共に歩む(2)
私の力が覚醒してから、1日が経過した。
なんというか、新しい寝所ということで昨日に案内された部屋のベッドの上で、ぼんやりと今後について考えている間に事態は急展開を迎えている。もちろん、私にとっては、であるが。
「……というわけで、休暇は正式にもぎ取ってきたから、明日はウィル=ボナードに会いに行こう。」
まだ陽は高く、暖かさを増している時間帯。だというのに、王国で一番忙しいはずの竜王陛下が、だだっ広いベッドとテーブルがあるだけのこの部屋で、ベッドに並んで腰掛け、一体何をしているのか。とは言っても、先ほど公に宣言された正妃――口を酸っぱくして言っておきたいところであるが、これは暫定の話である――が隣にいては、粗方の事情を察することも出来るのは間違いないが。
正直なところ、突っ込みどころは山ほどある。一概に言うのであれば、彼は私が思っていたよりも行動力があったということだ。
一騒動あった後の昨日の話のままであれば、今日中に手続きを終え、明日公の宣言をする予定だった。しかし、何をどうしたのか、彼はそれを昨日中に終わらせ、先ほど公宣言を行ったのだ。私はただ、隣にいるだけでよかった。
「……私、もっと品定めされるかと思ってたわ。」
公宣言の時、私は議会席よりも高い、玉座の隣に終始立っていた。そのため、彼らの表情や様子がよく分かった。これから暫定正妃とはいえ、何かしらの付き合いがあるかもしれないと、彼らの一挙一動を具に観察していたのだが。
だが、なんと彼らは驚くことに、私に何の興味も示さなかった。まだ可能性の話とはいえ、私は確実に正妃の有力候補であるのにだ。彼らの様子は本当に私を愕然とさせ、同時にグリオールが言っていたことを思い知った。
「もう気づいたと思うが、ご覧の通りの腐りきった城の中で君はこれから過ごすことになってしまった。こんなところに閉じ込めてしまって、本当にすまな――……」
その言葉が完全な形を成す前に、私はすぐ隣に腰掛けていたグリオールの唇に人差し指を置いて、それ以上の言葉を制した。私は悲しく首を横振りして、胸の内を彼に告げる。
「その"こんなところ"に、貴方は100年間ずっといたのね。」
もうこの際、私の恋慕は置いておこう。グリオールが私を手放せないと言った理由の内の、私が知りたい本当に大事な部分は結局分からないままだけど。でも彼はきちんと誠意をみせてくれる人だから、私は彼が要らないというまで側にい続けよう。
城内の中枢部分の様子はそれほどまでに荒んでいた。自分が想像していた、誉れ高く輝かしい議会など存在しなかったのだと知る。それでも城下から地方にかけて、竜王陛下の治世は行き届いている。たった一人の指導者と数人の信頼できる部下だけで、賢治が成り立っているのだとしたら、彼らの負担は多大なものに違いない。
例えるなら。それは木になる熟れすぎた果実。中身からゆっくりと腐り、やがては落ちる。
議会の様子から察するに、もう限界だろう。少しでも強い風が吹けば、おそらく落ちる。
そして、そんな時代に王となったグリオール。
「私は、ここに来たことをもう後悔しない。それに初めから、貴方の運命に引き込まれたことを恨んでもいない。むしろ、私は貴方の側にいられて嬉しいわ。だって――」
貴方を愛しているから。
きっとそう言われても彼は困るだけだ。だからそれは言わない。私はフッと微笑んだ。気のせいかもしれないが、グリオールの紫の瞳が熱く潤んでいる気がする。彼の唇に触れている私の手も、熱い。
「だって、私はグリオールを知らない時から、自分の心の扉に鍵をかけていた時から、竜王である貴方を支えにしていたんだもの。あの閉ざされた日常でも、竜王である貴方は私にとって微かな奇跡だった。それは今でも変わらない事実よ。微力でも、そんな貴方の力になれるのなら私は嬉しい。」
「ルル……。」
「ずっと忘れたままの、喜びや悲しみを、貴方に出会って思い出せた。」
愛してるの言葉は言わないけれど、きちんと私の気持ちは知ってほしい。弱気になるのなら何度でも言おう。グリオールは本当に凄い人なんだと。昔のように誰もがそう思っていないとしても、そう思う人は確かにいる。私だけではないはずだ。
空虚な日々が予測していた未来は、彼が壊してくれた。私は明るく広いこの世界の一端を知った。寒々しい白の雪の世界でもなく、閉ざされた部屋という世界でもなく。
レオとグリオールの考えや思いに触れて、私は思ったのだ。これまでの苦痛も苦難も何もかも、全て乗り越えてその先を行きたいと。私の得た氷翼は、その象徴。ずっと渇望し続けていた、全てのしがらみから私を解き放つ自由の形。
「私は変われた。貴方がいなければ、貴方があの時栞を拾ってくれなければ、きっと私の人生は、あのまま何も変わらなかったでしょうね。」
以前のままの私なら、いくら竜王を敬愛しているとはいえ、腐敗を極めた城内というこの残酷な真実には耐えられなかった。けれど私は、あの頃とはもう違う。
「貴方のおかげで私、少し強くなれたの。私はまだ先へ進めるわ。」
貴方と共にならば、どこまででも先へ。
微笑みをそのままに、そう告げた私は満足して、そっと指を離そうとした。しかしその手首はグリオールに掴まれてしまう。
ハッとして彼をみると、深い夜色の隙間から覗く優しい紫が、私を見据えていた。その瞳が閉じられていくのと同時に、私の身体はゆっくりと彼に引き寄せられる。
「ルル、ありがとう。君の言葉は俺の心身にとても染みるよ。」
「私は思ったことを言っただけ。」
「君は一体、どれだけ俺を喜ばせれば気が済むのだろうな。」
そう言いながら、グリオールは腕の力を強めた。私はより一層深く、彼の懐に入り込む。そうすると耳に響いてきた彼の心音が、彼が生きているということを示していて、とても安心した。
しばらくの間その心音を堪能していると、不意に腕が緩められる。なに、と少し不審に思った瞬間、額に温かく柔らかなものが押し付けられた。愛しむようなその優しい触れ方に、力を抜きながらも目を開けようとする。しかしそれは瞼の上に降ってきた優しい唇によって阻まれた。
そればかりか、するりと頬に片手を添えられ、キスの雨も止むことはなく、私はいっぱいいっぱいになってしまう。そして同時に感じる眠気もまた手強い。それを感じ取ったかのようにグリオールは回した腕の力を強めて、私をまた懐に寄せる。キスの雨も止んで、瞼は開けられるはずなのに、宥めるように背を撫でられれば重すぎる瞼はもう少しも上がらなかった。
「ああ本当に……、どうやら君の存在は俺に必要不可欠なようだ。」
心の底から呟かれたその声に、私の胸は締め付けられる。どのような思いでその言葉を口にしているか聞きたい。けれどそれは分相応な気がして。
だから、と微睡む意識の中で私は思う。納得のいく自分になることができたなら、気持ちを告げよう。どんな結果になっても、けじめをつけることが大切だと思うから。そうすれば、きっと今度は一人になっても先に進めるはずだ。
けれど今だけは、グリオールが私を必要としてくれる間は、歩めるだけ歩んでみようと思う。この大陸の王である彼と共に、二人で。
私は微笑みながら、ゆっくりと目を閉じた。グリオールの優しい手によって導かれる、穏やかな眠りの波に誘われながら、私は少しずつ意識を手放していく。グリオールの、人肌というべき彼の体温は私より少し高く、それが私を安心させた。
これから、たくさんの苦難が待っているに違いない。私はそれを確信していた。この国の状況は、私が思っていたよりもずっと酷い。私もこの城の規則と同じように、理想を見ていたのだろう。
――けれど、理想を見ることもきっと必要なことだった。現実を見るのと同じくらいか、もしくはそれ以上。
ならば私は私の理想を信じ続ける。竜王という存在は、私たちに賢治をもたらしてくれるのだと。その認識は変わらない。むしろその認識をこれからも変えないために、彼の側で懸命に尽くそう。
今までは、与えられた運命にただ流され続けていただけの私だった。けれどようやく、私は私の意思で何かを行える。その意思を、たった今決定したのだから。
自分で初めて出したこの大きな答えに満足しながら、私は意識を完全に手放した。
まだ明るい陽の光のお陰か、はたまた優しく私を撫でてくれているであろう彼のお陰か。深く沈んだ先の真っ暗闇は、とてもあたたかく、幸せだった。
何だか終わりみたいな感じになってしまっていますが、まだまだ続きます。
お次は氷の魔術師編、その次は謀反編、からの終章予定です。……予定です。
キリがいいので、ここで一度お礼の場を設けさせてください。
ここまでご覧くださった全ての方に、心からの感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。よろしければ今後もお付き合いくださいませ。
(この後書きは次編が出来次第削除する予定です。)




