猫耳と夏の約束(5)
ホラー映画が終わっても、白沢はソファから動けなかった。
毛布をぐるぐるに巻きつけたまま、うさ耳はしゅんと垂れ、しっぽはぴこぴこと微妙に震えている。
「……おい、もう終わったって」
深月が声をかけると、白沢は震える声で返した。
「お、終わったのは知っとるけど……目ぇ開けたらなんか見える気ぃして……!」
「見えねぇよ。てか、耳まだ生えてるぞ」
「ぅ……わかっとる……戻れへん……」
情けなくうずくまる白沢に、深月は思わず苦笑する。
「……しゃーねぇな」
深月は冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してストローを挿し、そのまま白沢の口元へ差し出す。
「水分くらい取っとけ。耳としっぽ、脱水でも戻んねぇぞ?」
「……うぅ……サンキュ……」
ストローをくわえながら、もぐもぐと咀嚼音のように吸う白沢の姿は、どこか本物のうさぎを連想させた。
「……可愛いな、おまえ」
不意に出た深月の言葉に、白沢の耳がぴくんと跳ね上がる。
「かわ……っ、かわいないわ!!」
「かわいいぞ? 耳とか、ぴくぴく動いてんのがめちゃくちゃ素直で」
「言うなぁぁ……っ!」
顔を真っ赤にした白沢は、さらに毛布に潜り込もうとする。
しかし、深月は逃がさない。
「てか、寝る気だろ?風呂、まだだろ」
「無理や……シャワー中に後ろから何か来たらどうすんねん……!」
「来ねぇよ」
「来るぅ……」
仕方なく、深月は白沢の腕を取って立ち上がらせる。
ふにふにとしっぽが抵抗するように揺れるが、それすらおかしくて、深月は思わず笑った。
「……ったく、甘やかしすぎてダメになってんな」
「……ダメにしたんミツやろ……」
ぶつぶつ言いながらも、白沢は風呂場へと向かい、やがて、ぺたぺたと濡れた髪のまま戻ってきた。
うさ耳としっぽは、まだついたまま。
「……やっぱ、戻らへん……」
「そりゃそうだろ。おまえ、まだビクビクしてんのバレバレだしな」
深月は立ち上がり、棚からタオルとドライヤーを取り出すと、ぽんぽんと自分の前を指さして白沢を座らせた。
「動くな。乾かしてやる」
「えっ、ええって!自分でやるし……!」
「いいから黙って座れ。うさ耳立てたまま風邪ひいたら、余計戻らなくなるぞ」
観念したように座る白沢の頭に、やさしくタオルがかぶせられた。
耳を避けながら、そっと水分を吸い取る手つきはやけに丁寧で、白沢はくすぐったそうに身をよじる。
「……なんか、子ども扱いされてる気ぃする……」
「そりゃ今のおまえ、見た目も中身もうさぎだからな」
「……否定できんのがつらいわ」
タオルでおおまかに拭いたあと、深月はドライヤーのスイッチを入れた。
温風が静かに髪を揺らす中、白沢は目を閉じ、
されるがまま頭を預けている。
「……やさしいな、ミツ」
ぽつりと漏れた声に、深月は手を止めないまま返す。
「普段、苦労かけられてる分くらいは、返させろよ」
「……返し方、イケメンすぎる……」
「知ってる」
「あ、調子乗った……」
乾かし終えた髪を整えてやると、白沢はそっと目を開けた。
うさ耳はぴくりと揺れて、しっぽも控えめに揺れる。
「……ありがとな」
「お礼は、耳撫でさせろ」
「やっぱ調子乗っとるぅぅぅ……!」
深月は笑って、白沢をそのままベッドへ押し倒すように軽く引き寄せた。
「ビビって眠れないんだろ?寝るまで撫でてやるよ。耳も、しっぽもな」
「や、やめろぉぉぉ~~~~!」
抗議の声を上げながらも、布団にくるまる白沢のしっぽは、小さく左右に揺れていた。
耳まで真っ赤にしながら。
その夜。
深月の部屋に響いたのは、ホラー映画の余韻ではなく――
くすぐったくもあたたかな、夏の夜風と、笑い声だけだった。




