第三話 影ノ招き
王都は、灰爺の話以上に眩しかった。
提灯の連なる通りは夜でも昼のように明るく、市場では芸を持つ者たちが道行く人の目を奪っていた。
弦は胸の「琴」の文字が、かすかに疼くのを感じながら、ただ立ち尽くしていた。
久しぶりに、自然と微笑みが浮かんだ。
――美しい。危険だけど……美しい。
中級の宿に部屋を取った夜、布団に横になろうとしたとき、女中が慌てて声をかけてきた。
「お客様、お客様に御客様がお見えです」
弦は首を傾げた。
「人違いでは……?」
「いえ、間違いなくあなた様です。どうぞ、奥の座敷へ」
暖簾の向こう、薄暗い灯りの下に男がいた。
書物を片手に茶を啜り、後ろで二人の女が扇子で風を送っている。
整った横顔、目の下の小さなほくろ、上質な絹の袍から漂うすっきりとしたムスクの香り。
穏やかだが、どこか冷たい空気がまとわりついていた。
「どうぞ、入って」
弦は一瞬躊躇し、ゆっくり座敷に入った。
男は書物を閉じ、薄く微笑んだ。
「座って。遠慮はいらないよ」
弦は畳に膝をつき、小さく息を吐いた。
「……あの、人違いではないでしょうか?」
男はくすりと笑い、目を細めた。
「いや。弦、だよね」
弦の背筋が凍った。
「なぜ、私の名前を……?」
男は茶を一口飲み、余裕のある笑みを浮かべた。
「あの人が長年隠していた娘が、この時期に王都に来た……面白いじゃないか」
弦は何かを察し、無意識に胸を押さえた。
「私は、競演には出るつもりはありません」
「そうか。だが、君の胸の『琴』は、そうは言っていないようだね。
君の父は、現四芸の一人……琴を司る透真様だからね」
「え、父……? 私は、会ったこともないのに……四芸って、何ですか?」
男は穏やかに、しかし目だけは冷たく光らせて微笑んだ。
「四芸は宮廷の頂点に立つ者たち。皇帝のすぐ傍で、国を動かす存在さ。
僕は斎。現四芸の『棋』の息子だ。
君もその血を引いているんだから、宮廷で顔を合わせるべきだと思うよ」
「待って……どうして、私の父が四芸だと確信できるんですか?」
「顔がすごく似ているからさ。びっくりするほどね」
斎は目を細め、静かに笑った。
「君の名は、もう登録所に記してある。
行かなければ、宮廷は君を放っておかないよ」
斎は立ち上がり、書物を手に取った。
「では、また初迎宴で会おうね」
暖簾が揺れ、斎は去っていった。
座敷に残された弦は、立ち尽くしていた。
それから胸の文字を強く押さえ、息を荒げた。疼きが、じわじわと広がっていく。
なぜか四芸の子どもだと言われ、なぜか競演で勝ち抜けると期待され……
そしてこの謎めいた男・斎。
今後も「お世話に」なりそうな予感がした。
廊下を歩きながら、斎は小さく口元を歪めた。
(ようやく……始まりそうだ)




