第十五話 軽薄
少年は夢見ていた技術により一度目の死を迎え、未来は4度目の死を迎えた。リビングを満たす、あまりにも鬱屈とした空気。
侑里は、その感覚に覚えがあった。
(……私の妹が死んだときのことを思い出す)
(私の大切な人は、みんな死んだ。次はわたしだ。わたしは、私を蘇生してくれる人は、いるのかな)
「いやちがう! ウチがしっかりしないでどうする!!!」
彼女は自身の頬を強く叩いた。気丈さを取り戻すために偽りの一人称を用いて、自己を奮起させる。そんな彼女の目に映ったのは、パンフレットを凝視しながら大雨のような冷や汗を流すリーダー。
「この僕が……怖がるもんか……! これは、これは僕の大好きな……! う……うぐううあ……!」
そして、自身が死んだときの記憶のすべてが蘇ったのか、普段の未来からは想像もできないほどにやつれた表情。
侑里はまず、未来の前に跪いた。
「未来!! しっかりしろ!! お前の能力で、リーダーも、お前自身も救わなきゃずっとこのままだぞ!!」
神戸未来は涙を流さない。
彼女のことをよく知る侑里は、力強く彼女の心に語り掛ける。
「私の目を見ろ……わかった何か思いだしてるな!? 私の妹が死んで、お前が帰ってきた時のことだろ!? ……おまえは今、そのことを考えている!」
どんなに呼びかけても、手ごたえを感じない。死ぬって何だろう。
あんなに強い未来ですら、ここまで怯える死ってなんだ。
侑里の心は希望を失いかけていた。死の恐怖に支配されようとしていた。その証拠に、彼女の目から涙が止まらない。唇は青ざめ、誰よりもまず彼女が命を落としそうに映るほど侑里は消耗していた。
しかし彼女はそれ以上に二人の友人の心が失われるのを恐れた。それは、二人の存在が失われることを意味するからだ。文字通りの死を迎えるからだ。
神戸侑里は彼女が心から愛する存在の肩をゆすり、声を張り上げた。
「それじゃお前の能力は発動しない! ……もっと自分のことを考えろ! そうやって手の恐怖を克服したじゃないか! グスッ、わ、わたしはずっとお前のそばにいただろ……!? それを信じてくれよ……!」
彼女の叫び、彼女の言葉、そのすべてが切実であった。
未来は、侑里の目をじっと見つめ、何かを言おうとした。
その時、軽快なチャイムがリビングに響いた。ドアが開く音、廊下のきしむ数歩の足音。リビングのドアは無造作に開けられ、そこには、長身の男。
開発者・朝来総司の姿があった。
未来を手で絞殺した男は、その手にミトンをつけている。
「お邪魔します。そんな強引じゃだめだ。今の時代は何でも薬さ。未来君。これを打て、鎮静剤だ」
あまりにも唐突な宿敵の来訪に、侑里は取り繕う暇もないまま悪態をつく。
「グスッ……野郎……! それが本当に鎮静剤ならな……!」
「ハハハ! さすがに僕は信用ないな」
彼女の態度、その苛烈さに覚えがあった総司は大声で笑う。
「だが未来。すぐに打て。時間がない。リーダー君もだ。君のお好きなリソースが今まさに無駄になっている」
反省の色すら感じさせない彼の冷徹な声色に、侑里はむしろ冷静になることが出来た。
「チッ……! 未来……ごめん!」
総司が持っていた注射器を掠め取り、持ち手の穴に指を通す。虚ろな目で侑里の顔を見つめる未来の首筋に、彼女は針を刺した。
「う……くっ……! い……いたい……!」
一心不乱に押し子を沈める。それと同時に未来の顔色はみるみる内に生気を取り戻した。この時代ですら考えられないほどの即効性に、侑里はたまらず総司を睨む。
「僕が作った薬だ。副作用の心配がしたいなら勝手にしていろ」
深呼吸した未来の瞳孔が開く。彼女は尋常じゃないほどの集中状態に突入し、その状態を保ったまま少年の瞳孔をじっと見つめ、少年の瞳孔もまた大きく開かれた。2人の瞳孔はまるで、彼らの窮地を象徴するかの如く、光の届かないようなドス黒さだった。
「……リーダー、あなたが最後に見たものは何?」
「BIOS……最後に……アルファベットで、asariって書いてあった」
淡々とした口調で、リーダーは人名と思わしき単語をつぶやく。
「!!」動揺を見せる総司。
「じゃあ、それが怖いね。空飛ぶ車。普通はそんなの表示されないもん。ほら、いきなりだけど、見れる?」
未来はテーブルの上に伏せられていたパンフレットを手に取り、少年の目の前で開いて見せる。
「……ああ……ぼくの……ぼくのすきなFT-R……FT-Rだよ……」
鋭い目つきをした少年の口角が、静かに、ゆっくりと浮かぶ。
「……こ、こわいはず、ない。当たり前だ……僕は、この車が好きだ……! これ以上は、これ以上の屈服は……リソースの無駄だ……!」
邪気を払うように右手を振りかざし、少年は見得を切った。
額には大量の汗が浮かび息も絶え絶えだが、彼はその気丈さを取り戻そうとしていた。
「……ふう……ふう……すまない……もう……大丈夫」
「……大丈夫だ、未来さん……ありがとう……」
半刻が過ぎ、鎮静剤の効果は切れた。
未来とリーダーは、肩で息をしているものの調子を取り戻した様子だった。
「……屁理屈なのはわかってる。でも……死因は限定すべきだ……銃……手……車……それを目にするだけで身動きが取れないなんて、あっていいはずがない……」
「……我ながら胡散臭いけど、でも、これしかないよ。今のところ」
総司は、未来の能力に強い関心を示し、大きな拍手をした。
「だがやはりすごいなその能力、アルファプロセスと名付けよう」
「えっなんか違う」
「えっ」
彼のネーミングは妹の琴線には触れられなかったようだ。
どうにも気の抜けたやりとりから未来の回復を確信し、肩の力が抜けたのか。
二人の様子を見守っていた侑里は力なくフローリングにへたり込み、子供のように泣きじゃくった。
「……二人とも……また……またあの時みたいに……あの時みたいに……!」
リビングを包み込む重たい空気に堪えかねたのか、総司は柄にもなくおどけて見せた。
「……リーダー君! アクティブレストって知ってる!? まずは犯罪組織の壊滅だ!! やってやろう!」
「……おおッ!!」
奇しくも利害は一致した。総司は、母との手掛かりを見つけるために。未来とリーダーは、大切な人を泣かせた存在と決着をつけるために。
奇妙な共闘関係がここに生まれた。
─────────
同日、夕暮れ時。埠頭に潜む犯罪組織のアジト前に、リーダーの招集を受けた元反政府組織の構成員が港に集結した。
その中に、体格が大きく変わったためか強化骨格の装着に悪戦苦闘している亜沙日の姿もあった。
未来の到着に気が付いた彼は、背中を丸め手を後ろに回しながら険しい表情で語り掛ける。
「来たか。俺もやる気。みんなもやる気だな」
「うん。すぐに終わらせる」
未来の瞳孔が開かれる。アルファプロセスは起動される。
それに呼応するかのように、その場にいる全員の瞳孔は開かれる。亜沙日を除いて。
「うわみんな目え怖。俺もなってる?」
「いいや?」侑里は生返事をした。
埠頭に、リーダーの号令が響き渡る
「総員!! 作戦通り!! 正面からぶん殴れ!!」
「元気だねえ」
総司は一人だけ斜に構えていた。
「朝来総司! あんたは好きにしろ!!」
「はいはい、あ、この強化骨格、前に君をぶっ飛ばしたやつだね。おぼえ」
「突撃ィ!」
号令と共に、強化骨格を着た戦士達が襲い掛かる。
犯罪組織の構成員たちはその迫力に恐れおののき、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。しかし、違法改造された強化骨格の性能ですら、アルファプロセスを共有した戦士たちの前では遅すぎた。次々と確保・無力化される味方の様子を見て、荒くれもの共はパニックに陥る。
「九代目これはあかんわ!! 俺は逃げる!!」
「あの女の言うこと聞くから!! 俺も無理だ!!」
「おうおう散れ散れ!! 全部俺の獲物だ!!」
九代目と呼ばれた男は、爛々とした表情で大声を上げる。彼は強化骨格を身に着けておらず、武器も携えていない。それでも彼の表情はまるで、初めての万博に訪れた子供のように輝いていた。
「へへへ、こうなるのを待ってたんだよな、ボコボコにしてくれてもいい。ボコボコにしてやってもいい。どっちみち、第二ラウンドが見せ場だからな」
「黒幕さんよお、蘇生の方、ばっちり頼むぜ。俺たちは、コーフンしてたいだけなんだ」
「享楽主義!! まだ終わらせねえぞォォォォォ!!」
ガレージを飛び出し、全速力で突っ込む九代目の男。
「遅い」
「おごッ!?」
侑里のボディブローが彼の鳩尾に刺さる。
「……沈め!!」
よろめいた彼の額に、リーダーのワイヤーブレードが炸裂する。
「ゴあッ……!」
「じゃあね」
総司の強化骨格が男の頭蓋を踏み砕く。
埠頭に張り巡らされた自己修復機能を持つコンクリートは勢いのまま砕かれ、その亀裂に鮮血が染みこむ。
「殺す必要はないように見えたが……!!」
自身の殺害を咎める少年の視線などお構いなしに、総司は夕焼けを見つめ、独り言をつぶやいた。
「構わないさ。だって見てみろよ、この醜態を」
「くだらない事件には、くだらない犯人」
「その精根は御多分に漏れず軽薄」
「実力や手段も平凡で陳腐」
「何ともありふれた弱者」
「それ故に悪辣であり」
「実に馬鹿馬鹿しく」
「つまらない」
戦力差は明白であり、制圧はものの数秒で完了した。




