ふたりだけの秘密(4)
秦 涼一ん家のインターホンが鳴ったのは、土曜の昼過ぎだった。
「……誰だよ」
ソファでゴロゴロしてた俺は、顔だけ上げる。
「いい。俺が出る」
秦が立ち上がって、玄関へ向かった。
モニターを覗き込むと、そこには、気だるそうな笑みを浮かべた兄・冬崎 深月の顔が映ってた。
「……ったく、嫌な予感しかしねぇ」
ぼやきながらドアを開けると、兄貴が飄々と銀色のケースを突き出してきた。
「はい、お待たせ。来人用特製。仕事中限定で猫化を抑える薬。副作用は、まあ、たぶん大丈夫だろ」
「たぶんってなんだよ……」
秦が険しい顔を向けると、兄貴はふっと室内を見やった。
そこには、顔を真っ赤にしてソワソワしてる俺がいる。
「……ふーん?」
しばらく俺と秦を見比べてから、兄貴はにやっと口元を歪めた。
「……まあ、うまくやれよ」
意味深なことを言い残して、兄貴はさっさと帰っていった。
「……あいつ、絶対なんか気づいてた」
「……う、うん……」
顔を真っ赤にして俯く俺に、秦は無言で手を伸ばしてきた。
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、耳がぴくんと動く。
「……やめろって」
小さく文句を言ったけど、秦はいつもの無表情で手を止めなかった。
***
それから――
俺たちは、本格的に“秘密の同居生活”を始めた。
ただ問題は、同じ会社に勤めてるってこと。
もし俺の猫耳とか尻尾が出てしまったら、一発でアウトだ。
だから、ふたりでルールを決めた。
「俺は早出して、先に会社行く。お前は時間ずらして来い」
「……えっ」
「誰にも見られたくないだろ?」
秦に言われ、俺はしぶしぶ頷いた。
たしかに、ふたり並んで出勤してたら、絶対バレる。
それだけは、絶対に避けたかった。
朝。
秦が先に家を出て、俺はその30分後に出発。
身だしなみを何度もチェックして、深呼吸してから玄関を出る。
それが、俺の日課になった。
薬のおかげで、日中は耳も尻尾も出ない。
……けど、ふとした瞬間にピクッと耳が動きそうになるから、気は抜けなかった。
同僚たちと笑顔で話してる間も、俺の心臓はずっとバクバクしてた。
***
夜。
誰よりも気疲れして帰ってくる俺を、秦は玄関で当たり前みたいに迎えてくれる。
「おかえり」
「……ただいま」
靴を脱ぐ間もなく、ぐったりともたれかかる俺を、秦は自然に支えた。
「お疲れ」
その一言で、体の力がふっと抜ける。
「……疲れた」
「だろうな。ほら、飯できてるから」
手を引かれてリビングに向かうと、テーブルにはちゃんと作られた晩飯が並んでた。
「……これ、秦が?」
「あぁ。お前、まともに食わなそうだったからな」
ぶっきらぼうな言葉。
でも、その奥に優しさが滲んでるのが、すぐにわかった。
俺は、胸の奥がじんと熱くなりながら、無言で箸を取った。
一緒に飯を食って、自然に隣にいる。
それだけのことなのに――たまらなく嬉しかった。
***
食い終わった後は、リビングでゴロゴロ。
ソファに並んで座って、ぼんやりテレビを眺める。
気づけば、体が自然と秦の方に寄っていた。
ウトウトしかけた俺を、秦がそっと腕で支える。
「寝るならちゃんとベッド行け」
「……んー……」
素直に立ち上がれず、秦にしがみつく。
「ったく、しょうがねぇな……」
呆れた声。
でも、秦はため息ひとつついて、俺をひょいっと抱き上げた。
「うわっ、ちょ、バカ、下ろせ!」
バタバタ抵抗したけど、すぐに大人しく秦の胸に顔を埋めた。
「……あったけぇ」
「そりゃどうも」
ベッドに運ばれ、そっと寝かされる。
当然のように、秦も隣に横になる。
「お前、俺以外の前で絶対そんな顔すんなよ」
「……しねぇよ」
「マジで。他のヤツに見せたら殺す」
低くて、でも本気の声。
俺の胸は、きゅうっと締め付けられた。
「……俺、秦しかいねぇし」
「……ああ、知ってる」
そっと、唇を重ねられる。
目を閉じる瞬間、俺は思った。
――この秘密の生活が、ずっと続きますように。
外の世界には言えない、でも、世界一幸せな夜だった。




