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竜王に捧げるエルグラス  作者: 深谷 蒼
第1章 花嫁候補編
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11.割れた6番目(1)


 凍れる道化師の外見は、いかにも道化師といった具合だった。最も特徴的なのは、やはり白塗りの顔に赤い口紅。口紅は口の輪郭よりも少しオーバー気味に引かれている。目の周りは真っ黒に塗りつぶされ、左目は淡い青色の星が目の上に大きく描かれている。


 しかし体格はお世辞を含めてもそれほど良くない。特にレオやグレルさんを見た後ではなおさらだが、それにしても成人男性にしては華奢であると思う。身長も私とさほど変わらないように見えたし、体つきは私よりもひょろりとしている。目の前の道化師は、道化師らしい笑みを浮かべたまま動かない。こういった好奇の目には慣れているのだろうか。レオは為人(ひととなり)の掴めない道化師に向かって、隙を見せないようにか、少し厳しい声で話しかけた。



「まずは面会の機会を与えてくれたことに感謝したい。貴方に聞きたいことがあるんだ。」



 そう口火を切ったレオに向かって、道化師は笑みを深くした。道化師はとぼけるような仕草をした後、座っていた椅子から流れるような所作で立ち上がり、レオに向かって指を差しながら抑揚をつけて言葉を返す。レオはその道化師の様子をあまり気にしていないようだった。きっとその辺の変なプライドを持っている貴族がこのように接されたら、きっと激怒するに違いない。そう思える程度には、相手を少し小馬鹿にしたような態度だった。



「ん〜? 残念だけど、キミに話すコトはないなァ。強いて言うコトがあるとしたら、ルル=アレクスファーをキチンと守ってやるンだねェ。」



 と、このように。彼が何を思って、何を知っていてこんなことを言っているのかということは私にはまだ分からないが、まあそれは後で聞けばいいことだ。そう私は思ったのだが、隣にいたレオは少し眉を顰めていた。おや、と思って私が見上げるのと同時に、レオの口は言葉を紡ぐ。



「……どういうことだ。」


「さぁ〜ねぇ〜? おかしいなァ、キミはボクみたいな愚者(ぐしゃ)には見えなかったんだけど、思い違いだったようだ。いいやいいや、いいんだダイジョウブ、キミが愚かでもボクも他者も気にしないよ! だって自分を誤魔化すのはヒトの得意技だからねェ。ダメだと分かっていてもやってしまうものさ。」



 ズクリ、とまた胸が疼く。締め付けられるような痛みを感じる。目の前の道化師はただケタケタと笑っていた。言葉を身体の動きで大仰に修飾しながら、まるで一人舞台で観客に演技を見せているかのように彼は話し続ける。彼の話は抑揚がある分聴きやすいが、少しペースが速いと私は感じた。本当にそうなのか、ただの演技なのかは分からないが、道化師は興奮した様子で話を続ける。



「ボクらが待ち望んだ6番目!! ボクが今日これから話をするのは、6番目のルル=アレクスファー、彼女だけ。ボクは本音しか話さない。なのに本音で話す者に偽りで応えるのは失礼だと思わないかい? それじゃあWinWin(ウィンウィン)にならないもんねェ。だから誠意がないなら話す必要なんてないと思っても仕方ないデショ?」


「……。」


「ああ、違うか、偽りとはまた違うよねェ、これは失礼! まぁ要は、本音には誠意をってコトだよ。ささ、無駄話はこの位にして、キミはサッサとこの部屋から出てってくれるカナ? ダイジョウブ、誓って彼女に危害は加えないからさ。もちろん、何か不測の事態が起こったとしても、ボクの命よりも彼女を優先して守ることを約束するよ。」



 沈黙するレオは、いつものレオに比べて少し顔色が悪いように感じる。顰められた眉によって出来た眉間の皺はとても深い。レオもレオなりに、この道化師から話を聞くという思惑があってここにいるわけだし、この分だと問答がしばらく続きそうだ。


 レオは厳しい表情をそのままに、鋭い視線で道化師を見つめている。初めて近くで見る、レオの警戒の眼差しだった。その眼差しが自分に向けられてさえいなければ、とても頼りがいがあると思う。この瞳に見つめられたらと想像してみると恐ろしくてたまらない。喉元にナイフを突きつけられている錯覚でも起こしそうだ。その位、レオの視線は鋭かった。けれど、目の前の道化師は涼しい雰囲気を少しも崩さない。口元の笑みも絶えることはなく、一筋縄ではいかない存在であることが改めて分かる。


 このまま二人で口論を始めるのかと思いきや、レオはフッと詰めていたらしい息を吐くと、表情を元に戻して、そして私の方を向いて苦笑を漏らした。そっと伸びてきた彼の手が、私の頭を撫でる。そうしながら、レオは少し観念したような口調で話し始めた。



「どうやら俺はここまでのようだ。高等魔術師は嘘がつけない生き物でな、彼が言葉にして誓った以上、ルルは絶対に安全だから心配しなくていい。」


「そうなの? でも、レオはいいの? 聞きたいことがあったんじゃ……。」


「俺はまたの機会で十分だ。もしその"また"が来なくても、俺は自分で調べることが出来るからな。その点、君には今日この時間しかない。だからゆっくり話を聞いてくるといい。俺はこの研究棟を探索でもしてくるよ。興味深いことは他にもたくさんあるだろうからな。」



 最後の方は冗談めかして、レオは私の緊張を解してくれる。そのことに対する礼も含めたお礼を一つ言うと、レオは優しい笑みを一つ零して、この部屋から静かに退出した。


 先ほどの話にあった、高等魔術師が嘘をつけないという話に実は私はかなり驚いている。去り際にレオがしてくれた少し詳しい説明によると、高等魔法はある種神聖な物であるらしく、穢れた嘘と神聖とされる魔法を同じ口から言葉にしてはならないとかなんとか。魔法使い系統の話に関しては、私は全く明るくないので、残念ながらあまりピンとは来なかったのだが。


 そもそも、嘘といってもどこからが嘘なのかがよく分からない。例えば外傷なり心傷なりの深手を負ったとして、実際大丈夫でないところを無意識に大丈夫と言ってしまうことは嘘の内に入るのか。魔法の世界はとても曖昧で複雑なものであるという印象が今日この瞬間芽生えた。


 レオが出て行ってからも、レオの言葉について考えていた私は相当難しい顔をしていたに違いない。それなのに、目の前の道化師はそこに突っ込むことはなく、しかしケタケタと笑いながら私に話しかける。



「やぁ〜っと、当事者のみの空間ってヤツになったねェ。あ、でもキミにとってあまり聞かれたくない話になるかもしれないから、一応消音魔法を掛けとくよ。」



 そう言いながら、大きく手を広げて、私の知らない言葉で何事かブツブツと唱え始めた。ちょっと仕草が大袈裟な気がするのだが、魔法を掛ける時はみんなこうなのだろうか。魔法といえば、実はもう少しコンパクトなものだと思っていた。高等魔術師ともなれば、実は念じるだけで良いんじゃないかとも思っていたが、どうやらそうでもないらしい。しかし、相手は道化師であるから、どこまで普通にやってるかは怪しいものだが。


 ブツブツ唱えたのは本当に一瞬で、腕を大きく高く掲げたり、終いにはブンブンと腕を振り回すといった大袈裟なジェスチャーの割りには呪文は短いようだった。唱え終わったその刹那、ほんの一瞬周りが青白くなって、それが元に戻った頃には周りから音が消えているという有様だった。突然変わった周りの雰囲気に、そして初めて見る本物の魔法に、私の顔は思わず強張る。



「中も静か、外も静か、なんて便利な魔法だろうね! ちなみにこの魔法はこの研究棟にいる魔術師全員が使えるはずだよ。実験とかするとね、やっぱウルサイからね、これである程度の音を消すってわけさ。危険な物じゃないからそんなに身構えなくていいよ。腹の底から大声だせば、外に漏れるのは漏れるしね、その程度の魔法だよ。」



 その言葉に、私は少し肩の力を緩めた。もちろん、この人の言葉を完全に信用したわけではない。私はレオの言葉を信じているのだ。この人は嘘をつくことができなくて、嘘がつけないこの人は私を害さないと言葉にした。レオがそれを彼自身の判断で信じたから、私もレオの言葉を信じる。その延長線で、この道化師の言葉を信じるというだけのこと。



「そう、分かったわ。」


「理解してもらえたみたいで嬉しいよ。まぁ、いざとなったらキミは自分で何とでもできるハズさ。ボクよりもずぅーっと強くて濃い魔力を持ってるんだからねェ。」



 ――高等魔術師であるこの人よりも、強くて濃い魔力を私が持っているですって?


 思わず私は目を見開く。口からは、驚きのあまり吐息の音すら漏れなかった。道化師は口を歪めて私を見ている。けれど、その雰囲気は優しく、赤子に接する親のようだった。残念ながら、本当の赤子がこの顔に見つめられたら、いくら雰囲気は優しいといえども、泣き出してしまうであろうこと請け合いだが。


 私は少し心を落ち着けてから口を開く。発した言葉は、いつもの私のものよりも少し低く、微かに夢のことを思い出させた。



「……そう、そのことで、私は貴方に話を聞きにきたの。本当は、この力のことだけ聞いて帰るつもりだったのだけど、他にも色々と聞かなければならないことがあるようね。」



 この力、と言うのと同時に、私は右手を顔の横まで持ち上げた。純白の手袋が、私の顔のすぐ横に並ぶ。道化師には、これを見せただけで十分伝わるだろう。そもそもこの手袋に呪をかけたのも、王都にいた高等魔術師なのだから。


 案の定、凍れる道化師は心得たとばかりに頷いている。それを確認した私は、右手をそっと元の位置に戻した。それを見ながら、目の前の道化師は少しだけとぼけた調子で肩を竦める。



「そうだねェ。だがしかし、まずはキミの欲求を満たすところから始めよう。ボクら氷の魔術師の話は、後でいくらでもできるからねェ。見て聞いたところによると、キミにはあまり時間がないようだから。」



 見て聞いたところ、というのは、先ほどの私とレオの会話のことだろう。ケタケタにやにやしながらも、聞くところはしっかり聞き耳を立てていたようだ。



「とりあえずまずは改めて自己紹介! よろしくの挨拶は第一印象においてとても大切だからねェ。というわけで、ボクの名はウィル=ボナードだよ。ウィルとか1番目とか凍れる道化師とか呼ばれてるけど、まぁウィルって呼んでくれたらいいよ。さぁここでお近づきの挨拶だ、どうぞヨロシクッ! 」


「……ご存知のようでしたが、ルル=アレクスファーです。今日限りだとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。」



 今日限りだとは思いますが、のところを、私は思い切り強調した。今日限り、というのは確実に無理な話だとは分かっているが、言わずにはいられない。6番目が、とかいう厄介事に巻き込まれそうだから、本音を言うとお近づきになりたくないのだ。でももうおそらくは、巻き込まれてしまっているのだろうが。そうでなければ、私はさっさと私の力の話だけ聞いて退散しているところだ。しかも、どうやらウィルさんはその何番目がとかいうことについて強制する気は無いらしく、そのように変に気遣われるから余計突っぱねにくい。



「ハハハ、寂しいことを言うね。今日限りというのは、残念ながら無理な相談だとは思うが……、まぁキミが望むのなら後日から出来る限りキミの視界に入らない努力はしようカナ。」


「そこまで極論というか、我儘を言いたいわけではありません。私の浅はかな言葉の綾なので、あまり気にしないでください。」



 その言葉を大して気にする風でもなく、大らかに笑うウィルさん。気にしてくれたら万々歳なのが本心だが、それは胸の内に秘めておくことにする。それにしても、ようやく二人になってふざけた自己紹介が終わった今、彼の仮面が取り去られたようだ。まだ少し名残はあるものの、今私が話しているのは、おそらく"凍れる道化師"ではなく"1番目の氷の魔術師"のウィル=ボナードなのだろう。


 初めてこの部屋に入って、彼の第一声を聞き、彼の表情を目にした時、私にはそれがすぐに分かった。私と同じだと。彼もまた、自分を隠す必要があったのだと。道化師たる彼が演じていたのは、"凍れる道化師である彼自身"だったから。二つの顔を持つ彼の気持ちはそれなりに分かるつもりでいる。私は残念ながらそれほど器用でなかったから、無表情を貫くしかなかったけれど。


 痛みは表に出せなかった。受け止めてくれる人がいなければその痛みを出すことが許されないと分かっているからただ堪える。そしてその堪える方法が、人によって様々だというわけである。きっと彼は痛みを(わら)っていたに違いない。その嗤いが、自分か相手かのどちらに向いていたかはともかくとして、彼は嗤いでその痛みを隠していた。


 レオもきっと、そのことに気づいていた。私もレオが秘密を持っていることくらい薄々感づいている。それがウィルさんのいう仮面に当たるなら、その仮面を外さない限りはウィルさんとは話せないとレオは知っていた。そして彼は、この場で仮面を外すことを拒んだ。もちろん、そこには本人だけが本当に理解できる思惑があるのだから、それを責めることは誰にも出来ない。ウィルさんも責めることは一切しない。


 そして当のウィルさんは、私の考えていることに気づいたのか、フッと笑みを浮かべる。いつもの不気味に歪んだ彼が演じる笑みではなくて、彼本来の優しい笑みなのだと思う。最も、凄まじいペイント顔でその笑みを浮かべられても、レオの笑みのように心底安心することは出来ないのだが。



「そうだね、キミの彼は賢かった。さ、無駄話はこれくらいにして、早速キミの力とやらを見てみよう。手袋はしたままでいいから、両手を出してもらえるカナ?」



 そう言いながら、ウィルさんも両手をずいっと出してきた。手の平が上に向けられているところを見ると、手を乗せろという意味なのだろう。私は相手が氷専門の魔術師ということもあり、あまり抵抗なく手を持ち上げた。


 その間も終始ペイント顔は優しく紳士的な笑みを浮かべ続けていたが、ペイント顔にその笑みはかなりちぐはぐしていて、正直道化師を演じている時の彼よりも少し不気味である。


 何度もペイントを落としたり施したりするのが単純に面倒なだけなのだろうということくらいは分かっているが、私は私の心臓のために、氷の魔術師としている時くらいペイントを取ればいいのに、と思わずにはいられなかった。





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