選んだ未来に、君がいるなら(4)
「合体解除装置、完成したから。今日中にラボへ来れる?」
その知らせは、突然だった。
来人と秦は顔を見合わせた後、急いで支度をして深月のラボへと向かった。
ラボに到着すると、そこに白沢の姿はなかった。
「……あれ、大知さんは?」
不思議そうに問いかける来人に、深月は淡々と答えた。
「もう解除は済んだよ。今朝、手伝ってもらって、それで――自宅に帰った」
「えっ……え、先に? 一緒に待っててくれるって言ってたのに……」
「アイツの都合もあるしな」
深月はモニターをいじりながら、素っ気なくそう言った。口調はいつも通り。しかし、視線はどこか落ち着きなく、手元の動作もほんの少しだけぎこちなかった。
秦は無言で来人と目を合わせた。来人の視線が、深月の背中をじっと見つめている。
「……兄貴、ウソつくの下手だよ」
ぽつりと来人が言った。
深月は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに笑って肩をすくめた。
「ウソってわけじゃない。ちゃんと、解除は済ませた。機能的にも問題なかった。……それだけだ」
その声が、ほんの少しだけ掠れていた。
――数日前の夜。
合体解除装置の動作チェックを終えた深月は、白沢と二人きりのラボでコーヒーを片手に座っていた。
「やっと完成か。……これで、普通の生活に戻れるんやな」
「ああ。ようやく、って感じ」
白沢はいつものように、やさしい声で笑った。その顔を、深月はじっと見つめた。
ずっと不安だった。
自分は医者を辞めて、世間的に見れば不安定な謎の“科学者”を名乗っている。
白沢は医者として確かな腕と実績を持ち、誰が見ても真面目で誠実な人間だ。
そんな白沢の人生に、自分は本当に必要なのか。
ラボに寝泊まりし、奇妙な機械や怪しい試薬に囲まれたこの生活は、彼にとって幸せなのか。
「……大知、さ。これが終わったら、元の生活に戻るんだろ?」
「せやな。でも……それでも、オレはここに残るつもりやで? ミツが望むなら」
「それじゃダメなんだよ」
深月は立ち上がった。
「大知、君は……ちゃんとした医者なんだ。俺みたいな、地に足のついてないやつと一緒にいたら、人生狂うかもしれない」
「……それ、本気で言ってんのか?」
「本気だよ。俺は、もう十分だ。これでいい。これで終わりにしよう」
白沢はしばらく黙っていた。深月の横をすれ違い、ドアの前で振り返った。
「……ほんなら、ありがとうな。これまで、一緒にいてくれて」
そう言って出て行く白沢の背中を、深月は最後まで追いかけなかった。
「……それで、今朝、ひとりで手伝って終わらせた。あとは来人で試して、終わり」
深月の言葉に、来人がそっと近づく。秦も黙ってその様子を見守った。
「兄貴、それで後悔しないの?」
「何が?」
「大知さんのこと、好きなんでしょ?」
「……好きだよ」
迷いのない声だった。でもその先に、続く言葉はなかった。
来人はにっこりと笑って、兄の手をとった。
「だったら、自分から追いかけてあげなきゃ。今度は兄貴が」
その手はあたたかく、あの頃、泣き虫だった弟の手とは思えないほど、しっかりしていた。
ふいに、過去の夜空が胸の奥によみがえる。
「過去を変えたら、お前に会えなくなる」
あの時、白沢は黙って頷いていた。あれは、自分の気持ちを受け止めてくれた合図だったのかもしれない。
けれどあの一言を口にした自分こそが、言葉以上の行動を恐れ、立ち止まったままだった。
あのときから何も変われていないのは――自分の方かもしれない。
(――俺は、本当に、正しかったんだろうか)
深月の胸の奥に、迷いの種が静かに芽を出し始めていた。




