっていたのだが……。
(トウテツを呼び出さなくてはならぬか。
ならば、魑魅魍魎どもを率いらせ、一気に片を付けよう)
「饕餮」。一見、沖縄のシーサー(獅子)を思わせる。全体的に平たくして、頭に牡ヤギの太くて巻いた角を付けた感じだ。
性格は、極めて獰猛。古来より恐れられてきた邪神である。後代になるとトウテツの顔は、祭器や「魔除け札」に使われるようになった。
本来は邪悪な力であっても外へと向きを変えれば、「魔除け」となる。今でいう「鬼瓦」のようなものだ。
「トウテツを放て」
吊は、指示を出した。
トウテツの像は、白銅色に輝いていた。その前に座した方士が、呪詞を唱えながら手の平を小刀で切って血を絞り、像に注いだ。
像は湯気のようなものを発し、細かく振動する。青みを帯びた光球が打ち上げ花火のように現れ、少し上昇してから反転し、床へ吸い込まれていった。
「ウギャァァァ――」
「ドス、グチュ、グチュ、バチャ……」
悲鳴のようなものが、下の階から聞こえてきた。同時に床が揺れ、異様な物音も伝わってきた。
しばらくすると生臭い空気が、床の隙間から上がってきた。しかし、方士たちは、身じろぎ一つせず祭儀に集中している。
「ドカッ、バァン!」
今度は、上から激しい衝撃音が響いてきた。
前甲板では乗組員たちが、驚愕の表情で立ちすくんでいた。 目の前で起こったことを理解できずにいるようだ。
それは、突然の出来事であった。下の倉庫に荷を入れる上げ蓋が、いきなり吹き飛んだのだ。蓋の真上や近くにいた者は、その勢いに飛ばされ海に落ちた。
(倉庫で何か爆発したのか?)
危うく難を逃れた者は、まずそう考えた。だが、目にした光景に息を飲み、恐怖におののいた。
故老から話を聴いたり、画で見たりした妖怪や魔族のようなもの――。それらが、破壊された穴から這い出てきた。次々と空へ上がっていく。その過程でギロッと睨むものもあった。
乗組員たちは、震え上がった。
「グォォォ――」
耳をつんざく咆哮。
最後に姿を現したのは、トウテツであった。全長五メートルは、あるだろう。船がバランスを崩し、大きく揺れた。また数名が、海へと滑り落ちる。
「バン!」
跳躍し、宙に舞った。
巨体にも関わらず、体重がなきかのごとく軽々とした身のこなしであった。 上空で集結した魑魅魍魎は、トウテツを先頭として陸の方へと向かって飛び去った。
その一団を見送った乗組員の一人が、甲板の大穴を覗き込んだ。一瞬で表情が変わり、木柵に駆け寄ってゲーゲー吐き出した。
他の男が、穴の縁に恐るおそる近づき、底を見た。
「ワァッ!」
叫び声を挙げ、後ろへ跳び退った。ワナワナと震えながら、穴を指さす。男が見たのは、まさしく「地獄」であった。薄暗い倉庫の床には血溜まりが広がり、千切れた人の首や手足が数十体分、無造作に散らばっていた。何か猛獣に食い荒らされた残骸のようだ。顔には、恐怖や苦痛の表情が、貼り付いている。食われたとすれば、「生きながら……」であろう。
もし下に降りて見たとすれば、さらに恐怖で凍り付いたに違いない。四方の壁には極彩色で魑魅魍魎の画が描かれ、ベットリと一面に血しぶきが飛んでいたからだ。
この船の不気味さは、出港時から乗組員の間で噂になっていた。「蚩尤旗」と呼ばれる赤旗や呪詞を記した幡を、甲板に巡らせていた。
数十人もの捕虜や反逆者を数珠繋ぎにして船底に押し込めている点、多くの祭具が運び込まれ黒装束の方士たちが乗り込んでいることなど、不可解なことが多すぎた。説明は、一切ない。
島の沖合に着いてからは、異様な物音や悲鳴、臭いに怯える日々が続いた。その終幕が、今回の出来事であった。




