第十四話 意図
アイボリー地区の街頭。亜沙日は自身と同じ髪色をした長身の男、朝来総司と出会った。
街中で知り合いと遭遇することはなかなかあるものではない。結構な偶然に喜んだ総司は馴れ馴れしく亜沙日に話しかけてきた。
「やあ、前に会った時よりも女の子らしくなってきたね」
もはや一目見て亜沙日の自認が男性であると分かる者はそう多くないだろう。彼の容姿はオーバーサイズのTシャツと、ぶかぶかのカーゴパンツを履いた長髪の女性のようだった。
「ああ……なんでだろ……」
頭を搔いて項垂れる亜沙日。その声色はかつてより少しだけ高く、少年の面影を残したものだった。
「そろそろあの子の定期健診だろう?僕もついていきたくて」
総司は偶々亜沙日に出会ったにも関わらず、彼の用事を的中させた。
「まあ……いいよ……」
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バイオロジスト・朝来遥のラボ。整理の行き届いた真っ黒なアイランドキッチンの、カウンターチェアに両手をついて座った亜沙日に、遥は心配そうな目をしながら声を掛ける。
「……亜沙日……パパから聞いた……大変だったな」
生みの親からのねぎらいの言葉が心に染みたのか、亜沙日は堰を切ったように話し始める。
「そうなんだよ、なんか。去年の事件より巻き込まれてる感というか」
「そんなことより遥ちゃん。君にお願いがあってね」
亜沙日の様子など鑑みず、彼の言葉を遮る総司。
「人の話を遮るな。それとちゃんをつけるな!」
妹に窘められた総司は落ち着かない様子で、渋々と口を開く。
「この子の脳細胞を僕の脳に移植してほしい」
「「は!?」」
亜沙日と遥はビクンッと跳ね、全く同じリアクションを取った。
「それで僕の頭痛は治る」
淡々と続ける総司に畏怖の目線を向け、小さくなった自身の身体を抱く亜沙日。
「ふざけんな! なんか……めっちゃ響きが怖いよ!」
「贖罪のためなんかじゃない。僕は頭が痛いのをお医者さんに何とかしてもらいたいだけだ」
「人の話を聞けッ!!」
亜沙日の方には一切目もくれず、言いたいことだけをまくしたてる総司。
彼の態度についつい語気を強める亜沙日は、遥に救いを求め、上目遣いをする。
「わかった」
「ママぁ!?」
彼女の二つ返事に亜沙日は思わず幼児退行をしてしまった。
「マ、ママ?!ママと呼んだか?!」
不意打ちを受けた遥はどこか嬉しそうな顔をしている。
「……」
彼等のやり取りに心底興味がないのか、総司は冷たい目を二人に向けた。
「ご、ゴホン、いや、お兄ちゃんの頭脳があればこの事件はすぐ解決する……くやしいがな、連中の足取りはなぜか掴めない。誰かが……遮っているようだ。な? お兄ちゃん」
「……ああ。不快だ」
彼らが誰の話をしているのか見当もつかなかった亜沙日は不思議そうな顔をする。
「すぐに取り掛かる、亜沙日。頼む。またクッキー焼いてあげるから」
どこからか小さな注射器を取り出した遥。
亜沙日はバツの悪そうな顔でその注射を受け入れる。瞬時に意識を手放した彼はアイランドキッチンに突っ伏し、小さな寝息を立てた。
亜沙日の入眠を確認した遥は、総司の目をじっと見つめる。その翠玉色に染まった瞳は、実の兄を射殺さんばかりの眼光を放つ。
「手遅れかもしれないが……この子のためならなんだってする」
「お兄ちゃん……そのつもりで頼むよ?」
藁にも縋るような妹の面持ちに対し、総司はからかうかのようにケタケタと笑いながら亜沙日の体をその肩に担ぎ、彼の尻を鼓に見立て叩く。
「理解が早い妹で助かるよ。無論、彼はもう安全だよ」
「この生命体は死なせない。簡単なことさ」
遥は兄の不躾な態度を真に受けず、そっぽを向いて携帯端末を操作し、施術室の局所的除菌機能を稼働させる。自身も衣服を脱ぎ、殺菌機能を搭載したボディースーツのみを身にまとう。脳手術に必要な器具をロボットアームに装着し、施術のためのプランニングを数秒の暗算と共に終えた遥は、この手術室のために設計されたAIに独自のプログラミング言語を用いて計算結果を入力する。
その一部始終を無駄な工程と言わんばかりに、退屈そうに眺める総司は遥の合図を受け、よいしょという掛け声とともに肩に担いでいた亜沙日をベッドに寝かせた。
兄妹は、彼の寝顔を見つめながら、思い思いの言葉を口にする。
「……やっぱり、綺麗でかわいらしい寝顔だ」
「僕にはあの女の顔にしか見えない。暇つぶしも碌にできない愚鈍な母にな。遥、よくもあんな出来損ないのクローンを生み出してくれたな」
「警告するぞ。この生命体も、あの女も、僕が始末することになる」
「覚悟はできてるんだろうな……?」
総司の唇からは血が滴っていた。
遥は只黙って彼の手首に注射をする。やれやれと肩を落とし、白衣を脱ぎ捨てベッドに寝そべった兄と、その隣で眠る母と同じ姿をした我が子を見比べ、涙を堪えた。
施術開始から1時間後。
「むにゃむにゃ……くっきー……くっきーまつりだね……」
「すごいぞ……あたまがさえている……のうとれのおかげかな?」
麻酔が抜け切らない亜沙日と総司は朦朧としている。
「もうちょっと待つか……ククッ、いや笑っちゃだめだ」
機械による補佐がありながらも、精密動作を要求される脳手術を終えた遥の磨り減った神経には、目の前の光景がやや滑稽に映ったようだ。彼女は自身の脇腹をつねり、自制心を取り戻した。
更に数分後、ラボにくる以前よりも活気の伴った瞳で、総司はクッキーを齧る。施術前とは打って変わって上機嫌になった彼は、その成分を遥に問う。
「ごちそうさま、これ凄い美味しいね。どうやったかまた今度教えてよ」
「何か掴めそうか?」
「とりあえずカルダモンが2g入っている」
「そっちじゃない!」
クククと笑った総司は、両肩を回し、首を鳴らす。
「ああ……完璧にわかっているよ。もちろんこの事件の裏側と、解決方法を。そのためには未来君の持つ集中能力、名付けるなら、アルファプロセス……自意識の最先端を操る技が必要だ」
「アルファプロセス……! かっこいい~! あ! 核融合とも掛けてる?」
未だ意識が朦朧としているのか、亜沙日は童心に帰ったかのような感想を残した。
「よくわかったね。偉い」
「その技で何をするつもりだ?」
遥の疑問を受け、総司は一つ咳払いをすると、あまりにも高速で自身の理論をまくしたてた。
「あの能力は要するに意識を限定、集中させ、脳内リソースを目的対象のみに割くんだ。そして、妹はこれを患者に伝搬させてカウンセリングをしていることから、我々の戦闘能力も彼女の能力と呼応し格段に引き上げられるという算段さ。問題は僕の頭痛がDMN偏重で引き起こされたものなら妹の能力はCEN過剰ともいえる。副作用は認知能力の一時的な低下。ここまではあくまで僕の予測だからこれは既に確定事項だがね」
「「???」」
(僕の予測だからこれは既に確定事項だがね???)
(説明はともかく何を言ってるんだ……???)
総司のあまりの突飛な理屈に、亜沙日は訝しみ、
遥は着ていたシャツの中に手を入れ、自身の脇腹をつねった。
「この能力で犯罪組織を派手に、ものすごく派手にぶったたく。そこで手を引いたハッカーに脅しをかければこの事件は丸っと解決さ。面白いことになるぞ」
「へえ……いいじゃん」
総司の説明は理解できなかったが、作戦の意図は汲み取ることが出来た亜沙日は、不敵な笑みを浮かべた。




