表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
芸ノ譚 ー灰に舞う琴音ー  作者: 宮山悠
第一章 布石ノ盤

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

第七話 初迎宴ー下ー

競演官の声が、大殿に響き渡る。


一人ずつ、名前が呼ばれた。

男八人が順番に名乗り、短く芸を披露する。

それぞれが壇を降り、自分の指定された席へと戻っていった。


そして最後に、女二人。


「佳恋、舞の芸を以て合格いたしました」


佳恋は深紅の袍を優雅に翻し、面を外した美しい顔を堂々と晒した。

会場から息を呑む気配が広がる。

彼女は軽く微笑みながら、はっきりとした声で言った。


「佳恋です。これから宮廷で、精一杯舞わせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


堂々とした挨拶に、会場から小さな感嘆の声が漏れた。

佳恋は軽く一礼すると、優雅に壇を降り、自分の席へと戻った。


「弦、琴の芸を以て合格いたしました」


弦は一歩前に出て、深く頭を下げた。

青緑の袍の袖が少し揺れる。

静かで控えめな声で、彼女は言った。


「……弦です。よろしくお願いします」


その瞬間、壇の少し下の方から、小さな「ぷっ」という笑い声が聞こえた。

弦は一瞬、視線を動かした。

文武官席の端——そこに座る斎が、杯を口元に当てたまま、肩を小さく震わせて笑いを堪えているのが見えた。

(うわ……)

弦は慌てて目を逸らし、壇を降りて自分の席に着いた。


十人全員が席に着くと、大殿が少し落ち着いた。

そのとき、皇帝がゆっくりと杯を置いた。

重々しい視線が、合格者たちをゆっくりと見渡す。

大殿が静まり返った。

皇帝は低く、しよく通る声で言った。


「芸は天より授かりしもの。

しかし宮廷にあっては、芸は単なる才などではない。

それは炎のように、己の道を焼きながら進むものだ。

朕は、定められた道など信じぬ。

自ら火を起こし、自ら道を切り開く者こそが、朕の傍に相応しい」


その言葉は比喩に包まれていたが、弦の胸にははっきりと響いた。

(運命は、変えられる……)

灰爺の最期の言葉と重なる部分があった。

弦は無意識に膝の上で手を強く握った。

内心でその考えに強く賛同していた。


皇帝は小さく頷き、杯を掲げた。


「今宵は存分に楽しめ。新たな者たちを受け入れよ。

新しい風を、宮廷に吹き込め」


その言葉とともに、楽師たちの調べが優しく流れ始めた。

宦官たちが影のように動き出し、高く細い声で短く返事を交わしながら、小股で滑るように給仕を始める。

年配の宦官は皺深い顔をさらに深く刻みながらも、酒を注ぐ手つきだけが不思議と優雅だった。


宴が、本格的に始まった。

弦は席に座ったまま、ほとんど箸を動かさなかった。

黄金の器に盛られた珍味の匂いが漂うが、味はほとんど感じられない。

周囲の笑い声や杯の触れ合う音が、遠くに聞こえるようだった。


宴が中盤を過ぎ、酒が回り始めた頃——

皇太子がゆっくりと立ち上がった。


軽やかな笑みを浮かべ、杯を掲げる。

会場が少し静かになった。


「皆さん、今日はおめでとうございます」


皇太子の視線が、佳恋に注がれる。

佳恋は箸を止め、ゆっくりと顔を上げた。深紅の袍と金糸の鳳凰が燭光に美しく映える。


「特に……佳恋。

わたくし、彼女を皇太子妃に迎えたいと思います」


会場が一瞬、凍りついた。

すぐにざわめきが広がる。


「いきなり妃に……?」「競演合格したばかりの娘を?」という驚きの声があちこちから上がった。


宰相席から書の凛寧が立ち上がり、重い声で諫めた。


「陛下、皆の役職はすでに決めてあります。皇太子妃ともなれば、宮廷の序列が乱れます。慎重に……」


皇帝は杯を置き、ゆっくりと視線を巡らせた。

会場が息を呑む。


「いいとも」


一言で、ざわめきが止まった。

皇帝は皇太子に向き直り、わずかに微笑んだ。

「そろそろ妃を受け入れる年頃だ。

佳恋よ、よくぞここまで来た。皇太子の妃として、宮廷に華を添えよ」


佳恋は優雅に立ち上がり、壇に上がって一礼した。


「光栄に存じます」


彼女の目は皇太子をまっすぐに見据えていた。

喜びというより、静かな計算と強い意志が感じられる表情だった。


会場から感嘆の声と拍手が沸き起こった。

しかし一部の席では、不満の呟きが残っていた。


弦は箸を握ったまま、静かに座っていた。

すべてが、想像以上に早く、強く動き始めている。

自分に何が起きているのか、まだよく分からなかった。


宴は夜更けまで続いた。

弦はただ耐えるように席に座り、胸の奥に広がるざわつきを、静かにやり過ごしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ