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もう一つの太陽  作者: 朝来夕帰
第二章 Romance with the Resources
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第十一話   救出

 亜沙日と別れてから数日後の朝。未来と侑里は自宅のソファに落ち着かない様子で座っていた。朝日が差し込むリビングの、テーブルの隅には折りたたまれた男物のシャツや下着類が置かれている。

 ワイシャツの袖に腕を通し、フロントボタンを一つずつ留め、ソファにもたれかかるように大きな背伸びをした侑里は、横目に映る窓の外の、象牙色のビルが敷き詰められるように並んだ情景を眺めていた。

 そのどこかに、亜沙日の住むアパートがある。彼は今何をしているのだろうか、そう思った侑里は、携帯端末を確認する。


「返信は?」


「ないねえ……三日も……何してるんだろう……」


「忘れ物沢山あるから、持って帰ってほしいのに……」


「あ、そろそろ仕事に行かないと」


 未来はおもむろにソファから立ち上がる。

 その空いたスペースにすかさず侑里は転がり込み、上目遣いで未来を見つめた。

 子猫のような友人のふるまいを愛おしく思ったのか、未来はクスリと笑う。



「未来、調子はどう? カウンセラーの」


「覚えることはいっぱいあるけど……いい感じ」


 未来の瞳にうっすらと隈が出来ていることを見つけた侑里は、いざ仕事に行かんとする未来に、声をかける。


「そか、無理はしないでね」


「侑里も、学校楽しんでね」


「あいあ~い」


 扉の閉まる音。

 侑里は外光を取り込んだ薄ぼんやりとした明るさのリビングで、とある少女の姿を思い浮かべていた。

 眠気により、詳細を思い出すことは出来ず、只太陽のように笑うその少女を、亜沙日の姿と重ね合わせ、その瞳には涙が浮かぶ。


「……亜沙日……お前……も……」

「……あの子のように……」


 侑里は通学前であることを忘れ、静かに寝息を立てた。


 数分後。彼女の端末がポケットの中で震えた。ぼさぼさの前髪に隠れた眠たそうな目でそれを確認する侑里。


「……やべ寝てた。ん? リーダーからメール」

「何々、亜沙日が攫われた、明日までにみのしろってマジか!?」

「学校行ってる場合じゃねえ!!」


 彼女はソファから跳ね起き、大急ぎでリビングを後にした。


─────────


 ここは、元反政府組織のアジト。

 職場から大急ぎで戻ってきた未来と、ぼさぼさの髪を携えたままの侑里は、オフィスチェアに座る少年を険しい顔で見ていた。

 その少年もまた、険しい顔と厳かな口調で二人に語り掛ける。


「集まったか、もちろん、社長や……市長もこの事態を把握している」

「今回の任務は至極簡単、正面突破で行ける。スパイは先に潜入して、亜沙日さんを救出、誘導してくれ」


 不安から肩で息をしている侑里は、じっと自分を見つめるリーダーの力強い眼差しに、我に返る。


「頼んだぞ」


「ラジャー」


 制服を脱ぎ捨て、一年ぶりに着用したスパイスーツの弾性を確かめた侑里は、頬を強くたたき、気合を入れる。数秒目をつむった後、ゆっくりと瞼を開いた彼女の表情は、鉄仮面をかぶったかのような冷たいものへと変質していた。


─────────


 黄昏時。海沿いに位置する小さな工務店。そこには痛みでうめき声をあげる男達と、一文字のように手足を伸ばし、仰向けで意識を手放した男達の姿があった。


 その現場から数百メートル離れたコンテナハウスに、二人の男が大急ぎで駆け込むと、大きな声で喚きたてる。


「九代目! 人質の姿がありません!」


「九代目! 二人のガキにみんなやられました!」

「あとなんか多分もう一人います!」


 ここは、犯罪組織が隠れ蓑にするアジト。

 九代目と呼ばれたタンクトップの引き締まった肉体を持つ男は、腕に巻き付けた六つの腕時計をジャラジャラと鳴らし、けたたましく叫ぶ。


「うるせえ!! 俺が直々にぶっとばしてやらあよ!」


「あの、九代目」


「何だァ!?」


「連中。人質を連れてさっさと帰りました」


「あ、そっかあ。ってバカ!」


 わざとらしくぼろぼろのソファに倒れ込み、ズッコケを模したリアクションを取る九代目。

 頭目の滑稽なリアクションに犯罪組織の構成員は思い思いの感想を述べ、爆笑を起こす。

 笑い声はやまない。

 中には興奮のあまり壁に頭を打ち付け、血まみれになり、そのまま動かなくなるモノもいる。


「こいつまたイってんだけど!」


「もういい。死なせとこ。十万もったいねえわ」


 不自然なまでに燃え上がった歓喜の渦は、九代目がソファから身を起こすと、すっと静まり返る。


「まあいい、細胞も手に入ったしさ」

「もっと、コーフンできるよな。あの人につなげ」


「はい!」


 指示を受けた男はダイヤル式の黒電話を取り出し、ジコジコと音を立て、番号を入力する。すると、黒電話の頭に取り付けられたベルが震え、ジリリリリと複数回なった後、本体の背面に取り付けたプロジェクターが網膜が焼けきれんばかりの高輝度の映像を空間に投影する。


 そこに浮かび上がったのは、小川のような髪を持つ、美しい女性だった。


─────────


 深夜、未来と侑里の部屋。テーブルに置いてあった忘れ物、くたびれたシャツを着た亜沙日は力なくソファにもたれかかっていた。犯罪組織から救出された後、彼は足腰が立たなかったために侑里の補助の下シャワーを浴び、体にまとわりついた汚れを徹底的に洗い流した。その髪は腰の長さまで伸びており、一見して亜沙日は男だとわからない容姿と化している。


 彼は、振り絞るような声でつぶやいた。


「腹減った……」


 跪いて亜沙日と目線を合わせた未来は、唇を強くかみしめる。

 リビングの椅子に姿勢よく座るリーダーは、俯いた彼に声を掛ける。


「亜沙日さん、何があったか聞かせてくれるか……?」


「……ああ……」


 リーダーの声を聴き、彼の方を見る亜沙日は気の抜けた返事をした後、手で顔を覆って背中を丸めた。


 彼の心情を察したリーダーは、「しまった」と誰にも聞こえないような小声で呟き、己の不明を呪う。


「わかった。まずはゆっくり休んでくれ」


 亜沙日は「うん」と喉奥を鳴らし唸る。


「未来……」


 大急ぎでシャワーを終え、バスタオルを体に巻き、濡れた髪をそのままにした侑里は、胸を抱えるように両手をぎゅっとにぎる。


「ううん。亜沙日くんが話したくなったときに、聞こう」


 唇を嚙んだことにより、血が出たことに気が付いた未来は立ち上がり、棚の上に置いてあるティッシュを一枚取り、口を拭う。


 沈黙がリビングを包む。


 リーダーは椅子からスッと立ち上がり、部屋のドアノブに手をかけた。


「連中の正体はつかめた、奴らは享楽主義時代に生まれた、100年前から続く組織だそうだ。連中が弱体化しているのも、長い歴史からだろう」

「だが奴らはまた仕掛けてくるかもしれない。誰が攫われるかもわからん。各々警戒を怠らないように」


「リーダーもその、お気をつけて」


「軽いしね、リーダー」


「ああ、実はかなり怖い。みんなも気を付けて」


 リビングのドアは閉まり、壁越しにスライドドアが開いた音が聞こえる。

 リーダーは大事をとり、父親が住む部屋ではなく、このマンションの階下にあるアジトで、反政府組織の元構成員の大人たちと寝泊まりをするそうだ。


 それでも侑里は落ち着かない様子であり、頭を振る。水しぶきが飛ぶ。


「どうしたの……? 侑里……?」


「……いや……気にしないで、つまんないこと」



 侑里は、亜沙日を救出した時の事を思い出していた。


─────────


 ガレージの奥には後ろ手に両腕を縛られた長髪の少年。亜沙日の姿と、サビた鉄のような匂いと微かな甘ったるさを孕んだ不快な香り。


 その暴虐の全貌を察した侑里は、この一年何気なくあしらっていた連中の手段が、もしも自分の身に降り注いでいたらといった想像と、正に目の前で被害を受けた友人の姿に深く傷つき、涙を流し、呆然と立ち尽くしていた。


 侑里は彼に纏わりつく血などの汚れを無視し、静かに抱きしめる。


 潜入捜査の孤独に耐えるために、彼女は心を閉ざし任務を遂行する。そのために冷たい表情を携え続けていた侑里の顔は、彼女の抱いた絶望とは裏腹に赤らんでおり、亜沙日の剥き出しの背中により深く手を回す。


(この子は、私が守らないと)

(この子は死なないから、いいな)

(だけど……私の前からいなくならないでほしい)



(誰も、誰一人も。もう二度と)



 彼女の抱擁が苦しかったのか、亜沙日はううんと唸り声を上げた。

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