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竜王に捧げるエルグラス  作者: 深谷 蒼
第1章 花嫁候補編
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10.本物師団長と凍れる道化師


 私はレオに連れ出され、外行きの服で城門の前に突っ立っていた。城門の両脇に立つ二人の門番の表情は、今の私の表情と相違ないと思う。私は目の前でマシンガントークをかます人物とレオとを見比べた。詰まるところ、先ほどから止まらないこの御仁のお喋りに少し困惑しているのだ。



「だからさぁ、反省文千枚は流石にないだろと思うわけよ。そんで減ったと思っても五百枚。よくやりましたぞ!とか言いながらあのクソオヤジ、結局反省文書かせんのかよ!みたいなさぁ。って聞いてる?」


「聞いてる。俺も悪いと思っている。だがお前の口軽さにルルが困ってるからもう少しそのお喋りを控えてくれないか。」



 レオのその言葉に、先ほどから喋り続けていた御仁の口はようやく閉じた。そう、口を閉じてさえいれば、口を閉じてさえいれば、この御仁は本当に人間離れした美しさなのである。


 艶やかな紺色――夜色と言ってもいいだろうか――をベースに、肩まで伸びた髪の襟足の方だけがレオと似たような夕焼け色なのである。野生的な形をした凛々しい瞳は、透き通るように綺麗な翡翠(ヒスイ)色。口を閉じてさえいればキュッと引き締まった薄めの唇も、私みたいな小娘から見ても男らしいと思う。ただ、一度口を開いてしまえば、外見から予想される乙女の幻想は見事に打ち砕かれ、あの通りなのであるが。


 先ほどのレオの言葉に、翡翠色の瞳が私を捉えた。やはり、どこか人間離れした美しさだと思う。口を開けば俗世丸出しではあるが。


 マシンガントークの御仁は私に向かって恭しくお辞儀をした。私も慌てて淑女の礼を取るが、彼のそれには少し違和感を感じた。どこかわざとらしさが含まれているというか、相手に敬意を表するというよりも、単純に相手のご機嫌を取るような少し気障なもののように思う。



「これはこれは。陽の光降り注ぐ湖の女神とも称せられよう美しい姫君、大変失礼を申し上げた。私にどうか貴女の御名前をお教えいただけないだろうか?」


「……ルルと申します。貴方は?」



 どうにも冷たい物言いになってしまうのは、どうか容赦願いたいところである。よくもまあこんな歯の浮くような台詞をスラスラと言えるものだ。自分の容姿の価値をこの御仁はよく分かっている。



「ふむ、何とも愛らしい名前だ。私はグレルという。申し訳ないが、身の上の関係で姓は必要な時以外は名乗らないようにしていてね。その辺りはお互い様ということでよろしく頼むよ、ルル姫。」



 ……その上、洞察力は高いらしい。しかも、この御仁は門番よりも遥かに質のいい軽装備を身につけ、腰には紋章付きの剣を下げている。その紋章はレオと同じ、竜王直轄軍のものだ。


 私が思わずこめかみを押さえるのと同時に、レオの溜息がその場に落ちる。



「女性だけでなく、俺にも敬意を払って欲しいものだな。そんな胡散臭い敬意は要らんが。気色悪いから普通にしてくれ、グレル。」


「おいおい、ひっでぇ言い草だな。胡散臭いってなんだよ、つーかお前が護衛無しで出掛けようとするからこんなややこしい事になってんだろ。あーあー、甘やかしすぎたのかねぇ。」


「俺に護衛など要らん。甘やかされた覚えもない。……お前はそれ以上余計なことを言うな。」



 確かに、今現在進行形でややこしい事になってはいる。レオの師団長という立場上、彼にも護衛が必要なのかは知らないが、とにかく今日一日しか自由な時間はないのだ。私の気持ちとしては、さっさと用を済ませてしまいたい。ついでに言うのであれば、この御仁とあまり関わり合いになりたくない。


 波長が合わないというか、どこがと言われても困るのだけれど、側にいるだけで鼻につくような感じがする。出会ったばかりの、絶世の美男子様には大変申し訳ないことではあるのだが。



「はいはい、分かりましたよっと。……あ、そうだレオ、ようやく返ってきたから、こっち渡しとくな。俺が反省文書かされたのも、自分の役職を一時的にとはいえ、他人に譲渡したことが主な理由だしな。」



 全くもって、私には理解できない会話の内容である。それを言い終わると同時に、その御仁はレオに何か小さく光るものを放った。空中で美しい放物線を描いたそれは、目の前でレオに難なくキャッチされる。


 開かれたレオの手の中には、師団長のバッジがあった。ただし、レオが今現在襟に付けているものよりも、少しだけ色が鈍い。師団長のバッジは純金で出来ているため、本来は明るい金色であるが、レオの手の中のものは、金と赤銅を混ぜたような色だった。


 それを確認したレオは、目の前の御仁に向けて一言。



「遅い。」



 と、それだけ言った。その表情はどこか憮然としている。夕焼け色の片眉を上げるレオは、ほんの少し不機嫌そうだ。レオは襟のバッジを外し、グレルさんから受け取ったバッジを襟に付け直すと、同じ動作でそのバッジをグレルさんの方へ放った。


 先ほどのレオと全く同じ動作でそのバッジをキャッチすると、グレルさんもすぐにバッジを襟に付け、同時に肩を竦めるような仕草をする。それを何気無く見ていた私だったけれど、そこでふと気がついた。――いやちょっと待って、師団長のバッジってこんなにも軽々しくやり取りしていいものだっけ?



「遅いったってなぁ、今は花嫁候補があーだこーだで、師団長代理のバッジが出払ってたんだよ! しゃーねーから俺のバッジ貸したらあのクソオヤジに絞られるしよ。」


「当たり前だろう、そもそも階級バッジはあっちこっちやっていいものじゃない。」


「迷いなく師団長のバッジを借りてったお前が言うなよなぁ……。」



 やっぱり階級バッジは軽々しくやり取りしていいものではないんだなと納得する私と、美しくもげんなりした顔でレオを見やるグレルさん、そしてそのグレルさんの翡翠色の恨めしげな視線を涼しげに受け流すレオ。レオは視線を流した時と同じ動作で私に目を合わせると、グレルさんととてもよく似た動作で肩を竦めた。



「そういうわけで、ルル。黙っていて悪かったけど、俺は本当の師団長ではないんだ。紹介しよう、こいつこそ正真正銘本物の師団長であるグレルだ。」


「そういうわけだから、改めて自己紹介をした方がいいのかね。俺は竜王直轄軍の師団長を務めるグレルだ。俺は見ての通り身軽だから、要人の身辺警護が主な任務になっているかな。詳しくは言えないが、レオは俺よりずっと高い地位にいてな、今日は一応姫さんの警護という名目もあるが、どちらかといえばこいつの警護のために俺は今ここにいる。」


「このバッジは師団長代理のバッジなんだ。俺は元々このバッジを付けて行くつもりだったんだが、無いと言われては本物を持って行く他なくてな。俺の地位については、軍人でもあるし文官でもある、という程度に思っておいてくれればいい。詳しいことはまた時間のある時にゆっくり話そう。」



 思っていたよりもずっと複雑な新しい情報が、次々と露わにされていった。一番驚いたのは、レオが本物の師団長ではなかったということだ。余りにも様になっていたから、少し勿体無くも感じてしまう。ただ確かに、レオよりもグレルさんの方が軍人らしいというか、師団長らしい。


 グレルさんはレオよりも体格がよく、大きい。レオはもともと大きい方だから、グレルさんは巨人並に大きいことになる。そのくせグレルさんは、洞察力も優れていて、頭の回転も速そうだ。堂々とした立ち振る舞いも、師団長らしいといえばらしい。あの白々しい台詞の数々は少し横に置いておくとして。


 対してレオは、グレルさんには劣るが身長は高いし体格もバランスが取れている。だから師団長と言われれば特に疑問を抱くことなく頷けるのだが、師団長というよりももっと高貴な雰囲気を纏っているように思う。感情の機微にとても敏感だし、頭の回転も速いから、文官と言われてももちろん頷ける。


 しかし、ただの文官ともまた違うのだ。何が、とは表現しにくいのだが……そう、彼の上が想像できない。彼はグレルさんと同じ、統べる者特有の空気を持っているのに、誰かに服従している気配がないのだ。彼の上には、竜王様がいるはずなのに、その影がない気がする。師団長だろうが宰相だろうが、その上には竜王様の影があるはずなのに。現に、私から見たグレルさんには、竜王様の影があるのに。



「グレル、護衛としてついてくるのは構わないが、俺たちの邪魔をするなよ。」


「はいはい。分かった分かった。」



 フッと、手を引かれる感覚がして、私は我に返る。壊れものを扱うようにそっと手を握られるから、私は振り払うタイミングを逃してしまった。グレルさんはレオの言葉通り退散したようだが、あの巨体が瞬く間に見えなくなっていたことに私は驚愕した。しかしすぐにレオの大きく骨張った手に包まれた純白の手袋に視線を落として、私は思う。


 ――貴方は誰。私が触れていい人なの?


 そういえば、私はレオの姓を知らない。グレルさんは姓を名乗らなかったけど、彼が言う"都合"にレオも関わっているのだとしたら。ある一つの仮説が脳裏を掠めた。


 ――いいえ、やめよう。明日でいい。明日になれば分かることだから。どの道、明日は竜王様に会わなければならないのだから。



「どこへ行くの?」



 レオは門番たちに合図をして、城門を開かせた。私は惑う考えを払拭するために、少しだけ声を張り上げてレオに尋ねる。城門の開閉に伴う音のため、張り上げた声は不自然に聞こえなかったようだ。


 レオは私の声に困ったような笑みを浮かべる。私にはその笑みの真意が全く分からず、単純に行き先を聞くのはまずかったのだろうかと考えてみたが、私がそのことについて謝るよりも先に、レオが歩き出しながら話を切り出した。



「実は、氷の魔術師の数はとても少なくて、この世に5人しかいない。幸いにも、王都にはそのうちの一人がいたんだが。」


「こいつな、帰ってきたと思ったら、重要な仕事以外を部下に丸投げして、夢物語に近い氷の魔術師について寝る間を惜しんで調べまくってたぜ。何してんのかと思ったけど、姫さんのためだったのかぁ。そうかそうかぁ。」


「わっ!?」


「だからグレル、お前はどっかに行ってろ! 余計なことを言うな!」



 いなくなった、と思ったら巨体がどこからともなく現れる。実に心臓に悪い。思わず声を上げてしまった。慌てて空いている方の手で口を塞ぐも、出て行った言葉は戻ってこない。仕方なく、私はその手を胸に置いて、心臓を落ち着けることに集中した。


 それにしても、と私は思う。氷の魔術師が夢物語だとか言われるほどにいないものだとは全く知らなかった。そもそも魔術師に対しての知識が皆無なため、当たり前といえば当たり前なのだが、やはり私のことで迷惑を掛けてしまったなら謝らなければならないだろう。



「あの、レオ……。」


「ストップ。そんな声で、また謝る気か? 頼れって言っただろう。俺も実は氷の魔術師に関して気になることは色々あったし、むしろ良い機会だ。それをグレルが余計なこと言って拗らせただけだから気にするな。」


「……うん。ありがとう。」



 謝罪の代わりにお礼の言葉を言うと、レオはフッと頬を緩めて笑ってくれた。レオのその笑顔が温かくて、私も無意識に微笑み返す。


 何気無く、足元が危なくなるから本当に一瞬だけ、時間を確認するために空を見上げたら、美しい晴天だった。私の髪色よりも深く色味のある青、けれど清々しい青。見ていて元気が出るような、心が澄み渡るような青空。そして優しく降り注ぐ太陽。素直に綺麗だなと思った。


 もちろん本来の目的である時間の確認も怠ってはいない。グレルさんと長話をし過ぎたように思ったが、太陽の位置を見ると案外そうでもないらしかった。レオが上手く調整して切り上げてくれたのかもしれない。



「この城下街を少し歩くと魔術師の研究棟があるんだ。そこは高等魔術師の許可証(ライセンス)を持っている者のみ、申請によって三食寝所付きの部屋が借りられる。そこに氷の魔術師がいることが分かったんだが……。」


「どうしたの? その人、何か問題があるの?」


「……実は、たった5人しかいない氷の魔術師のうち、凍れる道化師と呼ばれる一人がここにいる。その人はまぁ、気まぐれなことで有名でな。話が聞けるかどうかちょっと怪しいんだ。ただ、俺とグレルがいるから、安全は保証する。」



 私はただ頷いた。安全を保証されなければいけない相手なのだろうか。しかし、折角の機会だし、行って話を聞きたいと思う。いい加減、この力から逃れる方法、あるいは上手く付き合っていく方法を知りたい。


 私は顔を上げる。目の前には白く高い魔術師の研究棟が見える。王都に来たことのない私が見ても、一目でそれと分かるほど、その塔の周りの空気が異質だ。私はレオには言わなかったが、きちんと話を聞けると研究棟を見たその場で確信した。先方は私を迎える気が確実にある。


 誘っているのだ、私を。その塔に馴染みの気配があった。私が力を使う使わないに関わらず、ずっと内側で燻っているあの気配。塔の真ん中より少し上の階の小窓は閉まっているはずなのに、そこから青白く光るモヤが見えた。それは私たちが塔に近づく間に手形を取り、私に向かって手招く。


 どうやらレオには見えていないようで、私にしか見えないらしい。手形のモヤは、私が塔に一定距離近づく毎に形を変える。角度の関係で小窓が見えなくなるその瞬間、人の顔のような形を取ったそれは、道化師のするような丸いボールを被せた鼻を揺らしながら笑っていた。優しい笑みではなく、道化師特有の不気味なケタケタした笑いだ。驚くほど鮮明なそのモヤは、最後に耳に付くほど口角を上げて、パッと消失した。


 塔に入り、側にあった階層毎の入居者を見やり、レオが受付で手続きをしている横で話を聞き、やはりと思う。先ほどの小窓のある部屋が、凍れる道化師がいる部屋だ。


 私たちは魔力で動くエレベーターに乗って10階層に移動する。降りてすぐに見つけた扉には、"ウィル=ボナード"と書かれた札が掛かっていた。ノックをしようと手を掲げるレオの手を引いて、私はそれを止めた。代わりに私が前に出る。


 レオは私の意思を汲んでくれたのか、すぐに扉の前を譲ってくれた。私は息を大きく吸って、扉を軽く叩く。


 扉をこちらから開ける必要も、名を名乗る必要もなかった。重厚な木製の扉は一人でにその身体を動かす。恐らく中にいる人物が、魔力で開閉したのだろう。案の定、腕が伸びでもしない限り扉に届かない位置である部屋の奥にいたその人物は、先ほど私が見たモヤと同じように、白塗りの顔に紅を引いた口角を耳元までニュッと引き上げた。



「ようこそ、6番目のルル=アレクスファー。ボクらはキミを、ずぅーっとずぅーっと、何百年も待っていたんだよ。」



 そう言いながら両手を広げる凍れる道化師。彼の笑みは本当に嬉しそうであるのに、どこか歪んでいるように感じた。――ああ、この人は同じなんだ。私はそう思った。




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