ふたりとふたり、そしてこれから(4)
ある日の深月の自宅ラボ。
白沢は、いつも通り薬を飲んで動物的反応を抑えていたが、ふと深月がぽつりと呟いた。
「……なあ、大知。お前、うさ耳出たときの生え際って、どうなってんの?」
白沢はぴくりと肩を震わせた。
「は? なんでそないなこと気にすんねん」
「いや、単純に気になっただけ。観察しておきたいんだよね。戻すためにもさ」
深月はソファに無造作に座り、興味ありげに白沢を見上げた。
そのラフな態度に、逆に心臓が跳ねる。
(アホか、ミツの言うこと真に受けたらアカン……)
(けど、ちょっとでも元に戻る手がかりになるんやったら……)
ぐるぐる悩みながらも、白沢は小さく舌打ちし、しぶしぶ薬を飲むのをやめた。
すぐに、微かな違和感が頭にじわじわと広がる。
「……うわ、出てきた、出てきた」
深月が近づき、顔を覗き込んでくる。
白沢の耳元から、ふわりと柔らかい白色のうさ耳が伸び始める。
「や、やっぱ恥ずかしいって!」
思わず身をよじる白沢を、深月はまるで研究対象を扱うみたいに、無遠慮に手を伸ばしてきた。
「ちょ、近い! 近いっちゅうねん……!」
「動くなよ。ほら、根本、こうなってんのか……」
深月の指先が、耳の根元に触れる。
その触れ方は妙に優しくて、白沢の胸の奥が、きゅうっと鳴った。
(なんで……なんでそんな、普通に触んねん……!)
顔が熱い。
自分が恥ずかしがってるのを、深月がどこまでわかってるのか、わからない。
「やっぱ……ちゃんと皮膚から生えてんだな。すげぇな、お前」
「ミツはほんま、無神経や……」
ぼそりと文句を漏らす白沢に、深月はいたずらっぽく笑った。
「でも、嫌なら言えよ? やめてやるから」
その、どこか甘えるような言い方に、白沢はぎゅっと拳を握る。
(嫌なわけないやろ……! むしろ、もっと触ってほしいくらいやのに……)
けど、素直に言えるわけもなくて。
白沢はただ、真っ赤になった顔をうつむかせた。
「……もう好きにせぇよ」
ぼそっと漏らした声に、深月は一瞬目を細めたが、何も言わず、再び白沢の耳元に手を伸ばした。
ラボに満ちるのは、静かな息遣いと、ほんのり甘い空気だけだった。
「ほら、ちょっとじっとしてろって」
深月の低い声に、白沢は抵抗をあきらめたように小さく息を吐いた。
そっと触れる指先が、白沢のうさ耳の付け根を撫でる。
「……っ」
耳がぴくりと跳ねた。
「……ん? もしかして、ここ、くすぐったい?」
深月が悪戯っぽく笑う。
白沢は顔を赤くしたまま、ぷいっとそっぽを向いた。
「し、知らん!」
その反応が可愛くて、つい深月はもう一度、根元を撫でる。
ふわふわとした毛並みに、指が埋もれる感触。
なのに、下には確かに白沢自身の生身の熱がある。
「……ちゃんと、大知の一部なんだな」
自然にこぼれたその声に、白沢はびくりと肩を揺らした。
ふざけた空気ではない。
研究対象を見る目でもない。
「……っミツ」
ようやく、白沢は耐えきれずに顔を上げた。
深月と目が合う。
ふたりの距離は、指先ひとつ分くらいしかなかった。
「なぁ、ミツ……からかってんのか?」
白沢の声は、掠れて震えていた。
深月はふっと苦笑し、手を離した。
「からかってねぇよ。……大知が可愛いの、前から知ってたし」
あまりにも自然に、照れもせず言うものだから、白沢は完全に撃沈した。
「……アホ」
情けないくらい小さな声でそう呟くと、白沢はもうそれ以上、深月の顔をまともに見られなかった。
代わりに、うさ耳をぺたりと伏せる。
そんな白沢の様子に、深月は満足そうに目を細めた。
「まあ……もうちょっと観察させろよ。ほら」
ひょいと白沢の前髪をかきあげ、うさ耳の生え際を覗き込むふりをしながら、深月は、そっと白沢の額に自分の額を合わせた。
「っ!!」
驚いて飛び退ろうとする白沢を、深月は軽く腕で押さえた。
「……大知」
深月が、低く優しい声で呼んだ。
白沢の胸が、ドクンと跳ねる。
(やばい。俺、ほんまに、ミツのこと……)
――好きや。
ごまかしようのない気持ちが、白沢の中にあふれかえっていた。




