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竜王に捧げるエルグラス  作者: 深谷 蒼
第1章 花嫁候補編
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16.共に歩む(1)



「ルル、君は前に進むために償うのだろう? ならば、君が傷つけたその者たちが住み良いと思う国を君が作って償うといい。――少なくとも俺は自分に罰を与える時はそうしている。」



 彼の言葉に、私はハッと我を取り戻す。レオの思いはレオにしか分からない。どんな思いで彼がこの言葉を紡いでいるか分からない。私は彼を傷つけたくなくて、けれど容認もできなくて、残っていた欠片ほどの勇気で私は否定の言葉を紡ぐ。



「……でも。」


「生涯で一度も誰かを傷つけたことのない者など存在しない。俺は王で、そして王位を守るための玉座とは血で(あがな)うものだ。だから、俺は今までに多くの者を傷つけてきたし、殺してきた。その中には、人格者も、罪なき者も、家族が帰りを待っていた者もいただろう。俺は君よりもずっと罪深い。だが、それをしないわけにはいかない。分かるか?」


「……ええ。」


「そして君は正妃になる。この国も、この城も、君が思っているよりもずっと汚いものに成り下がってしまった。だから俺と共にこの国を根本から立て直すこと――本質的な言い方をするなら、この国のために俺と共に罪を犯していくということになってしまうが――を、君の償いとしてほしい。本当は君を放してあげられれば良かったんだが……、すまない。」



 そういって本当に申し訳ないという顔をするから、私はもう何も言えなかった。もちろん彼の言葉に完全に納得したわけではない。けれど、彼の願いを否定することはできなかった。ここでもし否定をしてしまえば、私は彼が今まで行ってきた"償い"を否定してしまうことになるから。それだけはしてはならないことだと、私の足りない頭でも分かる。だから、私は違う角度から攻めてみることにした。



「……アレクスファー家は今はもう雪に没した子爵家です。家はもうありません。もちろん、家族も。」


「承知の上だ。そもそも俺は身分にも、後ろ盾にも拘らない。」


「けれど私を妃にすれば、本来無用だったはずの争いが城内……ひいては国内で起きてしまうことは避けられないでしょうね。」



 争いと国内の二言を少しだけ強調しながら私がそう言うと、私の試すような声音にか、単純に話の内容にか、目の前の竜王は苦笑する。



「これだから……俺は君が欲しいんだ。竜王のために半分、俺のために半分と言っただろう。」


「??」



 試した言葉には、意味のわからない言葉が返ってきた。以前から思っていたが、高貴な人はまるで詩人のようだ。ウィルさんもグレルさんも目の前の彼も、みな言外に含むような言い方をする。言葉遊びをしているかのように。脈絡なく話が紡ぎ出されることも多く、私はついていくのにも一苦労だ。少しだけ、直球で素直な反応をするシイラが恋しくなる。


 つい変な顔をしてしまっていたのか、竜王であるレオは私の顔を見てふき出すような笑いを一つすると取りなすような口調で言った。



「まあ、城内は騒がしくなるだろうな。だが形骸化した今の議会では、争いなど日常茶飯事だから大したことではない。むしろ議会の反対を押し切ってでも、君の聡さは竜王の傍らに必要なものだ。そして俺自身には、俺に安らぎをくれる君の心が必要なんだよ。」



 ――安らぎ。


 この言葉に、そして言葉と共にフッと微笑んでくれた彼に、私の固辞する意思は簡単に落ちてしまった。


 重責を背負った人を心から愛してしまった私にとって、これは最高の殺し文句だ。私が彼の傍にいることで少しでも彼が安らげるなら。少しでも彼の役に立てるのなら。この身を捧げたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。



「……分かりました。ひとまず、私は貴方の傍にいます。そして貴方の言うところの償いを実践してみるわ。」



 そう肯定の言葉をポロリと溢すと、目の前の竜王陛下はそれはもう喜色満面だった。こんなにあからさまな笑顔は見たことがない。私は思わず目を丸くした。


 私と目線を合わせるために膝をついていた竜王陛下は突然立ち上がると、私の手首と腰を優しく掴んでぐいと立たせた。まだ腰がきちんと座っていない私は、力が入らずに竜王陛下に身を預けてしまっている。申し訳ないと離れようとしたのだが、彼の腕がガッチリ腰に絡みついていてそれは不可能だと悟った。



「ありがとう、ルル。」



 震えるような、感極まった声でそう言われては、惚れた弱みだろうか、もうどうする気も起きなかった。顔に熱が上るのを感じながらも、彼の気が済むまでただジッと耐える。


 しかしながら、少し視線を逸らせて彼の背中にあったものが見当たらないことに気づいた瞬間、淑女にあるまじき素っ頓狂な声を上げてしまった。



「へっ、陛下、あんな大きな翼どこにどうやってしまったんですか!?」


「……ルル。この姿の時は、グリオール、と呼んでくれ。言葉も、前と同じのがいい。」



 先ほどは全力笑顔であったが、彼は私の言葉に気に入らない点があったようで少しだけ眉を顰める。しかしながら私はそれどころではない。そういえばこの片翼で私一人分の大きさがある翼、どうするの?


 翼の先は地面に擦れている辺り、どう考えてもこのまま出しっ放しにしておくのは得策でない。息をするかのようになんの不思議な気配もなく自身の翼を消してみせた竜王陛下を前に、私は焦りながらも問いかける。



「陛下、私の翼はどこにどうやってしまえば……?」


「グリオール。」



 必死になっている私の言葉はスルーし、またもや名前呼びを挟み込んでくる竜王陛下。単語一言しか発さない彼のその姿に不機嫌オーラを感じ取り、私は渋々、彼を伺いながら、希望通りを心がけてみた。



「グリオール……陛下、それで私の翼は一体どうしたらいいの?」


「陛下と呼ぶなら教えない。」


「えええ……。グ、グリオール、私は一体どうしたらいいのかしら?」



 グリオールは自身の名前が呼ばれたことに満足したように一つ頷く。彼にしては強引なように思ったが、彼も完璧などこぞの聖人ではなく、この国の誉れある王とはいえ一人の人なのだと、畏れながらも少しだけ親近感が湧いて嬉しかった。


 頬を緩めた空気が伝わったのだろうか、彼も幾分か和らいだ声で、けれど少しの笑いを含んだ音色で、私の問いに答えてくれた。



「簡単だ、望めばいい。元に、と。あるいは、翼を身体の内に仕舞い込んだ自分を想像すればいい。おそらくそれで元に戻るだろう。」



 その言葉に私はホッとしながら頷く。緊張しながらも目を閉じて、私は神経を集中させた。


 ――どうか、翼のない人の姿に戻して。


 願うと同時に、背中から暖かな流れを感じた。これがいわゆる魔力と呼ばれるものなのだろうか。ホッとするような力の流れは、背中を通じて私の中心へと収束していった。ある程度それが落ち着いたところで、私は目を開く。



「問題なさそうだ。君は力の祝福を受けたんだな。君が逃げた時に感じた、あの魔力が暴れるような気配がない。」



 その声と同時に、私は斜め後ろの地面を見下ろした。先ほどまで翼の先端が見えていたことから、背中からきちんと翼が消えていることを確認する。


 そして私はグリオールの胸にそっと手を置いて彼から離れると、自分の足でしっかりと立ち、頭を下げた。



「……そうみたい。先ほどは見苦しいものを見せてしまってごめんなさい。周囲にいた人は大丈夫だった?」


「怪我人はいないから心配はいらない。驚いてはいたが、王都は魔術師が多いからな。氷は珍しいとはいえ、あの程度であれば見慣れているだろう。令嬢でも、火を扱う家系なら灯りを灯すために力を使うし、城では火加減を間違えた母上……前王妃がボヤ騒ぎを起こしたこともある。あまり気にするな。」


「まあ。」



 前王妃様がボヤ騒ぎ。何とも想像し難い光景である。前王妃様の御尊顔は各地に知れ渡っており、もちろん私も知っていた。美しいというよりも若く可愛らしく、しかしながらしっかりと芯の通った聡明そうな面持ちの前王妃様からは、ボヤ騒ぎを起こした張本人というのはなかなか信じがたい。しかし、グリオールがいうのなら、そうなのだろうとも思う。


 そういえば、前王妃の髪色は明るく燃える炎のような、赤みの強い橙色だったと思い出す。私はそこから、リーザの赤髪を思い出していた。器量の良いリーザのことだ、きっととても心配している。



「リーザにも、きちんと謝らないと。」



 ポツリと呟いたその言葉は、返事を期待してのものではなかったのだが、グリオールは律儀に拾って応えてくれた。



「そうだな。リーザは拗らせると後が大変だからな……、そうした方がいいだろう。」



 呆れたように、けれどいつもの優しい表情で、グリオールは肩を竦めてみせる。解れて和らいできた空気に安心し、私は先のことを問いかけた。



「これから私はどうしたらいいの?」


「正妃になるわけだから、寝室は移動してもらうことになる。俺かリーザか、それと適当な護衛さえつけてくれれば、基本は好きに過ごしてくれて構わない。」



 そんなグリオールの言葉に私は驚いてみせた。だって、正妃とは自由を縛られる存在だと思っていたから。私はこの際だとばかりに、思ったことをそのまま口にする。



「そうなの? ……もっと拘束されるのかと思っていたわ。」


「正式に王妃の戴冠式を完了させるまでは王妃の執務が出来ない決まりでな。今後一生を王妃の座として拘束されるまでの、言わば最後の羽伸ばし期間みたいなものがあるんだ。」


「そういうこと。何ていうか……、ここは決まりがとても多いのね。良くも悪くも。」


「確かに、古い慣習に則った決まりは多い。そろそろ見直す時期なのかもしれないな。」



 私はそれには答えず、そっとグリオールから離れると、無言のままで空を仰いだ。太陽の位置は昼を過ぎた頃である。そろそろ城内に戻らないと私も彼もまずいだろう。それは彼も感じたようで。



「そろそろ戻ろう。君にはそのまま寝所を移ってもらうから、一緒に来て欲しい。荷物は後で運ばせる。」


「分かったわ。」



 正直のところ、私は頷く以外にない。ここの決まりや勝手がわからない以上、彼に任せるのが一番の得策だからだ。竜王である彼の言うことならば、間違いはないだろうから。


 信頼もここまでくると如何なものかというほど従順に頷く私に、彼は苦笑を浮かべながら手を差し出した。私はその手を少しの間見つめた後、そこにゆっくりと手を乗せる。グリオールに触れた方の手は手袋をしていなかったけれど、不思議と今は心が凪いでいて、触れ合うことに怖れは感じなかった。


 グリオールはその様子にフッと笑みを浮かべると、優しい声音で私に一つの提案をした。



「そうだな、正妃宣言を公にしたら、もう一度ウィル・ボナードに会いに行こう。君も俺も、戴冠式までのしばらくは、おそらく自由な時間が取りやすいだろうから。」



 その提案に私は思わず目を丸くした。確かに、以前までとは違う力の扱いを聞いておきたかったし、他にも知りたいことは山ほどある。しかし、こんなにもすぐ機会が与えられるとは夢にも思っていなかったため、私は信じられないという声音で、思ったことをそのまま口にした。



「……いいの?」


「ああ。ルルも力のことをきちんと学びたいだろう? そのためには師が必要だが、俺は氷魔法だけは専門外だからな。500年のキャリアを持つ彼に師事するのが最善だろう。」



 そう言いながら、グリオールは城内へ戻る道を歩き出した。私は大して戻り道を気にして走ってこなかったために、帰路は方角程度しかわからないという激しく曖昧なものになってしまっているのであるが、さすがは竜王、彼は迷いない歩みですいすいと歩いていく。


 そんな彼に引っ張られるように私も歩き出しながら、彼の言葉に反応する形で私は気持ち程度に肩を竦めた。



「それは確かに、そうかもしれないけれど。」


「城内での手続きは明日済ませておく。その後日公宣言をするとして、翌朝まで寝室拘束の規定があるから、ウィル・ボナードとの面会は明々後日になるかな。すまないがそれまで我慢してくれ。」



 我慢も何も、有難いの一言に尽きる。私がここで極力不自由ないよう取り計らってくれているのは、特別に思われているからと自惚れてもいいのだろうか。はっきりと想いを口に出されたわけではないが、彼の態度はそう錯覚させるものがあると思う。生涯の伴侶と言われれば期待して当たり前であると思うのだ。伴侶というその言葉に、想いがあるかないかは私には分からないけれど。愛しいと言われても、それは真に、私と同じ"愛している"ということなのかは分からない。私はグリオール本人ではないから、そこに含まれる意味を正しく理解することは難しい。私の解釈には私の不安や揺らぎといったものが反映されてしまうから。


 と、そこまで考えたところで、おや、と引っかかることがあった。……翌朝まで寝所に拘束される決まり? 宣言は婚約と同義とはいえ、事実上の未婚者同士が? 仮に相思相愛でなかったとしても強制拘束?


 それに気づいた瞬間、サーッと血の気が引いていくのを感じた。な、なにその謎規定。グリオールだから強引には、その、触れてこないとはわかっているけど、規定そのものが怖すぎる。


 帰る方向が明らかに来た時と違うことを五感で感じ取りながら、理想が上滑りしすぎているこの城の決まりについて私は少し辟易し、肩を落とすのだった。




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