プロローグ
真っ白なバイオ樹脂に包まれたペロブスカイトの壁は光を掻き集め、アイボリー地区のビル群は温かい白さを放っている。
2435年の夏。街は太陽の恵みに満たされ、とあるアパートの一室に住む少年・亜沙日もまた、その恩恵を十分に享受していた。
「続いてのニュースです。先日未明、アイボリー地区の路上で若い女性が血を流して倒れているのが見つかり、その場で死亡が確認されました。警察の調べによりますと、亡くなったのは神戸未来さん。22歳。死因は大量出血による失血死とみられています」
「なお、蘇生にはおよそ3日を要する見通しとのことです」
「続いてのニュースです。街には空飛ぶ車の復刻を求める声が相次ぎ…………」
シーリングライトから壁面に投影されたニュース番組は淡々と流れ続ける。銀色のショートヘアをポリポリと掻きむしる亜沙日は、そんなありふれたニュースなんて聞いていなかった。
「……片付けが終わらねえ! 誰か来たらイヤらしいものがばれます!」
「住民票は一番困るな……はあ~丁寧な暮らしだよほんと」
照明の真下以外足の踏み場もないほど散らかった部屋で立ち尽くす少年。オーバーサイズの真っ白なTシャツと、オリーブ色のカーゴパンツが山のように積まれており、それらは彼の一張羅であった。
片付けは終わらないどころか、始まってすらいない。苛立つ亜沙日の神経を刺激するように、ドアのチャイムが鳴る。ドアホンも取らずそそくさとドアをスライドさせた彼は、異様な雰囲気を放つ客人の前に、礼節の欠けた挨拶をする。
「はーい、え、誰?」
軒先に立っていたのは、小川のように流れる銀色のロングヘアーをなびかせた女性。
夏の暑さにも関わらず、前開きの灰色のライダースジャケットの中に真っ黒なタートルネックを着ており、これまた灰色のロングスカートを揺らしながら、亜沙日の顔を見上げている。
見つめあう両者の瞳はまったく同じ翠玉色をしており、女の瞳孔は日中にも関わらず大きく開き、まるで光の届かない宇宙空間を思い起こさせるドス黒さだった。
女は何も言わずただじっと、亜沙日の瞳を見ている。
(人が忙しいのに、やめてほしい)
無言でドアを閉めようとスイッチを操作する亜沙日。
「あなたは、娘を殺しましたか?」
「こんな風に」
銃口を彼に向ける女。
爆音が耳をつんざき、背後からは何かが割れたような大きな音。
彼は大きく振り返り、絶句する。
「ウォッ!? う、嘘だろ!?」
「VR……! ケッコー高いらしいのに……!」
意表を突かれた亜沙日の正常性バイアスは現実逃避を選択し、銃撃よりも破壊された機器の残骸を見て嘆く。
間もなく現れた汎用パトロールドローンの優しげな合成音声が警告する。
「動かないでくださーい。現地の警官が来るまで不審な動きはしないように」
「ま、まじか」
女は、姿を消していた。
玄関に、靴底のような焦げ跡を残して。
「……余計に散らかったじゃないか。自分の部屋なのに何やってんだよ」
「……自分の部屋?」
亜沙日は、一切の脈絡の無い自身の言葉に困惑する。眼前に映るアイボリー地区の色合いは、快適な日常を一発の弾丸で破壊された彼にとって、どこか白々しく映るものであった。




