第二話 蘇生
歩行者デッキを悠々と散歩する男がいた。
雑踏に、長身と銀髪が目立つ。
朝来総司。神戸と少年を射殺した男は、前だけを見据えて歩いていた。
「やあ市長。後始末どうも」
彼の瞳に仕込まれたモニターが一人の男のバストアップを空中に投影する。
その人影は、目にゴーグルをつけた老人。
総司は、市長の端末をハッキングし通話を仕掛けていた。
「……人の命に手をかけるとは……」
目を隠していてもわかるほど、老人は苦悶の表情を浮かべている。
「……筋書を整えるのに、苦労したぞ」
「大袈裟な」総司は鼻で笑い街灯を見つめた。
この街の街灯にはセンサーが内蔵されており、殺傷力のある武器の所有には厳罰が降る。問答無用でレーザー光線による制圧が行われ、所有者は抹殺、蘇生によりその身柄を確保される。朝来総司はそのシステムの管理に携わっており、処罰の対象外とされる遥か旧時代の武器モデルの参照、生成などはお手のものであった。
「防衛システムに感知されず、鉛を放てるのはこの街で僕だけ」
総司は辺りを見回し両手を広げるが、雑踏を行く人々は彼を一瞥もせずに流れていく。
「この街の人間は誰も信じないし、興味も持たないよ」
総司の返答が気休めになったのか、老人はため息をついた。宙へ映る幻影は椅子にもたれかかったような仕草を取る。
「だが、我々の被害者は、蘇生を完了した」
己の罪を強調するように張り詰められた老人の語気。
神戸、そして銀髪の少年。
二人の亡骸を思い出してなお、総司の顔色は変わらない。
「フン、あの女は僕を追ってくるだろうが」
「死因の恐怖。僕はこれで身を守らせてもらう。あなたには悪いがね」
投影された老人は俯き、今にも泣きだしそうだった。
その様子にお構いなく総司はつらつらと語りだす。
「あんなものを勝手に作っている僕の落ち度もあるかもしれないが」
「爆竹が大好きな国連を欺き、かつ、この街を強く成長させるには」
「この手しかないだろう? おじいちゃ……市長」
何もない空間に手を差し伸べる総司。その風体は奇抜で歪だが、雑踏を行く人々はそれでも彼に見向きもしない。
誰がこの街をここまで冷たくしたのか。そう考えた老人は、顔もあげないまま、声を絞り出した。
「……頼むぞ……我々はもう、引き返せないんだ……」
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蘇生施設の病室に、個人利用が可能な蘇生ポッドが二つ。
そこには一糸まとわぬ姿で培養液に浸かり、器官チューブで繋がれた神戸の遺体と、亜沙日の遺体があった。
金髪をセミロングの長さまで伸ばし、薄緑のブレザーとチェック柄のミニスカートが組み合わさった学生服を纏った人影は、その金色の瞳でモニターを眺め彼らの容態を確認している。
泣き腫らした後か、その目元は腫れていた。
彼女は神戸の身体を隅々まで確認し、その名を呼ぶ。
「……未来……」
するとサイン波の警告音が三つ、1/16の速度で無機質に鳴った。
音の方を見やった女は、二つの異変に意識を取られる。
「……この男は……いや……?」
少年の肉体には、性器がなかった。
が、それよりも奇妙な現象に彼女の思考は支配される。
「カーネルエラー? 傷は治ってるような……」
「回復してるのか……?」
「……地力で?」
─────────
未来と亜沙日が蘇生を施され三日の時が経った。
アイボリー地区のとある一室をオフィスのように構えた部屋。
その最奥のオフィスチェアに座った、ツーブロックの髪形で中等部に入学したてのような、白いワイシャツを真っ黒なスラックスにキッチリ収めた風体の少年は、鋭い眼光で切り出した。
「成果は? とりあえず君の隣で寝ていた男も蘇生したが」
「いえ、今回も……」
「リソースの無駄だ、今後の単独行動は控えてもらう」
「はい……」
少年の叱責に続き、学生服を着た金髪の女は神妙な表情で未来に語り掛ける。
「あと、もう二度と死なないで」
「うん……ごめんなさい……」
切実な声色に、未来は俯き謝罪する。
「ところでリーダー、今度の潜入、この人連れてっていい?」
リーダーと呼ばれた少年は、金髪の女と目を合わせる。
「構わんが、力になるのか?」
「ちょっとね」
「わかった、あなたの意向は?」
ソファに腰かけ項垂れている亜沙日は、リーダーの芯の通った甲高い声に反応し空かさず答える。
「まずは今どういう状況か知りたい」
「短くいうと君は今反政府組織に加入しました」
「へえっ??」
金髪の女の軽いトーンから繰り出される事実に衝撃を受け、彼は素っ頓狂な声を上げた。
「安全も兼ねてね、私たちと一緒にいなきゃ危ないよ」
「そうなんですか? え? 何がどうなってる?」
「では、今度の作戦を振り返る。スパイと未来さんと……あなたは三人で変装してエボニー地区に潜入。メガコーポの社長とコンタクトを図り、可能であれば、恐怖の世代、奴らの密会の邪魔をしてきてやれ」
「先導はスパイ、君に任せる」
「ラジャー」
スパイと呼ばれた金髪の女は平坦なトーンで返事をする。
「よし」と一息入れ、ブリーフィングを終えたリーダーは未来の真っ赤な瞳をじっと見た。
「最後に、未来さん……ひとつ、頼まれてくれるか?」
「うん、リーダー。私も試してみたい」
未来もまたリーダーの目をじっと見て、深くうなずいた。
リーダーはオフィスデスクの下からモデルガンを取り出す。
銃身が視界に入った未来は、表情も変えず
大雨のような汗を流して、戦慄していた。
「……リーダー!! ストップ! 銃を隠して!」
「! ……ああ……まさか、死因の恐怖、ここまでとは……」
スパイの静止を受けたリーダーは、慌てた様子で銃を隠し、未来の反応に驚きを示していた。
「あなたは平気ですか?」
「え、ええ、大丈夫です」
リーダーの問いかけに亜沙日も驚いた様子で答えた。
肩で息をし、平静を取り戻そうとする未来はスパイによりかかる。
「こんなもの……平気だよ……大丈夫……大丈夫だから……」
「平気なもんか……! 未来がこんなになるなんて……」
スパイは細かく震える未来を抱き寄せる。
二人の様子を確認したリーダーは、
「……では解散。落ち着いてからでいいから、各自気をつけて帰ってくれ」
と宣言し、呼吸を整える未来を度々気にかけつつ、書類作業にうつった。
数分後。未来の呼吸が安定し、彼女の頬を伝う冷や汗もなくなり、彼女を包むスパイの腕を優しく振りほどいた頃。
未だ状況を飲み込めていない亜沙日は不安そうな顔で呟く。
「それにしても、今後どうしようかな……」
「へ、部屋もめちゃくちゃだし……」
落ち着きのない彼の様子に罪悪感を覚えた未来は、申し訳なさそうに尋ねる。
「……ほとぼりが冷めるまで、一緒に住む? その、巻き込んじゃった手前」
「え? い、いいんですか?」
「いやらしいことを考えている」
「いきなりなんですか……?!」
二人の間に割り込んだスパイの突拍子もない発言に動揺する亜沙日。どうやら本気で疑ってる様子だと、彼はその金色の瞳が放つ眼光から察した。冤罪に続く誤解にうんざりした彼は、
「いやらしいことは考えていません!」
と力説する。
「本当は?」
「本当ですよ! そりゃ微かに過りはその」
「やはり考えている」
「ちょ、し、失礼では!?」
二人のやり取りに思わず笑った未来の顔色は、恐怖から気が紛れたのか、血の気を取り戻しつつあるようだった。
そんな未来の様子を察し、少し安心したのか、亜沙日は彼女に声をかける。
「あれ? そう言えば神戸さんも地毛って白だったんですか?」
彼は、未来の髪の一部が銀髪と化していることに気がついた。
「名前でいいよ。タメ語で行こう」
彼女にとってはあまり触れられて欲しくないのか、話題をそらす。
「ウチもタメ語でいいよ、でもスパイって呼んでね。念のため」
未来は未だおぼつかない足取りで少年の前に立ち、手を差し伸べ、
「改めまして、私の名前は神戸未来。よろしくね」
と微笑みかける。
彼女の笑顔をぼーっと見ていた亜沙日はハッとして、
「……亜沙日です。よろしくお願いします」
と少し照れくさそうに握手に応じる。
「亜沙日くんだね……巻き込んでごめんなさい。これから、よろしくね」
「……うん。よろしく」
二人の手は交わり、新生活が始まる。
少なくとも退屈はしなさそうだと、亜沙日は呑気なことを考えていた。




