君といる“今”を選ぶ(1)
夏の終わりの夜風が、開け放たれたラボの窓からゆるやかに吹き込む。
夜も更けてきた頃、ひと段落ついた作業の合間に、白沢がコップの水を飲みながらぽつりとつぶやいた。
「なあ……ミツって、なんでそんなに、発明に命かけてんの?」
深月は、手元の工具をいじる指を止めて一瞬だけ黙りこむ。
だが、すぐにいつもの調子で肩をすくめて見せた。
「さあな。天才だからってことで」
「またはぐらかして……」
呆れ気味に白沢は笑うけど、どこか気になっている様子は隠せない。
その反応に、深月はふっと目を細め、少しだけ真面目な声になる。
「じゃあ、今夜は特別に、ちょっとだけ教えてやるよ」
そう言って深月は、窓の外の星を見上げながら、自分でもずっと心に秘めていた“原点”を話し始める。
——発明に人生をかける理由。
——両親を亡くしたあの日のこと。
——そして、もし叶えられるならと願っている、たったひとつの「過去を変える」夢のこと。
白沢はそのとき、初めて知ることになる。
深月の発明の最終目的が、「タイムマシン」だということを。
「……うちの親、飛行機事故で死んだんだよ。ちょうど夏休みの終わりくらいだったかな。あのとき、俺は高3で、来人は中1」
静かに語り始めた深月の声は、どこか遠くを見つめるようだった。
白沢はそれを遮らず、ただ黙って隣に座っている。
「最初は、なんかもう全部どうでもよくなってさ。進学も何も、考える気力もなかった。なのに――来人だけは、毎日普通に朝飯食って、制服着て学校行って。あいつ、たぶん泣いてる暇もなかったんだと思う。俺が使いもんにならなかったから」
深月は、自嘲気味に笑った。
「だから医大に行った。医者になれば、何かあったときに来人を守れるかもしれないって……それがきっかけ」
「……ミツ……」
小さな声で白沢が呼ぶ。
「でもな。途中から、ただ医者になるだけじゃダメだって思った。もっと――時間そのものを、どうにかできたらって考え始めた。もし、過去に戻れたら、事故を止められたら……って」
深月の指先が、ふと白沢の手に重なる。
そのぬくもりが、嘘じゃないことを物語っていた。
「ずっとそのために、いろんなもの作ってきた。でもな……タイムマシンが完成したとして。俺がもしその過去を変えたら――きっと、大知と出会わない未来になる」
「……え……」
白沢の瞳が揺れる。
「それでもやるべきなのか、ずっと考えてた。けどさ――もう迷ってない」
深月は、そのまま白沢の頬に触れた。優しく、確かに触れる。
「俺は今、来人と、お前がそばにいてくれるこの時間が、いちばん大事だ。だからもう、失わない選択をする」
「……そんなの、ズルいわ……っ」
堪えきれず、白沢の目に涙が滲む。
でもその表情は、どこか安堵の色に満ちていた。
「ズルくていいよ。俺はお前のこと、全力で選んでるから」
深月はそっと白沢を抱き寄せる。
月明かりに照らされて、夏の終わりの風がふたりを包んだ。
過去に戻れなくても――このぬくもりだけは、確かにここにある。




