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もう一つの太陽  作者: 朝来夕帰
第一章 Days of the Ultra Utopia
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第七話   因果

 アイボリー地区とエボニー地区を結ぶ架け橋。

 未来は、その上でぐったりと横たわっていた。

 雨は止まず、黒雲は消え去る気配がない。


 太陽の見えない空は、亜沙日の表情に大きな影を落とした。


「は……? なにやってんだ……? あんた、この人を、未来さんを……」

「殺したのか……!? 手で!?」


 目の前の現実に目をそらしたいのか、折れた骨が痛むのか、亜沙日の目には涙が浮かび、今にも泣きだしそうだった。

 喪失感を誤魔化すように、腹に力を籠め、震える手を握り、目一杯叫ぶ。


「……この人が次に生き返ったら!! 手に怯えることになるんだぞ!!」


 刹那、亜沙日の体が鋭く光った。

 総司は思わず手で顔を遮り悪態をつく。


「どいつもこいつも……!」


「そうだ! 誰もお前を理解していない! 勝手な幻想押し付けて! この街を危険に晒してるおまえを!! 誰も!!」


 亜沙日の言葉が逆鱗に触れたのか、総司は銃を構え、大声を放つ。


「誰も理解できない幻想だと!?」

「それはこの僕が描いた現実だ!! 貴様らに理解出来るものか!!」

「五度死にたまえ!!」


 総司は銃の照準を、亜沙日の額に合わせた。

 しかし、彼は引き金を引かず、呆然としていた。

 何故なら、かつて自身の銃で始末した少年は、


””死因の恐怖””の対象であるそれに、全く怯えていなかったから。


(何故だ……?)

(銃を取り出したのに、取り乱してない……?)

(こいつ……! まさか、まさか……! )


(────母さんの────!!)


「がら空きなんだよッ!!」


 力任せのタックル。

 亜沙日は靴跡のような焦げ目を地面に残しながら、総司めがけて突っ込んだ。余りの勢いに二人の体は組み合ったまま柵にぶつかり、大きく宙に弾き飛ばされる。慣性のまま橋の外に投げ出され、両者は森地区の木々をかき分けるように墜落する。


「ウオオオッ!?」


「グウウッ!!」



 戦場は、沈黙に包まれた。


 彼等の戦闘を見届けたスパイは、腹部を抑えながら未来の遺体に這いずり寄る。激痛をこらえ膝を曲げて地面に座り込んだ彼女は、意識を手放した未来の頭部を膝に乗せる。


「ねえ未来……これで、三回目だね。死ぬの」

「常識じゃん。五回死んだら、記憶を保てないんだって、統合性が取れなくなるんだって……」

「……あたりまえだよね。普通、人ってそんなに死なないもん……」


 彼女は、自身の大切な存在の頬を、その指先でなぞる。雨で濡れたからなのか、彼女の手先には温度が伝わらない。未来の死を痛感した彼女は、大粒の涙を流した。


「だから……! だから……! もう二度と死なないでっていったのに……!」

「あの子もいなくなって……!」

「未来まで……失いたくないのに……!」

「……どうして死んじゃうんだよおおお……」


 スパイは人目もはばからず慟哭した。

 戦場にいる人々の視線を彼女は独占している。



 地面にうつ伏せになった反政府組織のリーダーは、言葉を失った。


 彼女にかける言葉はもう、一つも意味を持たない。


 そう悟った少年は、ゆっくりと仰向けになり、空を見上げた。




─────────


 森を切り裂き、地面に堕ちようとする総司。

 彼は、事の発端である自身の母との会話を思い出していた。


─────────


 真っ白な空間に、シングルサイズのベッド、その隣に置かれた、小さなデスクと、デスクチェア。デスクの上には、使い込まれた黒檀の万年筆と、蘇生を拒絶する意思を示す緑の封筒。そして、象牙色の紙に記された「もう一つの太陽」の設計図。

 ミニマルを通り越した簡素な部屋は、朝来総司の私室である。設計図の執筆を終えた満足げな彼の微笑みは、一つのチャイムにかき消された。


 遠隔操作により、ドアを開ける。

 挨拶もなく部屋に入り込んだ存在は、


彼の持つ幼少期の記憶と寸分違わぬ姿をした女性。


 小川のような髪。女神と見紛う佇まい。

 漆黒の瞳の下部は、わずかな翠玉色に染まっている。


「やあ、いつぶりだろう。年なんて覚えられないよね」


 総司は、自身の母と思わしき人物に馴れ馴れしく語り掛ける。


「ええ、時間なんて、沢山ありすぎてややこしいです。」



「ね?総司くん」


「君はやめてよ。母さん。もう26になったんだ」



「……やはり貴様が、第一の蘇生で生まれた女だったか」

「若作り……いや、小皺が増えたね」


 長髪の女は総司を無視し、彼のデスクにある紙を見つめていた。

 それに気づいた総司は、自身の母を射殺さんばかりの眼光で睨みつける。


「何故、僕の前に現れた? 仕事で忙しいんだ。かまってる暇はない」


 鬼気迫る表情のまま、語気は据え置きに部屋からの退出を促す総司。


「いえ……本当に気まぐれです。会えてよかった」


「はいはい。じゃ、気をつけて帰ってね」


 彼は背を向け、デスクと向かい合う。

 背後から、一切の気配が消えた。


「殺意はない……か?」


 総司は、足を組み、宙を見上げて呟く。


「……僕は死ぬわけにはいかない……」


─────────



「……僕は死ぬわけにはいかない……」

「……僕は死ぬわけにはいかない……!!」



 森地区にあるカフェ、亜沙日の日常の象徴。

 二人の戦闘は、この空間で幕を閉じようとしていた。

 総司は亜沙日の下敷きになり、両者ともにカフェテーブルに弾き飛ばされる。

 亜沙日は何事もなかったかのように立ち上がり、


総司は砕けたヘルメットを投げ捨て、小鹿のように立ち上がった。


 朝来総司の銀色の髪が小さく揺れる。

 雑踏は、彼らに関わらないようにと、カフェを避け流れゆく。


「……これで終わりだ! おとなしくしてろ!」


 衝撃により亜沙日の叫びが届かなかったのか総司はおもむろに銃を構えた。


「僕は、ここで死ぬのか……? 否……! 僕は死なない!」


 一切の滞りなく圧倒的な力が引き金に送られ、撃鉄が降りたことを示す想像を絶する爆音が鳴り響き、凶弾を受けた亜沙日はなすすべもなく倒れた。


 それと同時に、木々の中から鉄がぶつかる様な大きな音が響き渡る。


 だがしかし


その二つの轟音よりも、総司は、群衆は


目の前の光景に釘付けだった。


「痛え……」


 額から赤黒い血を噴き出している亜沙日は起き上がり、鋭い痛みに文句を言った。


「バカな、確かに鉛を仕込んだはずなのに……!」


「?あんたの頭にも赤いのが……」


 男の髪がレーザーサイトに照らされている。


「……君は……いや……僕の……」




「僕らの……かあさ」


 朦朧とした総司は手を伸ばし、足を引きずるように亜沙日に歩み寄る。



 破裂音。木々の隙間からだ。


 こめかみに銃弾を受け、うつ伏せに倒れこむ男。



 長身が地面に沈み込む音は雨音にかき消され、誰の耳にも届かない。



 この街の未来を照らす、朝来総司の頭脳は、


文字通り、過去の遺物に打ち砕かれた。




 静まり返るカフェ。




 亜沙日は銃声の発生源と思わしき、木々の隙間の一点をじっと見つめる。



「あの防衛システム……ちゃんと動いてよかった……」


「……運も絡んだけれど、備えはしておくものですね」






「全く、総司く」何者かが脳にいる。

 明らかに自分の意識ではない。





 亜沙日は脳髄に綿が詰まったような感覚に陥り、その心地の悪さから自身の頭を殴ろうとすると、




「見たかあれ!」

「警察……!」

「いやあこれは何かの撮影よ」

「でも血が出てる」

「どうしよう」

「俺らに関係ないよ」

「で、でも……」



 群衆は様々な反応を見せ、静寂は破られた。

 パニックに陥る者、正常バイアスに陥る者。


 その光景が滑稽に映ったのか、亜沙日は冷静さを取り戻し、深呼吸をした。

 晴れ間が差し込む。雨は止んだ。

 朝来総司は死んだ。


 これで、もう一つの太陽も、沈むだろう。



(周辺諸国による制裁は免れた、かもしれない)

(未来さんの様子も気になるが……それ以上に……)





 彼は総司の死体を眺めた。

 滴る血が雨に溶け、バイオ樹脂を汚す。

 この人は何故、死んだのだろうか。

 違う。自分は何故、死んでいないのだろうか。

 亜沙日は前髪を掻き上げ、手に着いた血をズボンでぬぐう。



(俺って、何なんだろうな……やっぱ……)


「……いいや! 聞けばわかるか!」




 自身の存在理由を知るための本当の闘いが、この先の道で待ち構えていることを悟った亜沙日は、まっすぐ前を向いて群衆を掻き分けていった。

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