第二十話 退屈
反政府組織のアジトとして使われていたアパートの一室で、元構成員による撤収作業が行われていた。彼等の活動は公にはならず、記録に残らない。市長の計らいにより、この仕事も本来彼らが行う必要はなかったが、リーダーである少年の意向により、未来、侑里、亜沙日を含めた四人がこの部屋の後始末を行っていた。
大量の資料はバイオマス素材の厚紙で出来た箱に収まり、次第にアジトはもぬけの殻と呼べる状態へと変わっていく。
亜沙日はその作業に途中で飽きてしまったのか、部屋の隅でとぐろを巻き、三人がテキパキと作業する姿を眺めていた。
「僕らも行っていいのか」
「うん、お兄ちゃんがリーダーは必ず来てほしいって」
リーダーと呼ばれた少年と未来は、朝来総司に召集された件について話していた。
「そうか……スパイも、ついてきてもらっていいか?」
「うん……裏はあるよ……絶対」
スパイと呼ばれた女、侑里は、首筋をさすりながらうなずく。
「俺も行っていい?」
亜沙日の間の抜けた発言に思わず足を滑らせそうになった未来は苦笑しながら
「あなたは家族でしょうが!」とツッコんだ。
「え?な、泣けるやん?」
彼女の言葉が存外に響いたのか、亜沙日は冗談交じりに泣く素振りを見せた。
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時を同じくして、エボニー地区にある巨大なビル。メガコーポの社長室。
二人の大男は、フレームレスの巨大なガラス窓から街を見下ろしていた。
雪の積もったエボニー地区は、相も変わらずモノトーンのよう。
「彼ら、今向かっています」
「親父は?」
手元の端末を確認し、実の祖父に仕込んだGPS情報を確認する総司。
「まだ各国を回ってますね。僕の代わりに」
「三日後には帰ってくるはずです。その時でいいでしょう。答え合わせは」
「そうだな、あの人の様子は?」
社長室の応接間から甲高い絶叫が響き渡る。
「ゲームをして遊んでますよ。遥で」
声の主である遥の取り乱しっぷりに、社長は感慨深げに頷いた。
「私もよく遊ばれたものだ。私は……あの準備をしておく」
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アイボリー地区のバルコニーが特徴のカフェ。かつて亜沙日と九代目犯罪組織リーダーが争った場所。ペントハウスのウッドデッキには亜沙日が破壊した柵の前に仕切りが置かれており、降り積もった雪はガーデンテーブルを覆っていた。
「みんな集まったね」
「なんでここ……」
「なじみ深いだろう?母もここが好きでね」
亜沙日は苦い顔をした。ただでさえいい思い出のないカフェ。敷地内で殺人事件が起きたことによる多額の損害賠償とそれを記した請求書。その借金を建て替えるために決済端末を取り出し、目の端に涙を浮かべた遥の作り笑い。
それらを思い出していたからだ。
「彼女と、答え合わせがしたくないか?」
総司の背後から現れた小川のような髪をした女、朝来亜沙理。
目と目があった亜沙日は緊張からか後ずさり、侑里の身体にぶつかる。
侑里も緊張をしていたのか、そのまま亜沙日を抱き寄せ、彼の肩に顎を置き、じっと亜沙理の顔を見た。
奇異の目を一斉に受けた女は、くすくすと小さく笑った。
「やはりあなたが、あのハッキングを」
リーダーは亜沙理を鋭く睨む。
「……はい」
「いったい何故?」
「……」
心底退屈そうな表情で、少年の瞳をじっと見る女。
「お母さん駄目だよ、子供を威圧しちゃ」
「このパーティの趣旨を理解しないならあの話はなしだ」
「!」息子の警告に亜沙理は目を見開く。
「みんなも、とりあえず席に座らないと、お店に迷惑だよ」
朝来総司の注意喚起にいら立った一同は無言で席に着く。
長テーブルの上座に迷うことなく座った亜沙理は、開口一番に罪を告白し始めた。
「はい。わたしは、天蓋事変のことを知っていたから。空飛ぶ車の普及を止めるために、あのようなことをしました」
余りにもあっけない自白に出鼻をくじかれたリーダーは声を荒げる。
「良心の呵責は!? 大勢の死傷者が出ました!」
「侑里君。声を抑えたまえ」
「はあ?!」
「すまない、間違えた」
熱くなった少年の声を鬱陶しく感じた総司は、わざとらしく会話の主導権を侑里にパスし、彼女はそれに渋々応じた。
「はぁ……率直に聞きますが、あなたはこれまでの歴史のすべての事件にかかわっていると私は考えます」
「天蓋事変も、恐怖の世代を殺したのも、あの砂も、全部あなたの仕業なんじゃないですか?」
彼女の持つ金色の瞳は目の前の存在を邪悪として捉えていたが、あくまで初対面である友人の母との会話。侑里は穏便に会話を進めるべく敬語を心掛ける。
「すべての事件はさすがに無理ですよ。冗談がお好きなんですね」
人を食ったような女の態度から全てを察したのか、侑里は怒りを抑えるために深呼吸をする。
「……! いえ、十分です。わかりました」
未来は、その様子を黙ってみていた。母の態度に違和感を覚えた彼女は、先ほどとは趣向の違った質問を投げかける。
「私だけに核融合炉の情報を流したのは何のため?おかげでお兄ちゃんに三回も殺されることになった」
「あなたは、意図的に私たちの関係を隠していたということになる。どうなの?」
「……さあ」未来と顔を合わせようとしない亜沙理。
彼女の態度を崩すにはこの問いかけしかない。
未来はその直観に任せ、口を開いた。
「……あの涙も嘘だったの?」
「……!! ち、ちが」
明らかに今までのものとは違う女の反応。目を見開き前のめりになった姿は、どこか亜沙日を思い起こさせるような落ち着きのないものだった。
「そうだ! そもそもあなたが全て打ち明けてたら、少なくとも大事にはならなかった!」
遥は亜沙理の言葉を遮り、自身の思いの丈をぶつけた。
苦い質問を躱せたことに安堵したのか、亜沙理は調子を取り戻す。
「……気に入らなかった、私が死んだ原因でもある核融合炉。そんなものを私の子供が作るなんて。だから、気が急いて。ね。遥」
「くっ……!」
白々しい母親の同調に、遥は己の先走った言動を悔やむ。
未来の目線は未だ実の母親の口元を捉えている。
「でも、事は起きた」
静まり返った空間に、朝来亜沙理の声だけが響く。
「私の父は、核融合炉をたった一人で作った。周辺諸国が困窮していたのか、それとも父がどこかの国のスパイで、制裁までの全てが作戦だったのか」
「今となってはそれすらわからないけれど、時代錯誤のチキンゲーム。その罰はスピード感を以って行われ、私は死に、蘇りました。それが全てです」
女は背筋を伸ばして顎を引き、テーブル全体を見据え不敵な笑みを浮かべる。
「ならば、起こったことをどうするか、それだけを考えればいいのでは?」
「少なくとも私はそうしなければ……これからもずっと」
わざとらしく目を伏せる亜沙理。
彼女の真意はわからない。しかし、明らかに同調する姿勢を見せない女を、リーダーは見限った。
「……私たちが相容れないのはわかりました。あなたの価値観を理解できる者はこの中にいない。何も拒絶しているのではなく、言葉通り」
「ただ、何かアクションを起こすならせめて社会的立場を伴ったものにしていただきたい。ここ数年の事件の影にあなたがいたのであればなおさら」
「そして、退屈による暇つぶしが全ての動機であるというのならば、あなたという存在はリソースという概念への否定代名詞そのものだ」
「少なくとも私にはそう見えている」
相手は不死身の化け物であり、人間社会に仇なす存在。リーダーは、人の形をした物体に初めて指を突き付けた。
「人のお母さんに向かって……まだまだ若いね」
肩をすくめ笑う総司。
「僕は母さんの気持ちはわかる。自分よりも、自分のもつアイデアが主導権を握っているあの感覚」
(全くついていけねえ。また蚊帳の外か)
彼の言葉が耳を滑ったのか、亜沙日は目の前に出されたカプレーゼを独り占めしようとする。
「亜沙日君。君も、ままならぬようになるなよな」
モッツァレラチーズも添えずにトマトスライスを齧る亜沙日に向けて、総司は不自然な言い回しをする。
「??誰がママだって??」
「ゴホッゴホッ……あれ?」
自身の肉体から放たれた甲高い声に違和感を覚える亜沙日。
彼の様子を冷たい目で眺めていた総司は手を叩き、パーティの終了を宣言した。
「それでは解散。あんまり盛り上がらなかったね。遥ちゃん」
「楽しみだったのに……」朝来遥はがっくりと肩を落とした。
雪よりも冷たいカフェの空気。最後に席を立った亜沙日は、忘れ物がないかテーブル周りを確認した後、夕焼けを眺めながら自身の喉を右手で撫でていた。




