第十二話 贖罪
この街随一の開発者・朝来総司は、市長室の真っ白な壁面にもたれかかり、実の祖父である市長・朝来誠司の姿を眺めている。
ゴーグルをつけたまま、忙しなく空中を見回し、MR空間で大量の資料を確認していた市長は、ひと段落ついたのかゴーグルを外し、鼻筋を指で挟むように押さえ、ふうっとため息をつく。
「連中が出てきたか……昨年まではおとなしかったのにな」
「それは我々が悪いことしてたからでしょ、おじいちゃん」
市長は孫の放つ妥当な指摘に思わず唸る。
表沙汰にならなかったとはいえ、無断の核融合炉開発と、新地区開発の断行による官僚の軟禁。この二点はこの街の立場を根幹から揺るがす事案として、神崎理人率いる反政府組織から国連に報告されていた。
市長とその息子であるメガコーポ社長の一年をかけた行脚と、総司の開発した防衛システムのアップデートの無償提供という歪な司法取引がなければ、彼らの命と蘇生権利は保証されなかったであろう。
思い出すだけでも肝が冷えた市長は、無意識に話を逸らす。
「うむむ……しかし、聞いたか? 奴らは亜沙日の不死性を再現したそうだ」
「あくまで噂だよ。連中は馬鹿で構成されている。ありえない」
総司は鼻で笑う。
愛する孫の口が悪いのは誰に似たのか、市長は嘆きながら窓の外を眺めた。
「総司……社長につないでくれるか……?」
「わかった」
総司は手元のデバイスで市長室のプロジェクターと相手の通信媒体をハッキングし、壁面に通話相手の姿を投影する。
「どうした親父、総司もいるのか」
映し出されたのはネイビーのストライプスーツを着た細身の大男、市長の息子で総司の父、メガコーポ社長の朝来淳司。
「ならば話は早い、用件も把握した。元反政府組織にも出動要請を出した」
「今度のセレモニーの警備には、文字通り全てのリソースを注ぐつもりだ」
細身の男はカメラに近づき、力強く語った。彼の会社は、数年に一度の頻度で開催されるセレモニーを主催しており、犯罪組織の台頭、そして、自身の妻が再びこの街に現れたことから、自社のテックカンファレンス並びにイベント全体の安全確保に心血を注いでいた。
「ああ。彼らの、特にリーダー君は空飛ぶ車が好きだそうだ」
「是非とも呼んでくれ」
市長の操作により通話は終了する。その様子を見ていた総司は薄ら笑いを浮かべる。
「身内はいいな。ツーカーで」
「もう少しゆっくりと向き合うべきかな。勝手な開発をしないように」
孫の軽はずみな発言に目を細める市長。
意図を汲んだか汲まずか、総司は歯を見せて笑い、おどけて見せた。
「総司、お前はどうだ? ハッキング対策は盤石か?」
「ああ、奴らは必ず炙り出す」
「よし」とつぶやいた市長は何か思い出したかのようにポンと手を打つ。
「そうだ、亜沙日も呼ぼう。彼は、とても落ち込んでいるようだね?」
「えらく入れ込むね」
「当然だ」
市長は自身の手を見つめる。
その手には在りし日のミトンは備わっておらず、しわくちゃの手が晒されていた。
「結果として、彼らの行いが我々の立場を首の皮一枚で繋げた」
「……それに」
「私の贖罪に、ありとあらゆる手を……尽くしたいんだ」
市長は震える手を固く、固く握り締めた。
そんな彼の様子を伺い、
(気にしなければいいものを……)
と総司は内心毒づいた。
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亜沙日ら三人が暮らすアイボリー地区の一室。そのリビングのソファに深く座り込み、未来は天井の隅を見つめていた。
「未来、大丈夫か?」
「うん、ちょっと忙しかったから」
「……奴ら……」
亜沙日の誘拐後、未来の下に一人の患者が訪れた。
その患者が自身の境遇を吐露しようとした途端、その顔は全身の血が集まったのかと思うほどに真っ赤に染まり、意識を手放した。
未来は、一つの結論にたどり着いていた。
犯罪組織は亜沙日を誘拐し、彼から細胞を奪った。そして無垢な一般人を攫い、その細胞を使った実験を行ったのではないか。
「ねえ侑里、患者さん目立った外傷とか、薬物反応はないの……」
「これって……」
未来は守秘義務を忘れ、この街のことをよく知る侑里に、藁にも縋るような面持ちで軽率に尋ねてしまった。彼女の染めた黒髪が揺れる。未来の脳裏に、患者や、亜沙日が被った凄惨な光景が浮かんだのか、自身の体を抱き寄せ、身震いを起こす。
「……未来、よそう」
「……うん……」
侑里の瞳には、かつての気丈な未来がどこかへ遠くへ行ってしまいそうなほど小さく映った。
「それにしても亜沙日、ずいぶん髪が伸びたな。似合ってる」
「ね、もともと女の子っぽい顔だったからかな」
空気が重くなるまいと、侑里は話題を逸らし、未来は便乗する。
「へえっ?! そ、そうかな……? いやね、最近マジで早いんだよな」
二人の率直な感想に、虚ろな目で部屋の隅を眺めていた亜沙日は素っ頓狂な声を上げた。思いもよらぬ容姿に対する言及に、彼は照れた様子で伸びきった横髪を手に取り、自身の顔の前でじっと見つめる。
「毛根も超回復してるのかな。そういやあいつ等にやられたときも」
「……」
「いや……まあ……」
言葉に詰まる亜沙日は背中を丸め、無為に横髪を弄び、そのまま沈黙してしまった。
未来は彼の座るソファの前に立ち、あるものを差し出す。
「ねえ亜沙日くん。市長から、セレモニーの護衛の依頼が来てた。あと、そのセレモニーのフリーパス」
「ウチら三人と、リーダーの分。罪滅ぼしのつもりかね」
不機嫌な顔で愚痴をこぼす侑里。
「まあまあ、だから、時間があいたら一緒に回ろうよ」
「……いいね。ありがとう」
何気ない約束から未来の真心を感じとった亜沙日は、安堵の表情を浮かべた。
するとリビングにチャイムの音が響き、ワイシャツを丁寧にスラックスに入れた少年が勢いよくリビングのドアを開けて入ってきた。
「お邪魔します。元気か? 亜沙日さん」
「おかげさまで、リーダーも、依頼の方は?」
「もちろん! 準備はできているぞ!」
普段見せるクールな印象よりも、年相応の表情を浮かべるリーダー。
亜沙日は彼の笑顔に興味を持った。
「リーダー、空飛ぶ車が好きなの?」
「ああ、やはりこの街にぴったりの、粋な技術だ」
「まず、この社会では天蓋事変の影響で空飛ぶ車は見られないが、他国ではもっと発達し、かつ6年前の土砂災害での需要再燃に伴い試作されたこの監視社会で培ったノウハウを凝縮したOSを搭載して飛んでいるらしい。エネルギー効率だって一度の補給での飛行可能距離はどの価格帯でも優に平均1000kmを超えるらしい! すばらしくないか! まずなによりすばらしいのは僕が2歳のころ……」
「わかったわかった!! いや楽しみだよね!!」
猛烈なトークを浴びた亜沙日はたまらず会話を切り上げたが、
「うん!!」
少年は元気よくお返事をした。




