「感じない」――閉ざされた身体感覚
外へ出ると、まさに春の陽光が降り注いでいた。気温も、二十度は越しているだろう。
ファミレスも、すぐ見つかった。
「私、カツカレー。リンレイも同じでいいよね。
カイトは、どうする?」
相変わらずゼンが、その場を仕切った。
異存はなかった。
リンレイは、初めて見るカレーを恐るおそる口に運ぶ。すぐにスプーンを、せっせと動かし始めた。気に入ったようだ。
クンダルは、メニューと手荷物の陰にいた。ジャガイモの一片に、かぶりついている。
若い男女が、ドヤドヤと店内へ入ってきた。アニメチックな衣装を身にまとっている。大剣を担いだ騎士やエルフ、ゴスロリや派手なセーラー服といったぐあいだ。
「カイトじゃないか」
西洋鎧の男が、銀紙を貼った剣を振り上げ、声を掛けてきた。
「ああ、ユキマサか。
久しぶり」
藤林行政、中学時代に剣道部で一緒だった。とくに親しいというわけでもなかった。だが、嫌なやつということもなかった。
「カイトともイベントに参加していたのか?
気が付かなかったなあ」
リンレイたちの装いを見て、言った。
「うん、ちょっとね」
「そうか、会場で見かけなかったが……」
それでも、納得したようだ。
ユキマサたちのグループはSNSコミュのオフ会仲間らしい。コスプレ・イベントへ参加しての帰りということだった。
「その衣装、ちょっとダサくねえ。
せっかくカワイイ女の子とチーム組んでいるんだ。
もう少しキメても良かったんじゃないの」
通路をはさんだ隣のテーブルにドカッと座って、カイトたちの品定めをした。
「ははは――」
カイトは、笑ってごまかした。確かにコスプレとしては地味である。しかし、連れの二人が本物の「魔法少女=ミーカナ」と「森の精霊使い=リンレイ」であるとは、夢にも思わないだろう。ゼンに至っては、正真正銘の「カミ」である。もっともファミレスでパフェを食べているカミサマなんて、想像しようもないが――。
「いい気なものね。あの子たち」
ゼンが、ささやいた。なぜかブスッとしている。
ユキマサはオーバーアクション付きでしゃべりまくり、みんなの笑いを誘っている。
「私ね、ああいうタイプの子が気に入らないの。
しかたがないとは、思うんだけど」
「別に悪いやつじゃないですよ。
お調子者だけど、みんなに人気あるし……」
「良いとか悪いとか言っているんじゃないの。
見え見えの受け狙いが、気に障るの」
「『受け狙い』が?」
数人の友だちを相手にした話なんて、たいていは「受け狙い」であろう。
「盛り上がる話ができる」ことは、クラスで生きていくための必須条件であった。キャラも作り、相手に合わせて演じていく。その努力を怠ると、カイトのように「コミュ障」とのレッテルが貼られかねない。
「周囲からの『いいね』がないと生きていけない人間が、多すぎる」
ゼンは、独り言のように言い捨てた。
たっぷりすくったアイスクリームの塊を、口の中に放り込む。
(ゼンは、なぜそんなことにこだわるのだろうか?)
カイトには、理解できなかった。
「キャー、かわいい!
ウサギちゃん、私もほしいな」
ゴスロリ娘が目ざとく見つけ、立ち上がって近寄ってきた。
サッと奪い取って両手で握り締め、胸に押し当てる。
「グヘッ!」
クンダルの叫びが、心話で伝わってきた。
「なんか、とってもリアルぅ。
プニュプニュしてるぅ。
リュックに付けたいぃ――」
こちらの慌てぶりなど、眼中にないようだ。
「還給我(返して)!」
リンレイが中国語で語気強く言って、サッと奪い返す。
ゴスロリ娘は、「なによ、フン」といった様子で席に戻っていった。
「もう出よ」
ゼンは言葉と共に立ち上がり、出口へ向かう。
カイトたちも、後に続いた。
「もうホントにぃ。
だから嫌なのよ。デリカシーのない連中は」
外へ出ても、まだ憤懣やるせないといった様子のゼンである。 リンレイも、頷く。
(あんなことで怒っていては、学校生活なんてやっていけないよなあ)
カイトは、心の中でつぶやいた。
「カイト、あなた、いま『なぜ、あれくらいのことで怒るの?』って思ったでしょ」
振り向きざまに言う。
ドキッとした。
「あなたの悪い癖よ。
それは、『寛容さ』でも何でもない」
攻撃の矢が、カイトに向けられた。
「感情を抑えて周りに合わせてばかりいると、だんだん身体で感じられなくなっていく。自分で、自分の気持ちがわからなくなる。
自分の気持ちがわからない人間に、人の気持ちがわかるはずがない。
最後には何も感じなくなり、自分が生きているという実感すら失ってしまう。
――あなたも、そうなっちゃっている」
ゼンは、ため息交じりに語った。
「あの子たちも、あなたと同類――」
「ユキマサは、みんなと上手くやっていたけどなあ」
「ううん、一緒よ。感性が鈍いといった点ではね」
「その場の『空気を読む』のは、得意だったよ」
「カイトは、ホントにおバカさん。
まだわからないの?
『空気を読む』と『感じる』ことは、まったく違う!」
イラ立っているようだった。
気まずい。話題を変えることにした。
「せっかくだから、浅草寺を抜けて仲見世通りへ行ってみよう。
それから、上野で花見だ」
ちょっと声が、上ずってしまった。
「うん、私が、観光ガイドしてあげる」
ゼンは笑顔に戻って、同意した。
浅草寺の横手から境内へ入る。
人で溢れかえり、身動きもままならないような状態だった。それも、当然だろう。春の行楽日和で、花見シーズンだ。しかも日本を代表する観光地である。年平均三千万人は、観光客が訪れるという。外国人旅行客の人口密度も、トップであるらしい。
「あれまあ……」
ゼンが、嘆息する。早朝の静けさが、嘘みたいである。
雑踏の熱気に圧倒されたのか、リンレイは、また固まってしまった。
「この時期、こんなもんだよね。
わかっちゃいたけど、さすが観光名所、浅草」
「フェェェ――、何ちゅう人の数じゃ。
どこから湧いてきたのじゃ。戦争か、天変地異か!」
クンダルが、突拍子のない声を上げた。
リンレイのウエストポーチからクロウサギの姿のまま、顔を出している。
「とにかく改めてお参りしよう」
カイトは先頭に立って人の波をかき分け、手水場へ向かった。
ゼンは父親の像を見上げ、両手を水平に重ねて頭を下げ、拝礼をする。
「この本堂は、何度か焼けちゃっているの。
再建するときに、あの地下通路も出入り口が塞がれてしまったわけ。
私が、外せるようには、しておいたけどね」
ゼンが、予知して準備しておいてくれたらしい。
「この大提灯の底を見てちょうだい。
竜の浮彫があるでしょう。
大提灯は境内に三つあるけど、みんな底に竜が付いているのよ。
他にもいっぱい竜が描かれているの、天井や壁などにね。
後で案内するけど、門もそうよ。
つまり、ここは竜一族に守られたお寺なの」
ちょっと自慢げなゼンである。
竜神の一人である本人に解説してもらうと、親戚自慢に聞こえる。
だが、観世音菩薩を守護するものとしての誇りもあるのだろう。
宝蔵門をくぐると、「仲見世通り」だ。
通勤時間帯の駅ホーム並の混雑ぶりである。
とても一軒一軒の店を見て歩く余裕などない。
「ゴメンなさい。すみません」
カイトは先頭を歩いていたが、人の肩にぶつかってばかりだ。
同じように「アイムソーリー」を連発しているのが、外国人観光客である。
日本人は身体が触れ合うこともなく、擦れ違っていく。
カイトも以前は、できたはずなのだが……。
やっとの思いで、雷門へたどり着いた。
「人混みの中を歩くのが、こんなに大変だとは、思ってもいなかった」
カイトは、額の汗をぬぐう。
リンレイが真っ青な顔をして、胸を押さえている。
「『人酔い』したんだね。無理もない」
ゼンが、気遣いながら言った。
「人酔い?」
聞き慣れない言葉であった。
「こんなに大勢の人間を見たのは、生まれて初めてなのよ。
目が、グルグル回っちゃたんだよね」
「へぇ――」
東京都内で生まれ育ったカイトには、ピンとこない話である。
通りから外れた場所へ行き、リンレイをベンチに座らせた。
クンダルもウエストポーチの中で、横たわっていた。
「これが、人間の身体の自然な反応なのよ。そうならない方が、異常なんだわ。
現代の日本人の特徴が、よく表れている」
ゼンが、「わかった?」という顔で言った。
「何がですか?」
キョトンとした表情でカイトが、問い返す。
「渋谷駅前のスクランブル交差点が、外国人観光客の観光スポットになっていることは、知っているでしょ。
どうしてだと思う?」
「信号が青になった瞬間、千人以上の人が一斉に行き交うからじゃないですか?」
カイトにとって通学路だから、馴染みの風景である。
最高で一時に三千人、一年間で五十万人が、ここを行き来するという。
「OH!
信じられないよぅ。
こんなたくさんの人たちが、いろんな方向に横断しているというのに、誰一人ぶつからないなんて」
ゼンは両手で頬をプニュとはさみ、外国人の反応のマネをする。
「ハハハ――」
疲れた顔をしていたリンレイも、思わず笑った。
「人間はね、他の人が近づくと、無意識のうちに相手の動きを目で追う習性があるの。
だから、あっちこっちから人がやってくると、ついていけなくなってしまう」
「じゃあ、なんで現代の日本人は、それができるの?」
「見ていないからよ」
そう語るゼンの眼差しは、真剣だった。
「――あの光景を見るたびに、亡霊が彷徨っているように感じる。
みんな生きていないのよ」
ずいぶんヒドイ言い方だと、カイトは思った。
「リンレイの体調も良くなったみたいだから、雷門へ戻りましょ」
何か見せたいものがあるらしい。




