第十七話 日食
キングサイズのベッドの上で、化学繊維に包まれた二人の女性が身を寄せ合っている。
銀色の髪を持った女性はもう一つの人影を抱き寄せ、その懐に収まった金色の髪を持った女性は静かに寝息を立てている。
レースのカーテンから差し込む月明かりを受けて、金髪は鈍く輝いた。
その光景は銀髪の女性・神戸未来にとって、太陽を思い起こさせるほどに美しく、手放せないほどにしおらしく、
ある事件を想起させるように儚かった。
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時は2435年の晴れ渡る夏の日。アイボリー地区を行き交う人々に埋め尽くされた歩行者デッキ。
強い日差しに照らされた小川のような髪は銀色に輝き、その髪の持ち主は大雨に降られたかのように涙で顔を濡らし、そこに跪いている。
「お願いします……! もう一つの太陽は……完成させないで……!」
黒髪を後ろで結った当時の神戸未来は、目の前で取り乱した女性をかばうように片膝を立て、静かに見守っていた。
「う……う……あああ……」
人目も憚らず蹲る女、素通りする雑踏。
臓器から一滴ずつ絞り出したかのような泣き声と、小川のような髪は日の光を乱反射し、
もう一つの太陽とでも言わんばかりに、燦々と輝いていた。
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数多の月日を潜り抜けた2436年の冬。漆黒の摩天楼がそびえ立つエボニー地区は豪雪に見舞われ、その名に見合わぬ銀世界と化している。大規模な節電により明かりに乏しいビジネス街は、月明かりだけが頼りだった。
ひと際大きなビルの最上階に構えるメガコーポ。クレストcorp.もまたシャンデリアが一つだけ灯り、オフィスを仄かに照らしている。
その真下に敷き詰められた深紅のタイルカーペットに、簡易型の医療ベッドが置かれており、そこに横たわるのは小川のような髪をした女。水に濡れた肌はベッドシーツよりも白く、
まるで、出来損ないのビスクドールの様だった。
二人の男の声がオフィスに響き渡る。
「この人、俺にそっくりだ」
「違う、君がこれに似てきている」
一人は、目の前で眠る女性を不思議そうに眺めている小川のような髪を携えた少年。朝来亜沙日。
もう一人は、その女性を心底軽蔑した目で見下していたこの街の最先端をゆく開発者・朝来総司。
ベッドに横たわる女性と寸分違わぬ姿をした亜沙日は、祖父である社長の招集に応じ、メガコーポに来訪していた。
「やっと見つけたと思ったら、このザマか」
「これが君の源流。そして僕らの母。朝来亜沙理だ」
総司は亜沙日を一瞥する。
「亜沙理さん……」
「この人が……俺の……元ネタ……」
亜沙日はこの半年、女性の姿に慣れるために毎晩風呂上がりに自身の身体を眺めていた。手先、輪郭、腰回り、その全てが自分のものだと錯覚するほどに、目の前で横たわる女は亜沙日と同じ形をしていた。
「……こんな日が来るとはな……」
合成皮革のオフィスチェアに深々と座った社長は総司に目配せし、デスクの前に来るよう促す。
「しかし、今は仕事に集中だ。総司、例の件、詳しく聞かせてくれ」
緩やかな足取りでデスクの前に立つ総司。彼は手元の資料を弄びながら、事業計画の解説を始めた。
「……端的に言うと、空飛ぶ車を開発している最中。実に300年ぶりの停電が相次ぎ、街は混乱しています」
「そこで、私の研究を公に行えるチャンスだと思い、貴社のサポートの下で行うもう一つの太陽の再開発、これを提案させていただきました」
もうひとつの太陽。
一年半前、恐怖の世代と呼ばれていた市長の下で国際社会の認可も受けず、総司が秘密裏に研究を進めていた核融合炉。彼は、自身の研究成果を披露する機会を虎視眈々と伺っていた。
息子の表情から真意を察した社長は、微かに苦笑する。
「単刀直入だな。もちろん、言い分あってのことだろう。親父とともに、各国首脳との交渉は任せる」
「……私個人としてもお前の開発が滞りなく実を結ぶなら、それが一つの解決策になりうると思っている」
オフィスチェアを回転させ、背を向ける社長。目線の先には明かりの乏しいエボニー地区の姿があった。
「早速、推敲をしてきます」
「よろしく頼む」
二人の会話を聞いていた亜沙日は天井を見上げ、ぼそぼそと話はじめた。
「なんだこの……なんかあれにそっくりだ今の問題、自作PCのスペックが単純に足りなくて、新作ゲームが遊べなかった時の……」
馴染みのない単語が聞こえた総司は、思わず亜沙日の方を見る。
「自作……PC? 君、その記憶は、君のものじゃないね」
「え? ……確かに、コンピューターって自作できるものなのか?」
右手で後頭部を支え、頭を揺さぶる亜沙日。
「母さんの……母さんが生きた時代の記憶かも知れない」
「亜沙日くん。君が母さんの記憶をもっているなら、あの時の君のまぐれ勝ちにも説明がつくね」
「へ、へぇ〜っ。な、なんかワクワクするな。この人の事、もっと知りたいなあなんて」
オリジナルの記憶が時折脳裏で再生していたことを伏せていた亜沙日は、総司の指摘に慌てふためく。
「そうだ、亜沙日。おばあちゃんの面倒を見てやってくれ」
「わ、わかりました! おじいちゃん!」
自身の妻とそっくりな人工生命体の孫の冗談に、社長は思わず噴き出した。
「私はまだまだ若いぞ~!」
「あはは」
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数日後、もう一つの太陽の開発を巡りエボニー地区の講堂にて各国首脳との会議が開かれた。各席にはホログラムを投影するガラスボックスが設置され、定刻を過ぎると同時に会議の参加者を模した3DCGが表示された。上座に投影された大きな口ひげを携えた初老の男は真っ先に声を荒げる。
「朝来市長殿! ゴーグルにミトンまでつけていたあんたらを親父の代は丁重にもてなしていたじゃないか。あまつさえ核融合炉の持つイメージは払拭されていないのに、その開発の舵をあなたたちが取るのか! 舐められたものだな……!」
初老の男・国連総長の畳みかけるような問いかけに、この街の市長・朝来誠司は動じない。
「そう言われると恐縮しますな。しかし、お陰さまで私たちはそれに報いる力を得られました。紹介します。我が街が誇る絶世の科学者、朝来総司です」
市長の紹介を受け、席を立った男は不敵な笑みを携え、会議室を見回す。
「初めまして、本日は一人の人材として皆さんのお力になるべく、僭越ながらこの場に参上いたしました。以後、お見知り置きを……」
監視社会、太陽光発電、蘇生技術のロールモデルとなったこの街は、世界有数のセキュリティ規格を育むに至った。その最先端を行く総司が一時的とはいえ自身の盾となると言うことは、あの難攻不落のアイボリーが自ら腹を見せて甘えてくるようなものだ。たとえ半年前に起きた、セレモニーの惨事を経てもなお、街の信頼は失墜することはなく、国連総長は自身の受ける恩恵を想像し、生唾を呑んだ。
「ほ、ほう……だ、だが、朝来亜沙理は何としても処理してもらう。こ、これが基本条件だ」
「そのうえで君には是非、膨大なエネルギーをこの世界のために生み出してもらう。」
「ふ、ふふふ。これで、ふふふ……頼んだぞ。あ、朝来総司君」
襟を正し、総司の顔色を伺う初老の男の口調はたどたどしく、とてもこの空間の主導権を握っているようには映らない。終始誰もが、朝来総司の次なる発言を期待し、沈黙を保っている。
総司はただ一言、「ご期待を」とだけ呟き、白衣を翻し、会議室を立ち去った。
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会議終了から数時間後。総司は自室の椅子に座り、口角を上げる。
「上手く行った」
「一年前、僕は炉を開発するだけの知恵を持ち合わせ、政府やメガコーポの力を取り付けた。ではあの時、僕に何が足らなかったのか? それは徳だ。今では三つ、全てある」
「思うに、この三つこそが真の欲望だ。あの時の僕も、気安いバカも、あの生命体に敗れたのはその真の欲望に貪欲ではなかったからだ」
「全てを求めてこそ、全てを調和させようという姿勢こそが欲望の本質なのだ」
「だからこそ、もう一つの太陽は完成する」
「嬉しいな。太陽が、もう一つあってもいいことを証明できるぞ」
「そうすれば、きっと僕も死ねるんだ」
小さな穴が開いた血まみれの壁に向かって、朝来総司はつぶやいた。
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小川のような髪の女・朝来亜沙理は医療ベッドから腰を下ろし、眠たそうに眼をこする。
「目が覚めましたか?」
「……はい、お久しぶりです。その、黙って消えて、ごめんなさい」
笑顔もつかの間、申し訳なさそうに俯く彼女を見て、社長は慈愛の籠った笑みを浮かべる。
「いいんです。またこうしてお会いできて」
「ですが……やはりまだ……」
額に拳を置き、片目だけを開いた社長は真意を見極めるように、
「死にたいのですか?」
と問いかけた。
「ええ」
「もちろん」
彼女の笑顔は冷たく、だがしかし、偽りのない本物だった。
※本作品は自殺を推奨、または助長する意図で制作されたものではありません。




