第五話 入宮
弦は掲示板に貼られた自分の似顔絵を、ぼんやりと見つめていた。
合格。
……なぜ、合格してしまったのだろう。
落ちるものだとばかり思っていた。
なのに、自分の名前がそこに書いてある。
弦は胸のざわつきを抑えきれず、急いで宿に戻ると、わずかな荷物をまとめ、王都の宮廷門へと向かった。
門は厳重に守られ、黒装束の衛兵たちが無言で立っている。
弦は一度深く息を吸い、ゆっくりと門をくぐった。
宮廷の広間に着くと、すでに他の九人の合格者が揃っていた。
弦が入ると、視線が一斉に集まった。
「遅いっちゃ。早くしなさいよ」
腕を組んだ佳恋が、苛立ったように言った。
彼女は弦を上から下までじろりと見て、鼻を軽く鳴らした。
「顔はええけど、身なりがあかんね。こんな恰好で宮廷に入ったら、すぐに笑い者やで」
弦は小さく頭を下げた。
「……すみません」
競演を仕切る役人が近づいてきて、穏やかに告げた。
「皆さん、お集まりいただきました。これより更衣室へご案内します。本日は初迎宴に参加いただきます。宮廷の皆様と顔合わせです」
更衣室は、想像以上に豪華な部屋だった。
女官たちが待ち構え、弦と佳恋を囲んだ。
佳恋は慣れた様子で女官に身を任せ、深紅の袍を纏った。
金糸で鳳凰が刺繍された裾、長く優雅な袖。
面を外した素顔は、白い肌に切れ長の目、艶やかな赤い唇が際立ち、部屋の中が一瞬静かになった。
佳恋は鏡をちらりと見て、軽く肩をすくめた。
「ま、こんなもんかね」
次に弦の番になった。
女官の一人が優しく声をかけた。
「初めてのお化粧ですね。緊張なさらないでください」
弦は小さく頷いた。
淡い青緑の袍を着せられ、胸元に銀糸で繊細な琴の意匠が刺繍された。
袖は長く動きに合わせて優しく揺れ、腰には薄い金色の帯が結ばれた。
髪はゆるやかに結い上げられ、青い玉の簪が挿される。
軽く白粉をはたき、唇には薄い紅が差された。
鏡に映った自分を見て、弦は静かに息を呑んだ。
――この姿は、私じゃない。
まるで別人のように整えられた姿に、強い違和感が胸に広がった。
女官が背中を軽く叩いて微笑んだ。
「とてもお似合いです。堂々としてくださいね」
佳恋が横から、厳しくも優しい声で言った。
「ぼーっとしてんと、しっかりしなさい。ここは宮廷よ。油断したら一瞬で潰されるからね」
「あ……はい」
初迎宴の会場へ案内されたとき、すでに宮廷の貴人や皇族、文武官たちが着席していた。
弦たちは競演官に導かれ、中央の壇の上へ上がった。
会場中の視線が、一斉に集まる。
弦たちは壇の上で、ただ静かに立っていた。
華やかな灯り、豪華な衣装、ざわめく話し声。
すべてが、自分とは違う世界のように感じられた。
なぜここに立っているのか。
なぜ合格してしまったのか。
弦はそっと目を伏せ、胸のざわつきを抑えた。
これから、何が待っているのだろう。




