第二十二話 変貌
潜入捜査開始から一週間後。もぬけの殻となった元反政府組織のアジトに少年のブリーフィングが反響していた。
「あらかたの調査を終え、彼女に対する裏付けは取れた……」
「彼女は、朝来総司の下で死にたがっている。そのために表舞台に現れた」
小川のような髪を扇状に開きながら、フローリングに大の字で寝転ぶ亜沙日は、そのブリーフィングを聞き流しながら
「……もう俺の好きな服着ていい……?」とぼやく。
朝来亜沙理の通う店を一週間かけて回りきった彼は、馴染みのない装いの連続に心底辟易していた。目の色が変わったように自身を着せ替え人形にせんと、様々な嗜好に対応したコスチューム類をクローゼットから取り出し胸に抱え、恍惚とした表情を浮かべる侑里と、それを楽しそうに眺める未来を思い出し、亜沙日は身悶えする。
「……今回の作戦も至って簡単だ、奴と連携し、朝来亜沙理の説得を図る。死ぬ前に、彼女には償うべきことがある。そしてこれ以上の調査は亜沙日さんへの負担も大きい」
リーダーの苦言に目を瞑り、反省の意を示す侑里と未来。
「助かる……ちょっと、シャワー浴びてくる……まだ使える?」
「うん、お湯出るよ」
未来の返答に亜沙日はぎこちない笑みを浮かべ、のそのそと起き上がった。
「オッケー……」
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シャワーを浴び、備え付けのドライヤー機構で髪を乾かす亜沙日。
鏡に映った裸の女性が自分の姿であることが、彼にとっては未だに面妖極まりないものだった。男性時代に鍛え上げたつもりの肉体が、傷つくたびに丸みを帯びていった。それはまるで引力のように、あのオリジナルの姿に近づき、遂には完成を迎えたことを亜沙日は悟り、嘆く。
「……声も……体も……みんなあの人の物か……」
彼はおもむろに小川のような後ろ髪を手で束ね、キリッとした表情をした。
「けど、この髪型は、未来さんのだな……へへ……」
「いやあまりに未来さんだ。これはまずい」
鏡に映る自分の姿が、憧れの人と概ね同じものとなったことに気付いた彼は、背徳感から不安になりドアの方を振り返る。視線の先には着替えとタオル以外何もない空間。改めて鏡の方を見た亜沙日は、自身の目元に隈が出来ていることに気づく。
こんなところまで似なくていいのにと、彼は思った。
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アイボリー地区のバス停に向かって歩く三人。亜沙日は男性時代からのお気に入りのコートを着て機嫌を取り戻したのか。足取り軽く橋を渡る。
「亜沙日~……無理させてごめんね~……」
侑里の不意な謝罪に呆気にとられる亜沙日。
「え? いいっていいって。俺もあの人の事、知りたかったしな」
彼は自身の横髪を指で弄ぶ。適当に髪を乾かしたためか、小川のような髪は少しだけパサついており、それを纏めるために後ろ髪を一括りにし、ポニーテールにしていた。
亜沙日の姿が変化してから半年、彼の生活態度にあまり大きな変化が見られなかったことを観察していた侑里は、得意げな顔で自身の胸をドンと叩いた。
「わからないことあったら何でも教えるからさ!」
「いいんすか?」
「いいよ、ウチらの仲じゃん」
安心した亜沙日は、侑里の顔を見て微笑む。
「そういやスパイ、最近あんまり俺と寝てないね」
「は、ど、どうしたんいきなり? 淋しいんか?」
侑里は彼の言葉の意図が掴めず、目を丸くした。
「……まあ、最初は小っ恥ずかしかったけど……」
「なんか……お父さんと寝てたときのことを思い出して」
亜沙日の脳裏に浮かぶのは、顔も見たこともない男の顔。知らないのに、知っている。彼は、右側面の横髪を掻き上げる。
「……お父さん? ……あれ……なんだこのおじさん」
「もしかして、あの人の記憶なんじゃない?」
トレンチコートからはみ出したパーカーと、揺れる銀色のポニーテールを目で追いながら、彼は未来の言葉を反芻する。
「あの人の記憶……そーかも……じゃあ、もう、過去の人か……」
大切な人はとっくに死んでいた。300年も前にとっくに。会ったこともない人なのに、もう会えないのか。自分のものではない感情に心が支配され、亜沙日は左目から涙を流したが、彼はそういうものだと割り切っていた。
「亜沙日……か、帰ったら添い寝するか……?」
友人に気を遣わせてしまったことを恥じ、亜沙日は両手を胸の前で小さく振る。
「ああいや、全然大丈夫よ」
彼らがバス停に着くと同時に、丁度バスが二ブロック手前の角から右折して現れた。
「……いいタイミング。端末は持った?」
「アッ! しまった!! ……忘れてきた」
「ありゃま、じゃ、私がおごって差し上げます」
「あざあっす」
二人のやり取りを眺めていた未来の胸中は穏やかではなかった。侑里の瞳の色が、未だ翠玉色に染まっていない。施術は失敗したのか? もしも、このまま戦闘になったとしたら? 彼女は不安を押し殺し、バスに乗り込んだ。
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エボニー地区の高層ビル。その最上階にある、朝来総司の研究施設。白衣を着た長身の男は、目の前の携帯式核融合炉の試作品を小川のような髪をした女と静かに眺めている。亜沙日ら一行の到来を予見したように、総司は振り返らずに声を出した。
「やあようこそ、雪の中来てくれてすまないが、先客がいる」
「その先客に、俺たちも用事があってね」
亜沙日は目の前の物体に驚くも、それを悟られないように声を張る。
その裏返った声を面白がった総司は振り返り、亜沙理の顔と亜沙日の顔を見比べた。
「おや? 君がその先客のようにもみえるが、わかったわかった、みんなそんな目で見ないで」
人を食ったような言葉に機嫌を損ねた三人の冷たい視線が男を刺す。
「こんにちは。まさかまたお会いするとは」
小川のような髪の女が二人
オリジナルとクローン
朝来亜沙理と朝来亜沙日
核融合炉・もう一つの太陽の前に
もう一人の自分が立っている。
目の前の女が、何を考えているかなどは想像もつかない。亜沙日は、振り絞るような声で自身のオリジナルに話しかけた。
「やっぱり、あなたの考えは変わりませんか?」
「はい、どうしても、ね」
亜沙理は名残惜しそうに手を揉む。
「それでも怖いんですよ? 楽しかったので。私の人生」
「この街を育てたことも、車で空を埋め尽くしたことも、たくさんの赤ちゃんと遊んだことも、全部、楽しかったなあ。」
腰の前で組んだ手を解き、天井を眺める亜沙理。
彼女が語る思い出は、この街の未来を大きく変えた凄惨な事件を裏付けるものだった。
「……ああ……」
拳を握った亜沙日の脳裏に、眩いほどの走馬灯が流れる。
彼女の物であった細胞が文字通り、 彼女の記憶を再生しているのだろう。
大好きな父と砂浜で遊んだ思い出
空が光った思い出
砂
もう一人の自分と出会った思い出
空飛ぶ車が街を覆った思い出
赤子の泣き声を止めた思い出
自身より二回り大きな男に愛された思い出
愛した思い出
初めて息子と出会った思い出
娘を生んだ思い出
男と別れ、赤子を病院に預けた思い出
一人ぼっちになった思い出
砂
手の恐怖に涙した老人
実の兄に絞殺された愛する人
自身の贖罪に磔にされた生みの親
空を眺めては体を強張らせる少年
一人になるといつも泣いていた友人
俺の身体、俺の声、俺の記憶。
全部を塗り替えておいて
こんなものが
こんなものが
「こんなものが……楽しかっただと……!」
「……このヤロォォォォォーッ!!」
亜沙日は、亜沙理の白いジャケットの襟を乱暴につかみ、試作品のもう一つの太陽に力強く叩きつける。
「……いいですね」
後頭部を強打した血まみれの女は、目の前にいるもう一人の自分に対し痛がる素振りすら見せず嘲り笑ってみせた。




