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竜王に捧げるエルグラス  作者: 深谷 蒼
第2章 氷の魔術師編
26/38

  凍てついた者達(3)

  


「そんな風に、ボクらは運命に弄ばれているみたいでさあ。けど、もうそろそろ、解放されていい頃なんじゃないかとボクは思うんだよねえ。」



 ウィルさんがそう言い終えると、その後誰かが声を発するでもなく、ウィルさんも話し終えてしまったようで、部屋には沈黙が落ちる。誰もがそれぞれの思案に耽るが故の沈黙を守る中、最初にその沈黙を破ったのは意外にもグリオールだった。



「ウィル=ボナード。」



 呼ばれた自身の名前に顔を上げたウィルさんは、苦笑しながらヒラヒラと手を振る。年相応にみえるようで変に大人びている彼の苦笑は、見ていて不思議な笑みだった。



「ちょっと、その呼び方やめてよ。竜王陛下にフルネーム呼ばれるなんて、正直魔術師からしてみれば気分のいいものじゃないんだから。魔術の心得があるキミなら分かるでしょ? 普通にウィルでいいって。」


「そうか。ならウィル、ルルやお前達を解放するために俺がすべきことは何だ。すべきことがあるから、俺の前で話したのだろう?」



 グリオールの確信を持ったその声に、ウィルさんはニヤリと口角をあげてみせる。それは道化師である時の彼がよくする仕草だ。



「うん、さすが竜王陛下は察しがいい。……と言いたいところだけど、生憎まだその時じゃない。前に言った通り、6番目たる彼女をしっかり守っていることがキミの今すべきことだ。」


「それは言われるまでもないな。」


「だろうね。だから今は特別キミがすべきことはないよ。キミは国を正すことと、ルル=アレクスファーを守ることだけ考えていればいい。」



 その言葉にグリオールはただ頷いた。それを確認したウィルさんは、短く「あ、」と声をあげて、思い出したように言葉を付け加える。



「そういえばね、ルル=アレクスファー。キミは竜王陛下殿の周りにちょっと気をつけた方がいいよ。悪意はないみたいだけど、ボクらの力をとても警戒している者がいるみたいだから。ついでに言うと、悪意を持ってキミを疎ましく思っている者もいるみたいだねえ。」


「えっ?」


「助言を二つしてあげる。一つ目、自分の勘は信じること。そしてその勘の根拠を客観的に探ってみること。」


「勘に理由があるの?」


「よく観察してみれば結構理由があるものだよ。これは今後キミのお師匠様になるボクからの課題だ。」


「わ、わかったわ。やってみる。」


「うん。で、二つ目は……歴史、というより人の営みは良いことも悪いことも繰り返されるということ。」



 私は思わず"出た、年の功に物を言わせた言葉が"という顔をしてしまったに違いない。少なくとも、顔を変に顰めてしまったことは自覚している。ウィルさんは私の顔を見て一拍後、プスッと吹き出してそのままクツクツと笑っていた。


 そんなウィルさんの様子に私は頬を膨らませると、ウィルさんの肩がついに震えだす。そのまま彼は話し出すものだから、口から出た声も肩と同じく震えていた。



「ま、まあ、ほら、つまりどこかにある似たような物語は、そのまんま現実にも起こりうるってことさ。似たような物語ってのは、人の持つある感情の動きを何パターンかに分けて物語として著わしたものに過ぎないからねえ。あ、ちなみにこれは500年間の検証によるものだから、かなり信憑性はあるよ。」


「ご丁寧な説明をどうも。一々難しい言い方をしないでくれれば、私はもっとありがたく思うのだけど。」


「ふふっ、年差があるから無理かもねえ。キミもこの歳になったら全部の意味が分かるよ。」



 そうウィルさんは言うが、果たしてそうなるだろうか。私がこのまま500年生きたところで、ウィルさんと同じだけ有能になるとは到底思えない。結局私はほんの数秒思案したのち、肩を竦めてみせた。



「さあ、そうかしら。」



 人によっては突き放すようにも聞こえるだろうが、自身を上手く繕うくらいなら繕う必要のない場所に引きこもるタイプの私はそう素直に言ってしまう。そんな私に、ウィルさんはからりと笑いかけた。



「あはは、ここで"そんなのきっと一生分からない"って言わないところ、キミの良いとこだよねえ。まあこの二つを覚えておけば、自衛と……運が良ければこの国のためにもなるかもよ。騙されたと思って覚えておくといい。」



 前半部分は本当に軽い調子で言うものだから、どこまでが本気で言っているか分からずに、私は礼を言うタイミングを逸してしまった。でも多分、軽い調子ではあったが、ウィルさんは確かに私を褒めてくれたんだと思う。


 そう思った私が、感謝の意を込めて礼を口にしようとした瞬間、ずっと問いたかったことが頭に浮かんで、開いた口からは反射的にその話が出ていた。



「あっ、一ついいかしら。ずっと聞きたかったんだけど、この力って後天的なのよね? でも私、多分生まれた時からこの力を持っていたわ。そんなに幼い頃からでも後天的に得るものなの? この力って。」


「……はあ? いや、さすがに赤ん坊の頃からなんてことはあるわけないよ。幼すぎる体は力を宿すには危険すぎるからね。」



 少し変に眉を顰めて、理解しがたいという表情を浮かべるウィルさん。何もかもを悟った風で、普段から飄々としているウィルさんをいつもみている私からしてみれば、今の彼の表情は非常に珍しい。


 気になるところではあるが、せっかく気まぐれなウィルさんが真面目に話を聞く気になってくれたようなので、大人しく疑問に思っていたことをすべて話すことにした。



「それに私、顔つき以外、髪の色も瞳の色も、何一つ親や祖父母に似ていないの。それって、私達には普通のことなの?」


「……そんなわけないでしょ。ボクの髪と瞳の色は間違いなく母親譲りだよ。セルヴェもその姉も凍てついた者達だけど、きちんと両親から色を譲り受けてるし。……っていうか。」



 そこでウィルさんは一度言葉を切ると、少し顔を上向きにしてグリオールと目を合わせる。その時にはもう、顰められていたウィルさんの眉は元の位置に戻っていた。


 しかしながら、ウィルさんはその精巧な顔に絶対零度の微笑みを浮かべていた。いわゆる、笑っているのに雰囲気が全然笑っていない、というやつである。ウィルさんの500年の経験がものをいっているのか、その笑みに逆らうだけの勇気を私は持てそうにない。


 こんな風に、ウィルさんが露骨に年の差をみせつけることは初めてのことで、確かに珍しいが、正直そんな気持ちよりも怖いという思いの方が勝っている。


 そんな私の思いなど、ウィルさんはもちろん露知らず。彼は壮絶な表情はそのままに、その整った唇を開いていつもの軽い調子の声を出した。



「ねえ、ちょっと陛下。今すぐその麗しいツラ貸してもらえる? キミに仕事が出来たみたいだからさ。」



 不思議と、「ふふふ。」という恐ろしい笑い声も聞こえた気がしたが、それは気のせいだと思いたい。私の話のどこかが、ウィルさんの琴線に触れてしまったのだろうか。なんだかグリオールにとばっちりがいってしまったようでとても申し訳ない。



「……分かった、行こう。」



 グリオールはウィルさんの半ば脅迫めいた誘いに、そう静かに応える。そっと私を拘束していた腕が解かれ、私は思わずグリオールを見上げた。


 彼も私を見下ろしていたようで、紫の瞳と目が合う。私はその瞳に向かって、心の中で謝罪と感謝の意を伝えた。今ここで、この気持ちを言葉にするのは何だか場違いな気がしたから、目線だけで私はそれを伝えようと試みる。


 ここはやはり、さすがは感情の機微に敏いグリオールというべきか、私とは違って彼はすぐに私の意を察してくれたらしく、軽く一つ頷いてから私の頭を撫でる。その後、優しく頭を撫でる彼の手が頭から離れたかと思うと、グリオールはウィルさんの案内を待たずに、先に扉の外へと姿を消した。


 そんなグリオールの様子を見届けたウィルさんは、グリオールの後を追いかけて室外へ出ようとしたが、室外に出る直前で、忘れ物に気づいたかのように踏みとどまって、こちらを振り返った。正確には、セルヴェさんの方を振り返って言った。



「ちょっとセルヴェ。キミさ、ボクらが話してる間に、6番目と他の者のことか氷の力か何かについて適当に話しててよ。」



 セルヴェさんが固まること数秒、ウィルさんは返事を待っているのか微動だにしない。ようやくセルヴェさんの意識が戻ってきたかと思ったら、彼は驚いたように肩を跳ね上げた。その衝撃でさらりと質のいいローブが揺れる。



「はあっ!? 俺がお守り役かよっ!」



 セルヴェさんに表情があったなら、彼は目を瞬かせ、白黒させているに違いない。もちろん、口元はへの字に曲げられているだろう。それが私には容易に想像できた。なんというか、セルヴェさんは、表情を見せない分、声の色や仕草が他の人に比べて豊かな気がしたから。


 ウィルさんは、先ほどまでの寒々しい壮絶な微笑みとは全く違う、苦笑いに近い、ふわりと儚げな笑みを浮かべた。ゆるりと上がるその口元は、相変わらず整っていて美しい。精巧なビスクドールが笑むように。



「キミはいい加減、普通の子と話せるようになった方がいい。キミは姉さんに甘えすぎてるからね。」



 それと私と何の関係が、と考えた私が唖然とした顔を晒すよりも早く、私の背後から怒号が飛んできた。図星を指された子供が癇癪を起こすような、そんな怒号が。



「うっ……るせえよ!! お前に関係ねえだろ!」



 噛みつくような、吠えるようなその声に、そのフードの内では今、セルヴェさんはとても苦々しい顔をしているのだろうと容易に想像がついた。



「実の姉に心が無くて良かったって思うの、結構それって酷いもんだとボクは思うよ。」



 激昂するセルヴェさんに対するウィルさんは、相変わらず落ち着きをなくさない。先ほどの、私が話したことについての驚きっぷりも、もう影も形もない。さすが、500年の年の功である。


 セルヴェさんもそう思ったのか、感情を抑えるように顔をそっぽに向けた。ローブの衣擦れの音が、また私の耳に届いた。



「……っ、やっぱほんっとお前ってムカつく。嫌な奴だっ。」


「うん、そうだね。ボクもそう思う。」



 苦々しいといった様子を隠しもせずに言ったセルヴェさんに、ウィルさんは静かに笑んでそう同意する。そして、これで話は終わったと言わんばかりに、ウィルさんは今度こそグリオールを追いかけて退室していった。


 セルヴェさんと私の間に残された空気は非常に気まずい。先ほどの話は、私から気軽に聞いていいことではないような気がして、私はただ黙っていた。


 重たい沈黙が辺りを支配する。それでも私はただセルヴェさんの言葉を待つ。どちらの忍耐が折れるかの根負け勝負に持ち込みそうになった時、ようやくセルヴェさんは口を開いた。



「……あいつが、ウィルが言うことは正しい。でも俺は、あいつのお綺麗な正論を振りかざされるのが嫌いだ。まあ、ウィル自身は嫌いじゃないけどさ。」



 ぽつり、ぽつりといった調子で、セルヴェさんはそう話し始める。その声は掠れていて、今にも泣きそうなくぐもった声だった。



「だって、あいつだって、多少長生きしてるだけのただの人じゃねえか。あいつの正論が、いつも正しいとは限らないだろ。いや、そもそも、誰が正しいとか正しくないとか決めるんだよ?」


「……それを判断できるのは、自分しかいないんじゃないかしら。」



 そう言った私に、セルヴェさんは肩を竦める。その仕草には呆れが滲んでいるようだ。



「や、そこはお前、神とか世間の常識とかが決めるんだーって言うとこだろ。」



 案の定、セルヴェさんの声音は呆れからか、少し力が抜けた風になっている。セルヴェさんはそう答えて欲しかったのだろうか、ならばそう答えるべきかという考えが脳裏をよぎったけれど、私はやはり思ったことをそのまま言ってしまった。



「神様は、私たちに言葉をくれる? 私は一度だって、神の意思を聞いたことなんてないわ。だから本当にいるのかどうかもわからない。世間の常識だって、人間(たにん)が判断したただの多数派意見(マジョリティ)よ。」


「へえ、お前結構ハッキリした考え方してんだな。女って、集団意識とか世間体とかいうのを気にするやつばっかりだと思ってた。」


「この力のおかげかしら。ずっと思っていたわ。多数派(マジョリティ)でないのは、悪いことなの? この力を持ったのは不可抗力だったけれど、私はこの力を持った時点で普通の人間(マジョリティ)ではなくなった。前はそれを呪いように感じていたけど、そうじゃないって最近思えてきたの。」



 この力がなければ、テナは滅ばなかった。テナが滅ばなければ、私は領主様に拾われなかったし、領主様に拾われなければ、レオ……グリオールとも会わなかったに違いない。私の両親は、王族に気に入られることに興味がなく、花嫁選出の時期にサフォーの街に行かなかっただろうから。


 それに、もし仮に、レオの姿をしたグリオールと会って言葉を交わしたとしても、私はきっと彼を好きにはならなかった。撫でる優しい手や、慈しみの瞳は、テナの両親から貰える。多分、これほどまでに焦がれはしなかった。


 そしてグリオールが興味を持った、栞を追った時の私の瞳というのは、テナが滅ばなければ存在しなかったはずのものだから。だからこの力がなければ、お互いの運命が交わることはなかったのだ。


 そういう、この力の運命と、皆に少なからず疎まれた現実があるからこそ、私は今、グリオールという人を愛せる。彼の優しさも、慈しむような瞳も、とても尊い大切なものなのだと思える。


 そんな私をローブの布越しに見ているだろうセルヴェさんは、分からない、といった調子で言葉を紡いだ。



「正直俺は、この力は呪いとしか思えねえ。俺にはお前の言うこと、分からねえや。」


「だから、貴方が正しいと信じたらそれは正しいんでしょうし、誤りと信じるならきっとそれは誤りなのよ。多分、それでいいの。そう私は思う。」



 そう言うとセルヴェさんは、ふう、と息を一つ吐きながら、項垂れるように少しだけ体を前傾させた。


 私はやはり、どこか気に障っただろうかと心配になり、少しだけ首を傾げる。私からセルヴェさんの表情は見えないが、彼からは見えているのか、セルヴェさんはその私の仕草に反応するように、手をヒラヒラと振った。気にするな、ということだろうか。



「違う違う……なんかお前ってさあ、ウィルと似てるよなと思って。あいつと一緒で、お前も"こうしろ"って自分の考えを押し付けないし。押し付けられた方が、反発しやすくていいんだがなあ。」


「そうかしら? 別に似てはいないと思うけど……。ウィルさんの考えは、もっとこう、純粋だけど複雑な感じがするわ。私なんか遠く及ばないくらい、あの人は本当に色々なことを考えてる気がする。」


「あ、確かに。その気持ち、よーく分かるぜ。」


「それに、私の考えはあくまで私の考えで、貴方の考えともウィルさんの考えとも違うから。」



 私はそう言って、目の前の全身ローブ姿のセルヴェさんから視線を外し、窓の外を眺める。思い出すのは、領主様に与えられた部屋の窓から、いつも眺めていた外の景色。今見える景色は、それとは大分違う。


 サフォーの街にいた頃の経験から、どうしたって考えが相容れない人がいるというのはよく分かっているつもりだ。


 しかし、そこまで考えたところで、頭の片隅に引っかかりを覚えた。ほんの数秒思案してその理由に行き当たると、私は自分の目を丸くしながら、ゆっくりとセルヴェさんに視線を戻した。



「……ひょっとしたら、ヒトの体を持つ私より、ヒトの体を持たないセルヴェさんの方が、人らしいのかもしれないわ。」



  

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