第十三話 浪漫
セレモニー当日。エボニー地区の北方で開催された万博は、大勢の客で埋め尽くされている。特に、この街には存在しない技術である空飛ぶ車のブースは現地住民の注目を一手に引き受け、長蛇の列を生み出していた。
会場スタッフとして、覆面警官を担当していたリーダーに侑里は声をかける。
「リーダー! そろそろ交代しましょう。セレモニー楽しんでください」
彼女は持ち前のスキルを活かし、会場全体の警戒にあたる。
「う、うむ。よろしく頼む」
緊張を浮かべるリーダーに、未来は優しく語り掛ける。
「楽しみですねえ。リーダーは十一年ぶりの搭乗なんですよね?」
リーダーは上空を走る空飛ぶ車に釘付けになりながら、思い出を口にする。
「ああ、あの時のことはよく覚えている。父さんに連れて行ってもらって。今回は忙しくてこれないそうだが、普及したら実物を市長から提供してもらえるそうだ。それに乗せてくれるって!」
浮ついた少年の笑顔を見て、未来もつられて笑みを浮かべた。
「よかったですね! リーダー。私も楽しみだな。給料貯まったら買おうかな」
懸念がないわけではなかった。その笑顔の裏側で、未来は侑里が調べた情報を思い出す。
まずこのセレモニーは、明らかに妨害が予測されるものである。しかし、犯罪者連中の動機は侑里の情報網を以てしても特定が出来ず、彼女にスパイ技術を叩きこんだ人物ですら暇つぶしという憶測までが限界であった。
彼女らを更に不安にさせていたのは、この件に対して朝来総司が乗り気であることだった。ハッキング程度ならばこの街の演算能力だけで未然に防ぐことは容易なため、彼が介入するということはこのセレモニーが予測不能の攻撃に曝されることが極めて現実的であり、それこそが最大の懸念点であった。
しかし、リーダーは夢にまでみた空飛ぶ車に乗り、未来と侑里は彼の喜ぶ笑顔が見たい。孤児院時代からの絆は責務と絡み、彼らを逃さない。
それに加え、このセレモニーは市長の贖罪という側面が色濃く、それを見定めたいという気持ちもまたこの件を断行する理由になっていた。
空飛ぶ車はこの街の最大限の技術力と、最小限のシステム構成で飛行する。未来と侑里の間では、以上の懸念点よりもこの世界の積み上げた技術への信頼と、友人の希望を見届けたいという真心が上回る。
セレモニーを錯綜する意思は、過積載と言えるほどに積み上がっていたのだ。
「いいじゃん。乗せてね!」
「ご飯は食べないでね。ポロポロ落とすから」
大勢の人々による活気に充てられたのか、亜沙日は調子の良いことを言った。彼の日頃の生活態度を知っている未来はぴしゃりと窘める。
四人の笑い声がセレモニーに溶け込み、そんな彼等の声が耳に届いた市長は、ゆっくりとした足取りで彼らに近づいた。
「こんにちは、リーダー君も。今日はぜひとも楽しんでいってください」
老齢の大男を見上げるリーダー。
目の前の老人は自身の父親を10年もの間幽閉していた張本人。しかしリーダーは事件終息後、孤児院での生活は彼の私費によるサポートで成立していたことを知った。少年は一瞬だけ複雑な心境を表情に浮かべるも、キリっと眉を吊り上げ、お辞儀をする。
「はい……この機会に感謝します。市長」
─────────
一時間後。リーダー、未来、亜沙日の順に空飛ぶ車に乗り込み、エボニー地区の空に一つの車体が浮かび上がる。
高度計が200mに達したところ、リーダーたちの身体を無重力的感覚が包み込み、敬愛する技術の結晶に触れたリーダーは、感嘆の声を上げた。
「う、浮いたぞ……! 記憶より静かだ……!」
そのまま時速約40km程度の速さで、旋回を開始する車。空飛ぶ車はセレモニー運営による制御によって、デモンストレーションを行っていた。
「後部座席はどう? 亜沙日君」
助手席から後ろを見返った未来は、亜沙日に声を掛ける。
備え付けの機能と格闘する亜沙日。彼の肘は宙を泳いでいた。
「ひじ掛けが邪魔だな。いや快適快適」
「あっ、加速も緩やかに感じるよね」
ネガティブな印象を持たせまいと自身の発言にとっさにフォローを入れる。
そんな彼の落ち着きのなさに、未来は苦笑しリーダーの方を見遣った。
「すごいなあ。かっこいいなあ」
「ああ! ……ほ、本当にこれが復活するんだ……!」
「……すごいよな……」
亜沙日は窓の外を見る。北の地平に映るのは荒野とハイウェイと、薄いピンクのビーナスベルト。
彼はその眺望を殺風景だと感じた。
(リーダーには悪いが、正直このセレモニーに興味は持てない。というより、この世界の技術は、ワイヤーブレードだの空飛ぶ車だのと、妙にキャッチーすぎると思う。何故なんだろう。街にはリニアがあり、移動は楽。エボニーに向かうバスも快適だった。開発者もそうだ。どうしてソーラーパネルが街を支えられているのに、核融合炉なんてものを勝手に作ったんだ……? ロマンのつもりか……? おかげで俺は……死ねないんだぞ……死ねないから……あんな……)
(結局、どいつもこいつも)
(頼んでもないことを、やめてと言ってもやめてくんないんだもんな)
(つまんな)
「ん……? 前の車と近すぎない?」
「本当だ。おかしいな、制御は効いてるはずなのに」
未来とリーダーは、先導していた空飛ぶ車との距離感に異常を確認する。
「えっとぶつかるんだけど!!」
「ブレーキ……効かない! 手動にも切り替わらない! 何故だ……!」
持ち前の知識を頼りに、ありとあらゆる操作を試す少年。
彼等の乗った車は、高速で前方の車両とぶつかり両機とも墜落する。
「やだ、やめてよ……もう……もう死ぬのはやだ! ……やだ!!」
フロントガラス越しに迫りくる地面。
即ち迫りくる死に釘付けになった未来は、自身の身体を抱えるように背もたれを強く握りしめ脚を激しくばたつかせながら甲高い断末魔を上げた。
「……!!」
少年の瞳に最後まで映っていたのは、
UIディスプレイを高速でスクロールするBIOSの文字列だった。
甲高いビープ音が聞こえる。
僕は死ぬのか。彼がそう、思う中───
───セレモニーに轟音と、悲鳴が響く。
「……みんなぁッ!! 嘘だ……! 嘘だああぁぁッ!!!」
頭を抱え、地面に突っ伏する侑里。彼等の乗っていた車両の墜落を目の当たりにした彼女は、叫喚を上げるほかなかった。
その後ろで総司は淡々と事態を分析し、現場スタッフに指示を出す。
「ハッキングだな、確定だ。天蓋事変はやはりトロイの木馬により引き起こされた。彼らを回収し、直ちに蘇生しろ! カーネルエラーが出ても気にするな」
「バカな……理人君……!! 未来!! 亜沙日!!」
「……総司ィッ!! 対策をとっていたんじゃなかったのかアッ!!」
彼らは総司により囮にされたのだ。そう悟った市長は鬼気迫る表情で孫の胸倉をつかむ。
初期対応よりも怒りを優先し、我を忘れた市長を軽蔑したのか、総司は冷ややかな目線を向ける。
「慌てないでください。やはり読み通りだ、内通者がいた」
自身の贖罪は、少年の展望は一つの事故に打ち砕かれ、セレモニーを包む活気は地に堕ちた。
頭を抱え嘆き苦しむ市長に、総司の言葉はあまりに冷たく響くものであった。
─────────
「あの人は……まだ見つからないのか」
「ああ、この事件に関わっているとは思うが……」
事件から数日後、メガコーポの社長室にて、朝来淳司とその息子総司は窓の外を見ながら会話をしていた。
応接間には市長とくたびれた顔の中年の男が向かい合うように座っている。
中年の男は、総司が特定した内通者でありセレモニーの運営に関わっていた者であり、本懐を成し遂げたからなのか、その表情はどこか気の抜けた様子だった。
「……理由を聞かせてくれないか、なんでこんなことを」
市長はしゃがれた声で目の前の男を問いただす。
「あんたが俺らを閉じ込めた恨みさ。おかげであんたらのメンツは丸つぶれ、俺の十年も帰ってくる。妻も娘も帰ってくる、なにせ妻は空飛ぶ車が怖いんだと。好都合だ、なにもかも」
男は早口で語り、
市長は目に涙を浮かべ、首を下げる。
「そうだな……だが、身柄は司法に預けさせてもらう」
「すまない……すまない……」
「へっ……」
中年の男は、満足げな顔で天井を見上げ目をつぶった。
その様子を見ていた総司は、男を真似て目をつむり、思考を走らせる。
「……! イテテテテッ!?」
「どうした!?」
「ア、頭が!! 頭が!!」
「痛い……!」
総司はかつて銃弾で貫かれた自身のこめかみを抑え、悶絶し、痛みにより意識を手放した。
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アイボリー地区のとある一室。蘇生を終え、自宅療養を余儀なくされた少年はセレモニーのパンフレットを開き、空飛ぶ車が目に入ったその瞬間。
大雨の様な汗を流し
瞳孔を大きく開き
小さく悲鳴を上げた後
倒れこむようにベッドに沈み込んだ。




