第九話 無心
「続いてのニュースです。昨晩、朝来市長が先日発生した乱闘事件について記者会見を開きました。恐怖の世代とされる市長は、彼らの象徴とも言えるゴーグルとミトンを外し、その素顔を初めて世間に公表しました。途中休憩は多く挟むも、会見は概ね滞りなく進行した模様です」
アイボリー地区のやや古びた蘇生施設。その待合室の壁面には、ニュース番組が投影されている。
受付を担う気だるげな職員は、懐疑の目で銀髪の少年を見た。
「生年月日、これであってますか?」
「はい、今年が2435年だから、私は今日で五歳です。」
銀髪の少年・亜沙日は堂々と自身の年齢を告げた。
混じり気のない彼の姿勢の良さたるや。
堂々とした態度に感化されたのか、職員は手続きを進める。
「お客様と患者様とのご関係は?」
「私が甥に当たりますね、彼はおじさん。」
「畏まりました。改めて、ご確認の口座からの引き落としでよろしいですか?」
亜沙日は朝来遥と書かれた項を確認し、「はい」と返事をする。
「それでは蘇生の方に移りたいと思います。統合性の確認が取れましたら、後日連絡をさせていただきますので、お手元の端末にてご確認ください」
「わかりました、お願いします」
人生初めての蘇生依頼。壁面に映されたニュース番組には、今まさに蘇生されようとしている朝来総司の顔が映っている。
何故、この手続きが滞りなく進んだのか?
亜沙日は不思議に思ったが、VTRに取り上げられた市長の目から一連の事件が収束したことを悟った。
エボニー地区で働き詰めになっていた官僚は解放され、家族と再会し。
自身も住民票に刻まれていた年齢の謎も解け、あの散らかった部屋の片付けを再開できる。
ならばあとはもう一つ、ケジメをつけなければならないことがある。
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アイボリー地区の比較的人通りの少ない区画を3度目の蘇生を終えた未来と、彼女を支えるように腕を組んだスパイは歩いていた。
未来の目は、無機質なゴーグルに覆われている。
「このゴーグル凄いね、手にモザイクがかかるから安心」
「恐怖の世代ってみんなつけてるもんね~」
「大丈夫? 痒かったら言ってね。」
「平気だよ、ありがとう」
自身を慮るスパイの空元気に心癒された未来は、優しい声をかける。
そんな彼女らの背後に、二つの人影が迫ろうとしている。
アイボリー地区の素朴な意匠とかけ離れた、粗暴な出で立ちをした男たち。
「いた……あの女でいいんだな……」
「ああ、間違いない……!」
背後から迫りくる二つの影、未来とスパイはそれを察知し身をかわすが、
未来は寸前のところで見切ってしまったがために、男の手がゴーグルに接触。
彼女の赤眼は外気に晒され
未来は、大雨の様な汗を流し、戦慄した。
「……え……手……やだ……やだ……!」
「未来!! ……貴様ら!!」
怒りの灯った目で男たちをにらみつけるスパイ。
「え、え、こいつら結構動けるのか!?」
「九代目の話聞いてなかったのかよ! ずらかるぞ!」
彼女の威圧に負けた二人は一目散に走り去った。
「そのまま消えろ!」
「未来! 大丈夫か!」
振り返り、スパイはすぐさま未来に駆け寄る。
普段の気丈な態度は消え失せ、眉を顰めて震える未来。
彼女はスパイの顔を見て、その名前をつぶやいた。
「侑里……侑里ぃ……!」
「ああ! 私はここだ! 手は見るな……! 私の目を見ろ……!」
侑里と呼ばれた女、スパイは手が視界に入らないように、未来の手に自身の手を重ねて地面に押さえつける。
それでも未来は、侑里の手をじっと見つめていた。
「未来……! 見るな……!」
「手……手……!」
未来の瞳孔が大きく開いた。それはまるで、光の届かない宇宙空間を思い起こさせるドス黒さだったが、その瞳は確かに大切な存在の手を捉え、輝いていた。
「……でも……ちがう!」
「私は、あの手で殺された。だけど、この手は……この手は……!」
「侑里の……スパイの手だ……!!!」
「だから、怖くない……怖くないんだ……!」
跪いた未来はスパイの手を固く握りしめる。
そして、何かを思いついたように強張った表情を解き、
小さく口角をあげ、息を整えようと大きく深呼吸をした。
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エボニー地区の建物に不釣り合いなほどに純白な壁面には、歴代の市長の肖像画が飾られている。真っ黒なビジネススーツを着た未来は、市長室の巨大なデスクの前に背筋を伸ばし、堂々と立っていた。
気迫を伴った彼女の顔つきを目の当たりにした市長と、彼の息子であるメガコーポの社長は、互いの顔を見合わせ、息を吞んだ。
沈黙に耐えかねたのか、社長は未来に語り掛ける。
「神戸君……いや、未来……今まで見つけられなくて本当に済まない……」
「う、うん……私の方も……まさか私のお父さんが社長で、おじいちゃんが市長だなんて夢にも思わなかったから……」
先ほどの気迫はどこへやら、社長の言葉に反射的に困惑を見せる未来に市長は思わず笑みを浮かべた。
「……ははっ、確かに、典型的なシンデレラストーリーといえるね……」
「……未来ちゃん……今日は、何か見せてくれるんだってね……」
市長の言葉に未来は用事を思い出し、再び姿勢を正す。
「はい、私は兄の手により殺され、一時は自身の手にまで恐怖することになりました」
「……おじい様、あなたのように……」
「……総司……未来ちゃん……すまんなあ……」
「流石に私も、この短期間で三度も死ぬことになるとは思いませんでした」
「ですから私の願いを一つだけ、聞いていただけませんか?」
市長は俯き、しゃがれた声を絞り出す。
「ああ……断る理由はない……あるわけがない……」
「ミトンと、ゴーグルを外してほしい……だったかな……」
「お願いします」
未来の瞳孔が開く。
それに呼応するように、市長も彼女と感覚を共有するように、瞳孔は開かれた。
「……では、外すよ。」
震える手でゴーグルを外す市長。
彼の真っ赤な瞳が、自身の素手を捉えた時、
老人は、大雨のような汗を流し、戦慄した。
「……親父……!」
肩で息をする市長と、それをただ見守ることしかできない社長。
未来は俄然集中をし、自身の祖父を力強く諭し始める。
「……平気ですよね? これはあなたの手です。決して、決して……! あなたを傷つけた手ではありません……!」
「あなたが恐れる手ではありません……!」
彼女の懇願のような理屈を市長は黙々と受け止めていた。
荒い呼吸は次第に緩やかなものに変わっていく。
彼の瞳に、大粒の涙が浮かぶ。
それが示すのは死因による恐怖ではなく
積年の想いを表す、感嘆であった。
「ああ……ああ……! わかるよ……! ……俺の手……!」
「俺の手って……こんな……しわくちゃだったんだなぁ……」
自身の手を見て、息も絶え絶えながら細やかな笑顔を浮かべる老人。
彼は、その様子を涙ながらに見ていた息子を呼び掛ける。
「……淳司……! お前の手も見せてくれ……! ということはこの手は……!」
「うん、私の手だよ。おじいちゃん」
「おお……おおお……淳司よお……お前の手もちょっとしわくちゃだなあ……」
淳司と呼ばれた男、メガコーポの社長もまた、父につられ大雨のような涙を流す。
「……ああ……親父い……! 俺の手だよ……親父ぃ……!」
市長の手は、彼らの手をそっと優しく包み込んでいた。
数分後、市長は肩で息をしながらゴーグルとミトンを付けなおしていたが、ゴーグル越しの彼の笑顔を見た未来は確かな手応えと共に、そう単純には拭えない恐怖のままならなさに、拳を握った。
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晴れ渡るエボニー地区の日差しを鬱陶しく思ったのか、未来はビジネススーツのジャケットを脱ぎ、肩にかけている。
アイボリー地区へのバスを待っていた彼女の携帯端末がなり、通知を確認すると、「貴方のお兄さんの件について」と書かれたメールが届いていた。
手の恐怖は克服。いや、その対象を限定することが出来た。
それでも自分の手をじっと眺めていると、段々と肝が冷えてくる感覚はある。
こんな状態で、自分を殺した兄の手を見たら自分はいったいどうなるのだろうか。
恐怖と好奇心が綯い交ぜになった未来はバスの到来を確認し、ジャケットの袖に腕を通した。




