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もう一つの太陽  作者: 朝来夕帰
第一章 Days of the Ultra Utopia
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第一話   日向

 亜沙日は退屈していた。

 留置所のシングルサイズのベッドに大の字で寝転がった彼の頭に、散漫な思考が反芻する。


(俺のVR……)

(いくらクラウドベースのコンピュータだからといって、愛着はどこまでいってもローカルなんだよ……)

(退屈をなんとかしたいとは思ってたけどせめてもっとこう。ボーイミーツ誰か的な……)

(それは叶ったのか。銃撃が伴ったけど)


 彼は大きなため息をしようと息を吸い込んだが、留置所に迷惑がかかると考え、頬を膨らませてそれを飲み込んだ。


(……いつだったか、前にもこうやって留置所に入ったような)

(また記憶にない記憶か、デジャヴの進化系みたいで困るんだよなあ)


 亜沙日は退屈だった。退屈すぎて化け物になりそうだと錯覚するほどに。枕に顔を埋め尻を突き出し、グオオと発したそれはまさに化け物と形容できる間抜けさだった。

 数分後、彼を招集する声が部屋に内蔵されたスピーカーから流れる。人生初の裁判。そんなことよりも亜沙日は破壊された愛機をもう一度思い出し、頭を抱えていた。


──────────────────


「彼の履歴にはこのモデルの銃をやり取りした形跡がありません」

「被告人が神戸未来さんを殺害した証拠にはなり得ない!」


 アイボリー地区北部にある裁判所。法廷には弁護士による答弁が響き渡っているも、被告席にて項垂れた亜沙日はその内容などお構いなく、現実逃避に夢中だった。

 彼にとっては何故自分が殺人事件に関与していると疑いがかかったのか見当もつかないうえに、答弁の内容も一切の進展がなく不自然なまでに停滞していたからだ。その上、


(……俺のVR……)


 やはり彼が愛用するVR機器が破壊されたことに対する、持ち前の明るさをもってしても立ち直れないほどの喪失感。これがもっとも彼の孤独を刺激していたようだった。


 被告席で脱力しきり法廷内をぐるぐると見回す彼の視界に、大きく開かれた扉から現れた制服を着た係官と、くすんだ黒髪を後ろで結い、灰色のブカブカなパーカーとそこから伸びるスラッとした稜線を描くジーンズを着こなした女の姿が映った。


「失礼します!」

「被害者の蘇生が完了し、召喚に応じました」


 係官の報告に裁判官は頷き、それに合わせるかのように法廷は静まり返る。

「では被害者による答弁に移ります」


─────────


 裁判が終わり、すぐのことだった。

 裁判所の廊下を駆け、くすんだ黒髪を後ろで結った女、神戸未来(かんどみらい)に近寄る亜沙日。熱に浮かされたのか、彼の白い肌は夕焼けのように真っ赤に染まっている。翠玉色の瞳を輝かせ彼は神戸に熱烈な気持ちを伝えた。


「あ……あのっ!! 神戸さん!!」

「ありがとうございます!! あなたの証言のおかげで助かりました!」



 神戸は亜沙日の凄まじい感謝の勢いに驚き一歩後ずさる。

 数秒の沈黙の後、彼女はどこか落ち着かない様子で眉を釣り上げ、少年の注意を引くように一枚の写真を差し出した。


「いえ、あの……お願いがあります。聞いていただけますか?」


「はいぃ! それはもう!」


 自身の窮地を救った女が、少年の瞳には太陽みたいに眩しい女神か何かに映ったのだろう。彼女の頼みは何でも聞くと言わんばかりに亜沙日は元気よく返事をするが、それでも彼は神戸が見せた写真に困惑した。


「この人に……話しかけてほしいんです」


 何故ならその被写体は、神戸を射殺した張本人だというからだ。

 名は、朝来総司(あさごそうじ)

 ニュースサイトでたまに見かける名前であった。


「確かに……濡れ衣着せられたしな……あの女もグルだろうし」


 亜沙日はしかめ面を浮かべブツブツと呟くも、数秒もすればからっとした笑顔を取り戻す。


「わかりました、それくらいなら!目的は何ですか?」


 静かに息を整え、背筋を伸ばした神戸は、

「彼を告発します」と力強く告げた。


 神戸のまっすぐな瞳に圧倒される少年。

 彼女の目に一点の曇りもないことから、亜沙日は些か疑問を覚える。


「けれど……あなたの死因によってはそれも難しいのでは?」


「……私は銃で殺されたけど、次は躱すので」


「それもそうか。え? 躱す? か、躱すのですか?」


 一人困惑する亜沙日をよそに、神戸は手元の端末の信号を確認する。


「あ、出た。それではお願いします」


 神戸は亜沙日の手を引き、裁判所を後にした。


「躱せるんですかぁッ!?」


─────────


 街中に張り巡らされた歩行者デッキを行く者は、ボディースーツに身を包んだ子連れの夫婦から、2000年代を思い起こさせるストリートスタイルを着こなした若者までの多様な人々。

 ゴーグルをつけた老人はテーブルの下に手を隠して小声で談笑し。

 水着を着た若者は数少ない街路樹にもたれかかり。

 緑の封筒を握りしめた青年は高層ビルを繋ぐ磁気式配達パイプの上を目を瞑りながら歩く。

 各々が思い思いのスタイルを以て生活を営み、互いに干渉し合わないことで寧ろこの街は平和を象っていた。


 雑踏はまるで他者が存在しないかのように静かに流れゆく。


 その流れに逆らいながら亜沙日は、白衣を着た長身の男・朝来総司に近づいた。捲り上げられた白衣の袖から覗くしなやかに鍛え上げられた腕に圧倒され、190cm近くある男もまた自身と同じ銀髪であると気づいた少年はおずおずと話しかける。


「あの、すみません。ちょっとお伺いしたい事が」


 不意に話しかけられた男は驚く様子もなく静かに微笑み振り返った。


「こんにちは、何でもどうぞ」


「ええっと、こんにちは。以前の授業では素敵な講義をありがとうございました」


「いやー懐かしいね。二年前だっけ? いいよ。何が知りたいの?」


 神戸が民衆に紛れ彼の背を追う。


「蘇生の副作用についてお聞きしたいんですが……」


「やだな初歩じゃないか。いい心がけだね」

「シンプルに言えば、蘇生されたとしても、自分が死んだ原因」

「例えば銃に殺されたら銃全般に抗えない恐怖を感じる」


 含み笑いを見せた彼は遠くを見てつぶやいた。


「故に……」

「創造主は、何も恐れてはいけない。恐怖が閃きを遮るから」

「だから僕は、死ねないんだよ」


 総司は自身の背をとった神戸の奇襲をかわし、よろめいた彼女を強く叩き、亜沙日のそばへ突き出した。


 男はかつて自分が手をかけた存在が立ち向かってきたことに驚く。


「おや?僕を見ても平気なのか」


「今度こそ逃がさない……!」


 か細い声を振り絞る神戸。


「……ふむ、ではこれは?」


 彼の腰から現れた銃身を見て神戸は大きく目を見開き、亜沙日は目を細める。


「なにそれ……銃か?」

「本当にお前が殺したのか? この人を!?」


 次第にその目からは止めどなく涙が流れ、

亜沙日は臓器から一滴ずつ絞り出したかのような声で


「この人は…………」




「この子は…………!」


と、囁いた。



 雷鳴とともに、横殴りの雨が降り始める。

「え?」

 雷に驚いた亜沙日は確かに目撃した。



 神戸は、大雨のような汗を流し、戦慄している。


 その時、彼女の様子に視線を奪われた亜沙日のこめかみを



銃弾が貫いた。


 

 赤く染まった銀髪は街道に倒れこむ。



 跪き、自らの肩を抱き震える神戸。

 自分の身に何が起こっているかわからない様子だ。



 総司は、片手に銃を持ったまませせら笑い彼女を見下した。


「蘇生の副作用。そうだ、これが""死因の恐怖""」

「君は、この銃で僕に殺されている」

「おっと」

 わざとらしく彼女の前に銃を落とす。



 神戸は小さい悲鳴を上げ、蹲る。




「……炉の開発はやめないぞ」

「太陽が、もう一つくらいあってもいいだろう?」




 サプレッサーに包まれた銃声。




 神戸は一瞬の硬直後、身動きを取らなくなった。




 彼女の死を確信した総司は前も見えない大雨の中、群衆に紛れ姿を消す。








 血に染まったアイボリー地区の歩行者デッキのバイオ樹脂に「……痛え」という呟きが反射し、雨音に掻き消された。

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