第二章 エピローグ
元反政府組織のリーダー、神崎理人は、オフィスチェアに座り、デスクに両肘を乗せて手を組み、目を閉じて一連の事件について思案していた。
200年前に起きた天蓋事変による空飛ぶ車の廃止、街が被った甚大な被害、それに伴う巣籠もり需要の爆発的発展により、街には陰鬱な空気が形成された。
結果、この土地の風土に馴染めずにいた人たちがアイボリー地区の隅に集まり、歓楽街が形成されてゆき、巣籠もり需要も斜陽に差し掛かる頃には彼らの快活さが注目を浴び、享楽主義時代は始まった。そこで生まれた組織が犯罪も厭わないほどエスカレートし、現在に至る。
自分たちが生きるこの時代に求められる節度は、その行き過ぎた享楽による反動で形成されたものだと、理人は解釈していた。
結論として、彼らのような人々が再び時勢の隅に追いやられ、誰かにそそのかされて暴走したのがこの事件の真相であり、やはり動機は「暇つぶし」であったのだ。
その誰かこそが「asari」であり、昨年の事件から裏でこの社会をかき乱している人物。亜沙日が教えてくれた第一の蘇生から生まれた存在であると考えると、全ての憶測に一本の筋が通ってしまう。
そこまで考えた理人は、自身の理論が些か根拠に欠けたものであり、飛躍に向かっている事を悟り眉間に皺を寄せた。
ふと目を開くと、アジトの応接間にあるソファに、未来に膝枕をされて寝ている侑里と、それを羨ましそうに眺める亜沙日の姿があった。もはやその面影も髪や瞳以外にないほどに、麗しい女性の姿になった亜沙日の長髪を眺めていると、その視線に気づいた彼は振り返り、理人の方を向いてはにかんだ。
「どうしたのリーダー?」
デスクに両腕を置いて身を乗り出した亜沙日は、上目遣いで理人に話しかける。
「……ああ、空飛ぶ車の事を考えていた」
自身の考えが煮詰まっていない事を気にした少年は、嘘をつく。
「好きだねえ。なんでそこまで好きなの?」
「……それは、無駄があるから……かな」
「え?」
理人は視線を逸らし、頭の中で整理するように、探り探り言葉を綴る。
「正直なところ、リニアなどの公共機関で移動は事足りる。僕が着用する強化骨格も、ワイヤーブレードもそうだ。装飾がなくたって、制圧は出来る」
「この社会は再生可能エネルギーの発展の名目の下、洗練されてきた経緯がある……だがそれでもどこか……無駄がある……」
思考の迷路に迷い込んだ少年にシンパシーを感じたのか、亜沙日は彼自身にとって食傷気味となったとある概念を無意識に呟いた。
「……もしかして、ロマンの話かな?」
亜沙日の一言に、理人は何かを思い出したようにゆっくりと席を立ち、亜沙日の瞳を見つめる。
「そうだ……空飛ぶ車の普及を手伝ったのは、まさしくこのロマンだった」
「かつての自動車産業は技術の成熟に伴い、広報に力を入れるようになっていった。商材のカタログスペックを誇るより、それに乗ってどこに行くか、誰とどこまで行けるかをずっと顧客にアピールしてきたんだ」
「その姿勢を忘れていいはずがない。きっと、理想も現実もそれぞれに役割があって、どちらかを特別視し、偏ってはいけないんだ。」
「だから、僕に言わせれば、ロマンもリソースの内にある」
自分の心に言い聞かせるように、慎重に、丁寧に言葉を紡ぐ少年。その瞳は迷いを振り払い、真っ直ぐな光を取り戻していた。
「ぼくは、かっこいいから好きなんだ。空飛ぶ車が」
「大切なことを思い出せたよ。亜沙日さん」
憑き物が落ちた少年の笑顔。
亜沙日は、彼の理屈に納得がいったのか、またはそのまっすぐな情熱を羨ましく思ったのか、
「うん……」と小さく頷き、
「ねえリーダー。未来さんが車を買ったら、一緒に乗せてもらおうよ」
「絶対、楽しいよ」
と、少年の目を見据え、微笑みを返した。
アジトには、無駄話が延々と響いていた。侑里は目を閉じていたため、彼らの表情はわからなかったが、彼らの声色につられるように、彼女の口角は上がった。
こんな時間が永遠であれば、侑里はそう願いながら小さな寝息を立てた。
─────────
メガコーポ 社長室
テーブルの上に、二つの封筒があった。差出人は朝来総司。
内容は
「空飛ぶ車の開発再開によるエネルギー供給の問題について」
そして
「もう一つの太陽の再開発における事業計画案」
答えとは、問いを生み出す永久機関。
旅路の果てには、旅路。
もう一つの、旅路。




