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もう一つの太陽  作者: 朝来夕帰
第一章 Days of the Ultra Utopia
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第八話   目的    おまけ

 名刺に書かれた住所を頼りにたどり着いた、アイボリー地区の一室。亜沙日が呼び鈴を鳴らすと音もなくスライドドアが開き、白衣を着た1人の少女が現れた。


 バイオロジスト・朝来遥(あさごはるか)。くりくりとしたボブカットの銀髪、丸眼鏡の奥の翠眼が目に付く。


 この人が、自身のルーツを知る人。そして自身の姉かもしれない人物。戦闘後の高揚感を引きずった亜沙日は揚々と挨拶をした。


「こんにちは。いろいろ落ち着いたので、社長の紹介で来ました」


「……!! 血、血まみれじゃないか!?」


 少女は彼の赤黒く染まった頭部を見て大きく取り乱した。


「あ~……とりあえず、シャワーをお借りしても?」


「あ、ああ。シャワーは入ってすぐのところだ」

「説明したいことは山ほどある、ゆっくりしていってくれ」


「はい、お邪魔しま~す」


 亜沙日と遥は玄関をくぐり、スライドドアは音もなくピッタリと閉じた。


─────────


 黒を基調としたシックなリビング。その中央には大きなアイランドキッチンが構えてあり、カウンターチェアが添えられるように一つだけ置かれている。

 亜沙日がシャワーを終え、興味深そうにレイアウトを眺めていると、クッキーが乗った皿を持った遥が待っていた。


「クッキー食べるか? 座ってくれ」


「あっ、ご丁寧にどうも」


 カウンターチェアに座った亜沙日は黙々とクッキーを食べ始める。よほど口に合ったのか、彼は思わず遥の方を見た。


「……このクッキー、私がこれを学友にふるまうと、毎日焼くことを要求された。学生時代には少し話題になったものだ」

「今回の件も、これから君に話すこともそれと同じ。ただ、一人の科学者の実験がうまく行き過ぎて、みんなが関心を持っただけ」

「これを念頭に置いてくれ。メモもあるよ」


「は、はい……」

 亜沙日は手渡されたメモ帳を何故かキッチンではなく内股の上に載せ、ペンを固く握った。


「でもその前に……結局蘇生って何なんですか?」


「蘇生技術か……」

「組合の規定により、詳しい原理は言えないが……」


 バイオロジストとして、朝来遥もまた蘇生技術に明るい。しかし、AIによる統合性チェックが蘇生処置の大部分を占めるため、セキュリティ問題を主な理由とした大規模な緘口令が敷かれていた。


「……この世界を構成するものは、何も特別なものではない……全てが大切でかけがえのないものだ」

「先人の言葉を借りるなら、足りないものを補うだけ」

「……そういったものだ」


 呆然とする亜沙日。


(……もったいぶった割によくわかんなかったな」


「声に出ているぞ」

遥はジトっとした目を亜沙日に向ける。


 彼女との会話のトーンを掴んだのか、亜沙日は軽快な口調に切り替え質問を始めた。


「今度は、あんたについて聞かせてくれ。社長から名刺をもらった時にあんたが俺と血縁であるところまでは察した」


(そして俺のお姉ちゃんであれ)

 亜沙日は得意げな顔の裏で、切実な願いを抱く。


「ほう。やるな」

 遥は少しだけ驚いた顔を見せ、


「……そうだ、私がお前を創った」

と断言した。


「…………え!? そのレベル!?」

 亜沙日のわざとらしい驚嘆がリビングを乱反射する。


「禁忌とされた、第一の蘇生を用いてな。」


「ええ……」


 困惑する彼をよそに遥は淡々と語り続ける。


「おまえは私の母さんの細胞と、私の手で生まれた存在なんだ……」

「今から350年前の……2085年、核融合炉の独自開発を始めとした禁忌を犯し、街に核制裁を招いた研究者がいた」

「彼は自分だけ逃げおおせ、その娘が死んだ。その子のために彼は足りないものを補い、娘を蘇生させた」


 朝来遥は拳を握り、堰を切ったように話し出した。


「私がやったことは、その第一の蘇生と呼ばれる技術の模倣だ。それが……それが……」

「うまく行き過ぎたんだ。お前は、生まれた時から死ねないんだ。だから、だからパパやおじいちゃんは……わたしよりもお兄ちゃんを……」



 置いて行かれないように必死でメモを取る亜沙日。


「あ、あの……も、もうちょっとゆっくり……!」


 彼の真剣な様子に罪悪感が刺激されたのか、遥の瞳からとめどなく涙があふれだした。


「グスッ……その死んだ娘が蘇り、不死となり。君の知るメガコーポの社長の前に現れ、三人の子をなした」

「一人は開発者、朝来総司、一人はバイオロジスト、朝来遥、私のことだ……」

「もう一人は、朝来……未来……! パパから連絡をもらった……今しがた兄に殺された……あの子のことだ……!!」

「二人は……蘇生施設に搬送されたそうだ……」


 彼の懇願空しく情報量は積み上がる。とにかく必死でメモする亜沙日。

 数分後。一段落ついたのかペンを置き。


「……ほんまかいな……」

 ぐちゃぐちゃの文字で埋め尽くされたメモを見て、彼は文句を言った。しかし、産みの親とされる少女の嗚咽を聞いた亜沙日は、記憶の端から自身のルーツに関わる小さな出来事を思い出していた。


「だが……」

「俺が社長に萌えた理由はわかった」


 罪悪感に苛まれていた遥は、亜沙日の発言を彼なりの気遣いと受け取り、苦笑しながら涙を拭う。


「遠からずだが、お前の業が深いだけかもしれんぞ」

「私も人のことは言えないがな……」


「あなたもおじさん萌えですか!?」


「そっちじゃない!」



 ジョークではなかった。

 亜沙日は初対面のおじさんに萌えた自身の趣向について、大分切実に悩んでいたのである。



「じゃあメモ見て。これでいいかな」


「うむ、確認しよう」

 メモを手に取り、透き通った声色で遥は音読を始める。


「蘇生技術はよくわからん。足りないところを補うだけ?すごい。とりあえず私は目の前の女の手で生まれ、その素材はその女の母の細胞で、その人はメガコーポの社長の妻だったから、私は彼の胸の中でどきど……き……ってふ、ふざけないで!!」


 顔を真っ赤にして動転する遥。

 彼女を外目に、亜沙日はすっきりとした顔で話を続ける。


「いやあの社長がな、俺を抱いたんだよ。で、俺も他人とは思えなかったから、なんかいやな気持ちにはならんかったんよね」


 バイオロジストは宇宙を垣間見た。


 彼女の夕焼けのような赤面をよそに亜沙日は思考に耽る。


「……てことは……俺の部屋に来たあの女は……いわゆる……俺の元ネタってことか……」


「5年前、私も彼女から接触があった……その時に髪の束をもらって、お前を創った」


「半端ねえ」亜沙日は驚嘆。


「炉の開発をリークしたのも母だろうか? 彼女の動機は、全く読めない……」


大きなため息をつき、一瞬項垂れるも、上目遣いで許しを乞うように、亜沙日の持つ翠玉色の目をじっと見つめる遥。


「ここまで聞いてどうだ……? すまない。私も話してるうちに熱くなって、要点が伝わったかもわからんが、お前にとって私は諸悪の根源で、私は……」

「……覚悟は、出来ているよ……」



 再び項垂れる遥の様子から気の毒に感じた亜沙日は、部屋を見渡した。隅々まで掃除の行き届いたリビング。丁寧に整頓されてあるキッチン。その隅には、市長、社長、開発者と、小さな笑顔の彼女の写真があった。自身の生みの親かもしれない遥の、その人柄を垣間見た亜沙日は安堵の表情を浮かべる。


「あんたのことはいいよ。聞いた話だって、信じるかどうかはまだ決めない」

「……ただ……結局俺は死なないし、ならばずっと生きていくしかない」



 バイオロジストは目を見開いた。



「悩んでる暇なんて、フッ、そんなリソースはないんだよな」

「とにかく、この一件がすごく刺激的だったのは間違いない。俺が何者であろうが、結局はVRですら味わえない経験が出来た」

「それだけでもう普通じゃない。し、今は……今は、それがむしろありがたい」


 席を立ち、亜沙日は少し照れ臭そうに頬を掻く。


「今日はもう帰るよ。シャワーと、クッキーと、超回復能力と……あと……色々ありがとな」


 立ち上がる亜沙日を見上げた遥は、彼の言葉の意図を汲み取り、少しだけ笑った。


「……うん、私の方こそ、ありがとう。またいつでも訪ねてくれ」


 亜沙日と遥を遮るように、音もなく閉まるスライドドア。日の光は遮られ、密閉された空間に沈黙が満たされた時。


バイオロジストの胸中を埋め尽くすのは


己が手で生み出した生命体が辿る


運命の恒久性を悟ったが故の


途方もない罪悪感だった。



「……すまない……」



「……すまない……亜沙日……!」




「う……う……あああ……!」




 埃一つない玄関に



臓器から一滴ずつ絞り出したかのような声が




零れ落ちた。




─────────




 アイボリー地区の歩行者デッキ。

 亜沙日は、メモを見返しながら歩いていた。



(市長がひいじいちゃんで、社長がおじいちゃんで、あの男とさっきの博士と……未来さんが三人兄妹……)



(社長のお嫁さんが350年前に第一の蘇生で復活した人で、俺の……元ネタ?)



(いや信じられんわ……ややこしいし……)

(待てよ……俺……未来さんと血縁……? ……あれ、俺ってあの人にとっての……甥っ子? それとも、もう一人のお母さん……?!)



(どっちにしろ……)

(失恋ですね……はああ……)



 大きなため息をついた亜沙日は、メモをズボンのポケットに突っ込んだ。

 彼は彼自身のあまりに突飛な出自を消化しきれなかったのか、足を止め、目を細め、眉を顰め、空を見上げる。


(スパイの言う通り、深く考えなくてよかったよな)

(……だったら)

(……誰がどうとかどーでもいいや)


(何がどうあれ、事件は起きて、俺は巻き込まれた)

(ならば、起こったことをどうするか、それだけを考えればいいんだよ)

(今回は、そうやって乗り越えることが出来たんだから……)



(……いや無理だな、VR破壊されたのはやっぱ……)

(堪える)




 自身の至った結論が些か軽薄であると省みつつ、じわりと浮かんだ涙を拭った亜沙日は、ポケットの中のメモを握り潰した。

内股の上で大急ぎで書いた上に握りつぶされた亜沙日のメモ


その一部。

人間関係図

ひいおじいさん

朝来誠司(市長・恐怖の世代)

おじいさん

朝来淳司(クレストcorp.社長)

おばあさん兼俺の元ネタ

不死者

朝来……名前聞き忘れた また今度でいいか

三兄弟※

朝来総司(開発者・未来さんの姉※)

朝来遥(まさかの生みの親。未来さんの姉)

神戸未来(まさかの朝来未来さん。未来さんの本人)

そして俺。朝来亜沙日。おばあさんのクローンだと。絶対に嘘だと思う

母方の祖父は300年前にみとったので割愛

父方のひいばあちゃんは前にVRの友達が言ってた噂が確かなら

恐怖の世代で蘇生を断ってけっこう前に亡くなっていたはず。

結論・マインドセット

結局一家のいざこざだったのやばすぎる。朝来家はなんか怖いわ。

このメモの情報は話半分にしとこう。信じることはない。

紀元前の哲学家、アリ

─────────

※亜沙日による書き間違い

正しくは

×三兄弟→三兄妹

×朝来総司(未来の姉)→朝来総司(未来の兄)

─────────



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