猫耳と夏の約束(1)
夏の夕暮れ。
浴衣姿で祭りにやってきた来人は、そわそわと落ち着かない。
「……人、多いな。ほんとに来たかったの?」
「来たかったよ。お前が浴衣着てくれるなら」
さらりと本音をぶつけてくる秦に、来人は「……ばっかじゃねぇの」とそっぽを向いたが、頬はほんのり朱に染まっていた。
いつもの口げんかを交えつつも、屋台を回り、金魚をすくい、少しずつ笑顔が増えていく来人。
だが――。
「……あっつ、なんか耳、かゆ……んっ」
ぴくん。
来人の頭の上に、ふわふわの猫耳が現れる。
「……やっべ。薬……飲み忘れた……!」
感情が高ぶったり緊張したりすると、一時的に猫化する――。
動物的反応を抑える薬を、今日はうっかり飲み忘れていたのだ。
「落ち着け。人混みにいたらまずい、こっち来い!」
とっさに察した秦が、来人の手を引いて屋台通りから離れた裏道へと導く。
「ちょ、待っ……どこ行くんだよ…!」
着いたのは、河川敷から少し外れた、見晴らしのいい高台。
遠くで打ち上がる花火が、ふたりの影を照らしていた。
「……っ、バレてないよな……猫耳……尻尾も……」
「平気。誰も見ちゃいない。今のお前は……俺だけが見てる」
そっと肩を抱かれた来人は、抵抗できずにうつむいた。
「……なんか、恥ずかしい」
「可愛いって意味だから、安心しろ」
秦の言葉に、来人の耳がぴくりと揺れる。
尻尾は意思とは無関係に、秦の足元をくるくると撫でた。
「……っ、これだから猫化すんの、イヤなんだよ……」
「俺は好きだけどな。来人が素直になるから」
「うるせ……」
ぽん、と秦の肩に頭を預けると、猫耳がふわりと触れた。
そのまま来人は、やや拗ねたような声でぽつりと呟く。
「……来年も、俺が猫でも、人でも……隣、いてくれる?」
秦は笑って、小さく頷いた。
「来人なら、どっちでもいい。ずっと隣にいてほしい」
遠くで、ひときわ大きな花火が咲いた。
ふたりの影が、そっと寄り添って溶けていく。
そして、夏の夜風に紛れて――猫耳が、くすぐったそうに揺れた。




