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竜王に捧げるエルグラス  作者: 深谷 蒼
第2章 氷の魔術師編
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3.凍てついた者達(1)



「フーン、なるほどねェ。そんなことがあったんだァ。」



 私よりも華奢な体躯をした目の前の凍れる道化師は、どうやら私の話に全く興味がないようだ。


 私たちは現在、研究棟のウィルさんの部屋にいる。前回来た時は、グリオールとウィルさんの間で一悶着あったのだが、グリオールがそれに関してきちんと変身を実演してみせ謝罪したところ、ウィルさんはケラケラと笑ってこう言った。



『ボクは全く気にしてなかったんだから、謝罪なんていらなかったヨ。むしろ面白いものみせてもらってコッチが得した気分だナァ。冥土に行ったらジィさんに話してやらないとねェ。』



 グリオールは怪訝な顔をしていたが、私には彼の言うところが分かった。"ジィさん"と言った時のウィルさんの顔は、白塗り道化師メイクがされていても優しげだったから、きっと以前話してくれた弱体化魔法が得意な魔法使いのおじいさまのことだろう。


 そしてグリオールとウィルさんの話の決着がついたところで、祝福を受けたことやそれに準ずる出来事についての報告をしたのがついさっきのことだ。で、その反応は冒頭の通りである。



「大体サァ、キミたち何を失念してるのか知らないケド、ボクは500年っていう年の功がある1番目だよォ〜? 祝福があったことくらいなんとなく見たら分かるし、そもそもボク的には前にキミたちが来たの、10分前くらいの出来事に思えるんだケド。来すぎじゃない? 別に暇だったカラいいんだケドサ。」



 そう言いながら、ウィルさんは道化師らしく大袈裟なジェスチャーとため息で呆れを表現してみせた。ただその様子はどこか嬉しそうな気がして、私は全く気にならない。グリオールも同じなようで、ただウィルさんの舞台が終わるのを大人しく待っているようだ。



「ボクが偉大ってことをねェ、キミたちみたいな若造と赤ん坊が忘れちゃあねェ、ホントお先真っ暗だヨ。ボクみたいなヨボヨボの爺さんが忘れるならともかくサ。若いんだカラ。ネェ?」



 そう言って問いかけられた私たちは、二人で目線を合わせ、苦笑いして肩を竦める。そんな様子にウィルさんはご機嫌を損ねたようで、少し頬が膨らんでいた。拗ねているのか、唇が少し尖っている。


 とは言っても、見た目が美しい少年なものだから、もちろん全く怖くない。それもまた気に入らないのか、ウィルさんはジットリとした目で私たちを睨んできた。



「なんだヨなんだヨ。仲良さそうにしちゃってサァ。たかだか10分で新展開が来ちゃうんだから、若いって凄いよナァ。」


「私たちがここを訪れたのは、10分前じゃなくて3日前ですよ。ウィルさん。」



 苦笑して私がそう答えると、ウィルさんは諦めたのか飽きたのかどうでもよくなったのか、ただヒョイっと肩を竦めてみせた。そして被っていた道化師の帽子を取ると、前に降りていた髪を後ろにかきあげ撫で付ける。


 そうすると、壮絶なメイクをしていても、むしろそれすらも自らの装飾とした神の使いかと見紛うほどに美しい少年は、道化師から1番目の氷の魔術師へと目が変化する。クリクリとしていた目は細められ、先ほどまでとは真逆に、年長者の雰囲気を醸し出している。その雰囲気に気圧されたのか、グリオールは背筋を伸ばして姿勢を正した。



「それで? 祝福を受けて覚醒したキミは、ボクに一体何を聞きに来たのかな。まさか、遊びに来たわけじゃないでしょ?」



 クツクツと笑い混じりにそう言うウィルさん。けれど目は笑っていない。淡い青色の……冷たく凍るようなアイスブルーの瞳が私を射抜いている。私はその瞳に気圧されながらも、毅然と見返した。



「ええ。きちんとこの力を扱う方法と、貴方が以前言っていた"6番目"とやらのことについて聞きに来たの。6番目のことは私はあまり関わりたくないけど……きっとそういうわけにもいかないんでしょう?」


「そうだね。力が覚醒した以上は、まあ手遅れだろうねぇ。別にボクらを手伝えって強制するつもりはないけど、確実にキミは渦中の人って位置付けだよ。あはは。」


「でしょうね。だから、私にこの力の扱い方を教えてくれないかしら? 自分の身くらい、自分で守れるようになりたいのだけど。」



 軽い調子で笑っているウィルさんに、私はため息を漏らしながらそう告げた。


 そう、目標はひとまず自衛だ。それさえ出来ればとりあえずのところ安心のはずだ。グリオールに護衛云々で迷惑をかけることも減るだろうし、もしかすると一人で出かける許可が下りるようになるかもしれない。


 そう思ってちらりとグリオールを見上げてみた。彼は偶然にもこちらを向いていて、複雑そうな表情をしている。私はその理由がよく分からず、少し首を傾げた。それに気づいたグリオールが遠慮がちに口を開く。



「ルル、君の身の安全のことだが、」


「そうだねぇ、力の上達や制御を覚えたいなら、」



 グリオールが何か言いかけるのと同時に、思慮の世界から戻ってきたウィルさんの声が響く。グリオールとウィルさんは、被った声に反応して一瞬視線を合わせた。どうやらグリオールはすぐさま視線で譲ったらしく、ウィルさんの少し高めの声だけがそのまま室内に流れた。



「力の上達や制御を覚えたいなら、今のところひたすら訓練するしかないね。だからしばらくボクのところで勉強していけばいいよ。それでいい?」



 ウィルさんに計画の同意を求められた私は、素直に首を縦に振る。しかし、先ほどのグリオールのことも気になったため、彼の意向も聞くことにした。



「え、ええ……私としては有難いけれど。グリオールはどう思う?」


「……ああ、それが一番だろう。元よりそのつもりだったしな。」



 そう返したグリオールは無表情だ。確かに、元々はそういう話だったけれど……。私はそう釈然としない気持ちを抱えながらも、ウィルさんは軽快に話を進めていく。



「じゃ、扱い方に関しての話はとりあえずこれで終いにしよう。氷の魔術師の話は今話しておいた方が都合が良さそうだから。竜王陛下もいるしね。」


「そうだな、以前から、氷の魔術師たちについては気になっていた。しかし文献があまりにも少なすぎて、自力での情報収集には限度があったから、有難い。」



 その言葉にコクリと一つ頷いたウィルさんは、フッと視線を私達から外して、すぐ隣の何もない空間にその視線をやった。ただ静かにその場所を見やるウィルさんに、私は首を傾げながら問いかける。



「ウィルさん?」


「まあ、ちょっと見ててよ。ボクのモットーは百聞は一見に如かずなんだ。」


「はあ。」



 ウィルさんは真剣な顔をしたまま、軽い口調でそんなことを言うものだから、私はただ困惑した。元々感情の機微には鋭い方でないから、どこにどう反応したら良いかがさっぱりだ。


 けれどウィルさんは嘘は言わないし、彼は俗っぽいようで、そうでない……真実とか真理とかいったものに近い存在だという気がする。だから、多分彼の言う通りにしていたらいいのだろう。


 そう結論付けて、私は言われた通りに大人しくしていることにした。思い出してみれば、私の力を診断してもらうときも、じっくり5分かそこら、ウィルさんがただ唸っているだけの時間があった。



「それじゃあまずは、これからボクが話す内容を体現してる人物を呼ぼうと思う。いくらボクが嘘を吐かないと言っても、キミたちが信じられるかどうかは別の話だからね。現実逃避っていう逃げ道を先に塞がせてもらうよ。」



 ウィルさんはそう言うが早いか、空間は投げた視線はそのままに、小さな声で、私には分からない"誰か"に語りかけた。



「セルヴェ、聞こえてる? ……ああやだなあ、違うよ、今日はその件じゃないんだ。え、や、ボクって優しいでしょ、酷くなんかないよ。」


「「……。」」



 私とグリオールはただ呆然と立ち尽くす。セルヴェ、という名の見知らぬ御仁の名前が出てきたことには確かに驚いたが、それよりも、どうやって相手と言葉を交わしてるかということだ。私とグリオールのように、魔力の通り道をお互いに持っているのだろうか。いや、しかし、通り道を作れるのは竜族に匹敵する魔力量がなければならないのではなかったか。


 そんな私たちにウィルさんは気づいていない様子だ。おそらく、集中しているのだろう。しかし、集中しているらしい割には、顔つきは柔らかく、苦にしている様子はないが。



「そんなことより、今からキミをこちらに呼ぶよ。何でって……6番目が覚醒した。これで充分だろ?」



 6番目、という単語に胸がドキリと音を立てる。それは私を指す代名詞のようなものだから。しかも相手の御仁はそれで了解したらしく、話は纏まったようだ。なぜそう分かったかというと、ウィルさんの空気が変わったからだ。



「セルヴェ=リアを転移召喚、座標はボクを原点に東西1南北0。」



 ウィルさんが歌うようにそう言うと、ウィルさんの足元とそのすぐ隣に魔法陣が浮かび上がる。二つの魔法陣は色こそ白銀という一色だが、デザインーー模様、あるいは術式というのだろうかーーは、若干異なるようだった。


 ウィルさんは先ほどの通信魔法のように、いつも軽々と容易な様子で魔法を使っているのだが、今のウィルさんの表情は真剣そのものだ。それに小首を傾げる私の隣で、グリオールは半分驚いて半分感心しているというような息をもらした。



「さすが、年季の入った魔術師は違うな。自らと対象との接触なしに、対象のみの転移召喚魔法を、略式詠唱で使いこなすか。」



 どうやらウィルさんは本当に集中しているようで、その言葉に対する返事はない。そうしている間にもくるくると二つの魔法陣が高速で回り出し、人の立っていない方の魔法陣から光が溢れ、それは人の形に収束していく。


 そしてその光が完全に人の形をとった、と私が確認したのと同時に、光はまばゆく弾け、その強い光に私は一瞬目を眩ませた。



「やだなあ。涼しい顔でホイホイこの魔法を使いまくれる竜王陛下に言われなくないねえ。……さて、紹介するよ。この子は4番目のセルヴェ=リア。たしか氷晶の魔人とかって呼び名があったかなあ。人って珍しいもの見つけるとすぐ変な名前つけたがるよねえ。あはは。」



 ウィルさんはどうやら魔法を発動し終えたらしく、いつもの間延びした声に戻っていた。どうやら私たちの話を聞くだけならきちんと聞いていたらしい。耳に届いたその声に、私は目を守るため反射的に固く閉じてしまった瞼をゆっくり持ち上げる。


 そして目の前に飛び込んできたその光景……というよりも、ウィルさんによって呼ばれた人物を確認して、私は思わず口を開けて唖然とした。慌てて隣を見ると、グリオールもこれ以上ないくらい目を見開いている。



「おいウィルッ!! お前いいかげん呼ぶときは俺の周りも確認しろよっ。いくら6番目っつっても姉さんが……って、うわっ! ちょ、おま、俺のローブどこやったんだよ!?!?」



 背格好は、ウィルさんと同じくらいだと思う。しかしながら、目の前に現れた存在の体躯は、ウィルさんよりもずっとずっと華奢に、否、脆く儚いように見えた。それもそのはず。



「あーあー、相変わらず煩いねえ。200年生きてるくせにちっとも成長しないんだから。キミ、お姉さんに甘えすぎなんじゃない?」


「お前ほんっとに性悪だよな!! 今、姉さんのことは関係ないだろ! とにかくその手に持ってるローブ返せ!」


「どうせ6番目の前で遅かれ早かれこのローブは取るんだし、いいじゃない。大体、氷の身体を隠すためにこーんな大層なローブ作っちゃってさ。いったいこれ、いくつ魔法を絡めてあるの。」



 そう、彼は全身が人の身体ではなかった。緩く冷気を発する氷の身体。皮膚などはなく、青く硬質な氷。その氷の肌は厚いのか、向こう側が透けて見えるわけではなかった。けれど、そうはいっても現実離れしたセルヴェ=リアさんの姿に、私はまだ驚愕から立ち直れていなかった。


 ちなみにグリオールは無表情に徹しており、その心中は窺い知れない。彼のあの一瞬の驚愕は、今はもうなりを潜めていた。


 そんな私たちを他所に、呆れたようにため息をついてみせてここはこうすべきだと講義を始めてしまうウィルさんと、それに噛みつくように反駁するセルヴェ=リアさんはどうやらそれが普段通りの距離感らしい。


 私はただ、少し長引きそうなウィルさんの講義が終わるまでジッとしていた。口を挟んで止める気になれなかったのは、きっとウィルさんが嬉しそうな顔をしていたからだと思う。


 グリオールも考え事をしているのか、ウィルさんの様子に気づいているのか、話を遮るつもりはないようで、私たちはただ、しばらくそこに立って二人の氷の魔術師を見ていた。



  

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