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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第2節 8章再会編Ⅱ-Ⅲ

遠く離れた黒の世界、和のイメージをそのまま写し取ったかのような一室では二人の女が向かい合っていた。

片方は雅な紅の十二単のような格好に身を包み、桃色の髪が地面を彩っていた。

もう片方は幼なげな見た目をした幼女で、その体を覆い隠すようなローブを身に纏い、明らかに年不相応かつ無礼であろうに部屋の壁に腕を組んで座る女性を見つめていた。


「そうですか、ゲンジさんが剣聖に見つかって、かつ召喚者を殺そうとした...」


「そうじゃ。お主は一応アレの母になったのじゃろ?そこらへんの子守をしてやるのもお主がアレを引き抜いたからには当然、此れを対処しなくてはな。」


歳不相応にも挑発的な姿勢を見せる幼女はその長い髪をいじりながら、目の前に鎮座するツバキにそう問いかける。


「それはもう、伝えておきましたわ。」


「伝えておいた?剣聖に見つかった時のことだけでなく、召喚者を殺そうとした時もかの?」


「いいえ、私が伝えたのは剣聖のみです。

召喚者を殺そうとしたことなど、別にそれが生きているなら何も気にする必要はありませんもの。」


「では、もう移送の準備は整えてあるのじゃな?」


ツバキはエマにそう問いかけられると見せたこともないような深く暗い笑み浮かべ嗤いだす。

その光景に、エマは何か嫌な予感と、そのエクボに秘められた真が気になって仕方なくなり、思わずツバキと初めて視線を交わし、その瞬間に確信した。

「お主、ゲンジに何を言った。」


「世界は選択を迫られております。新たな闇の魔法使いを拒むか、受け入れるか。


私達はそれを受け入れました。たとえそれが人類史に讐成す狂気だったとしても。


私はずっと考えておりました。醜い生き恥を晒し、この身を暗きに堕としてまで託した人類に世界を担うだけの価値があるのか。

私達が裏切り、魔族にそれを託したのなら世界は救われたのでしょうか。


いいえ、それも今なら違うと言える。私達が誤ったのは種族の選択ではありません。

まして、知性の差でも、体格の差でもない。我々は等しく生物という一重の命を共有する種ですから。」


「何が言いたい....」


「世界に再び闇の時代を到来させる。いいえ、世界は闇の時代を受け入れる。

彼が侵し、彼が裁く。人類には到達できなかった狂気の果てを持って、彼が。私達が全ての悪を統べ、この世界に再び均衡をもたらす。

根源など不要、我々はこの世界に再びの秩序をもたらすのです。」


「ゲンジを奴隷都市へと引き合わせたのはお主の計画じゃったのか。汝等闇の時代を築いた礎、再びヨルの世界でも作ろうというのか。」


「ヨル?いいえ。私はこの世界に秩序を生み出させるの。

もはや人類は魔法による本質的な理由でなく、獣のように衝動に駆られるまま、ただただ排除しようとしていますもの。

光の魔法でもなく、闇の魔法でもない。魔法という単一の存在を等しく享受する世界を。」


「貴様そんなことを...」


「貴方達とて例外ではありません。これはすでに来る未来のこと。クリス様が召されてなお根源は生み出されなかった。いい加減、人類の我儘に付き合うのには飽き飽きしているのですよ。


ただ、彼はそれをまだ拒んでいるようです。ですが、それもまた時間の問題...」

エマはその黒い視線をツバキに向ける中、その深い陰にいる女の相貌はどことなく紅い野望を孕ませていた。







ゲンジの手から剣が虚空へと溶け出す。


向かい合う赤と青の男達が不敵に笑みを浮かべると、差し出された手がゆっくりと交差する。


熱と熱が伝わり合い、残酷な暖かさが伝わってくると、肉の鼓動が両者に伝わる。


「お前の考えはわかった。」


ゲンジがそう話し始めると、オキアスはその笑みにさらに深い影を落とす


「だが。」


強く手が握り込まれ、2人の体が僅かに近寄る。


その瞬間、オキアスは思わず後ろへと体重をかけるものの目にも止まらぬ速さ、強さでゲンジの元へと引き寄せられる。


「生憎、俺は俺の信じた道にしか従わない。


捕まえたぞ、ヴァンマーク・オキアス!」


ゲンジはオキアスの元へと伸びている腕を曝け出すと、横一閃、黒い刃物のようなものが駆け抜けるとゲンジの額から鮮血が跳ね上がる。



「ブラッドスティンガー!!」

澄み渡るような声、ゲンジの背後から音もなく現れた白がそう咆哮するとゲンジの飛び上がった血が一気に針状に造形され、オキアスに襲いかかる。


ゲンジはあまりの深い傷に勢いよく抵抗されるその手を離してしまうものの、ゲンジとはまた違う鮮血が飛散すると、目の前にいたオキアスはゲンジの元から飛び去ったまま、顔を抑え、嗤っていた。




「私に攻撃を与えたのは貴方が初めてですよ、ゲンジ。

この痛み、この苦しみ。悔しさは私が貴方にしたことの代償として受け取りましょう。


ですが、貴方は必ず我々と共に戦うことになる。

これは、確定事項です。返事の方は、お待ちしていますよ。」


オキアスは血を流しながらも不敵に笑うと、振り返り、歩き始めた。



「じゃあな、ゲンジ。テメェのツラ、覚えたぜ。」


ヴィルヘルムもまた振り返り、歩き始めると、やがて2人の姿は燃え上がる炎の中へと消えていき、消失した。


気配が消え、空の赤が侵食すると、ゲンジはゆっくりと両膝を地面に落とす。


顔にはじっとりと脂汗が滴り、干上がった肺の悲鳴が絶え間なく胸を上下させ、激痛を流し込む。


右腕は湯気をあげ、黒く焦げた患部からは肉の焼けたにおいが鼻を突く。


「ゲンジ様。」


「なぜ治らない...」


「相手は剣聖ですわ。聖刻を使わなくとも、相手に多大なダメージを与えることも容易ですわ。

治りが遅いのではなく、直す箇所が多すぎるのです。」


芽亜利がゲンジに駆け寄るものの、ゲンジはそれを制止する。

「触るな。それより、シノハラを解放しろ。」


ゲンジは地面を見つめ、苦痛に耐える中鋼鉄の紐に包まれたシノハラの拘束を芽亜利は言われた通り解いてやると、ヨロヨロと立ち上がろうとするも、篠原は立つことができずそのまま座り込んでしまった。



「無様だな。それで何を護る。」

篠原は覚醒した意識の中、無力さに思わず奥歯を噛み締める。


「芽亜利、エレーナさんとペトラは。」


「シャルロット公が門前にて敵兵の対処をしておりますわ。

非戦闘員はその中に収容されております。」


「街は。」


「残念ながら、そこまでは掌握できておりません。

孤立した分隊は愚か、ほぼ全滅と考えてもいいやもしれません。」


「無様なのは俺の方か。」


「いいえ、剣聖2人を相手に返り討ちしたのですからむしろ命僅か数百如き、お釣りが来ますわ。」


ゲンジは顔を顰めながらも笑う


「ゲンジ様、お早く逃げる準備を整えた方がよろしいのでは?

いくらなんでもお体に触りますわ。」


「貴方、一体何を言って...」


「黙りなさい。ゴミクズの分際で、ゲンジ様の御前に生かされているだけで感謝すべきですわ。

それが愚かにも、ゲンジ様の命をこの街如きに投げ捨てろと?」



「いいんだ、芽亜利。

俺がそうしたいんだ。」


ゲンジは剣を発現させると、地面に突き刺し、ゆっくりと立ち上がる。


足元は覚つかず、剣の柄を軽く握り、杖のようにして城へ向かって歩き出す。


「その土産を連れてこい。俺のことは気にするな。」


芽亜利は言われた通り篠原の前に立つと、軽く舌打ちをした後、篠原に肩を貸すようにして起こしてやると、ゲンジの後を追い始めた。


途中、いくつもの人面鳥が襲いかかるものの目にも止まらぬ速さでゲンジが魔法のみで一蹴する度、篠原の顔色が悪くなっていった。




「おい、なんだよあれ....人が宙に浮いて...」


その街にたった今たどり着こうとした6人の影、龍弥達一行は厚い雲に覆われた中に生まれた一つの大穴を見上げ、思わず正吾が驚きの声を漏らす。


人が浮き、その視界のギリギリに形を捉えるか否かの所。一行はただ上空を見つめていた。


「ミーシャちゃん!」


「私にもわからない。ただあれが只者でないことはわかる。」


「だったら、俺らも行かなきゃ!」


「貴様正気か?正吾。」


「当たり前だろ!げんげんとシャルロットちゃんがいんなら、助けに行って当然だろ!」


「昨夜から貴様...」


ミーシャの心の端に怒りが芽生え、その拳を強く握り込む中、その間に割り込むように鏡花が前に出る。


「ミーシャちゃんお願い!どうしても、源二君に、シャルロットちゃんを助けて、会いたいの。」


少しもかからない静寂の中、ミーシャの心が揺らぎ始める。


元々、シャルロットには召喚者達を連れてこないようにと言われてきた。

ここまで連れてきてしまったのも自分の都合であり、十分な違反。

奥歯を噛み締め、断るべきだった。


しかし、今は誰よりもあの場に飛び込み、助太刀をしたいのは自分自身だった。



「私とて、シャルロット様の元へ向かいたい。」



「だったら!」


「だが、貴方たちの中の仮初の正義感があるなら、ここでやめたほうがいい。」


ミーシャは一度目を閉じ、呼吸が少し浅くなる。

「ここから先は戦場。

いつ、隣にいる友が、愛人が死ぬかもわからない世界だ。

貴方たちがそれを理解しているのですか。」


「ミーシャちゃん...」


鏡花は思わず、後退りする。

今までにないほどに重々しい空気に包まれる中、1人の少年の足が前に進む。


「仮初の正義感だと?俺らだって大切な友達があそこで苦しんでんだ。

舐めんじゃねぇよ。」


そう言い放つ龍弥の相貌がミーシャの視線と交差すると、龍弥は後ろを振り向き走り出した。




街へとたどり着くと、そこでは見たこともないような半人半鳥の君の悪い者たちが人間と退治していた。

戦局は一進一退かつ、泥沼そのもの。

一匹倒しては、また次が現れ、そこらじゅうの人々が新たに現れる新手との戦いを強いられていた。


次第に兵士たちからも力尽きるものが現れ、魔物のようなものに群がられると肉を貪られ、天へと召される。

その度に少しずつ空が胎動する。


悲鳴が上がり、あるものはただひたすらに咆哮し、あるものはひたすらに謝罪し続ける。

そんな地獄を直視できるものはまだ龍弥くらいしかいなかった。

誰もが耳を塞ごうとしたり、目を逸らそうとする。


「それで、どうするのだ。龍弥。」


途端にミーシャに問い詰められる。


「まずはシャルロットさんのところへ行こう!」

ミーシャは軽く頷くと、城の方を指さし走り出す。


道端には幾多の戦い、鮮血、悲鳴、怒号が殴り捨てられていた。


鏡花や凛、和や正吾はこうなると知っていながらも想像を遥かに絶する地獄に思わず目を背け、龍弥の後を追うように、ピッタリとくっついて走る。

呼吸は浅くなる中でも、鼻をつく赫の匂いを遮るように口ものに手を当てたりしながらも、城を目指す。


「伏せろ!」


ミーシャが咆哮したその瞬間、情景反射的に皆が体を屈める。


再び正面を向き直ると、先程兵士たちが戦っていたものと同様、胴体を中心とした部分は人間、それ以外の部分は禍々しい鳥の見た目をしていた。


しかし、それをもろともせずミーシャはどこからともなく剣を発現させると、目にも止まらぬ速さで切り裂く。


当然、鮮血が流れ出し、飛沫を浴びるとミーシャは剣についた血を振り払う。


「先を急ぎます。」

ミーシャはそれだけしか言わなかったものの鏡花達の中には完全に冷え切った何かが生まれ始めた。

あまりに常軌を逸した光景に誰もが肝を冷やす。そんな雰囲気だった。



一見、余裕に敵を屠ったように見えたミーシャだったが、城へと向かう道のりの中、彼女は頭を刺すような鈍痛に思わず視界が眩んでいた。


「ミーシャちゃん!!」


突然発せられた鏡花の声に、思考の世界へ、虚空の世界へといつの間にか落ちていっていた自分の意識が覚醒させられる。


強い衝撃と痛みに襲われる中、さらにその衝撃は背中からも伝わる。


瓦礫が背中を強く打ちつけたのだ。

苦悶の表情を浮かべながら、その主の方を見るとやはりまた同じ人面の鳥がうすら笑いを浮かべていた。


ミーシャは口を開け、空気を取り込もうとするもその願い叶わず、ただ体の中から止めどない咳だけが放たれる。


最悪だ。ただでさえ身体の調子が良くなかった。

少しだけならと無理もできたがここは戦場だ。

召喚者たちにそれを忠告しておきながら、結果的に主人を守りたい一心でその気を書いたのは自分自身だったのだと今更に気づいたのである。


人面鳥が再び大きく飛び上がると、自分めがけて降下する。

それとは反対にミーシャの体は全くと言っていいほどに動かない。

気持ちとは裏腹に体が死を受け入れてしまったかのように思えた次の瞬間、目の前に鮮血が弧を描く。



「リュウヤ...」


ミーシャの放った微かな声はその男に届くことはない。




鮮血が飛沫し、雷紋が虚空に馳せるその刀をもった龍弥は襲いかかる魔物を次々と斬り伏せる間に、鏡花達がミーシャを助け出すことに成功する。

一同は再び城に向かって走り出そうとした次の瞬間、その行手を阻むようにして、さらに人面鳥が降り注ぐと、一同はみるみるうちに周りを囲まれてしまった。


「おしまいだぁ!!!」


正吾はこの期に及んで縁起でもないことを口ずさむ中、それでも誰もが心の中に死という文字が浮かび上がる中、やはり龍弥だけは諦めることはない。


「なに諦めてんだよ正吾。お前が俺に教えてくれたこと、やってやるぜ、今ここで!!!」














「堪えなさい!奴らに人類の何たるかを教えてやるのです!


ラスターコンフリクト!」


凄まじい閃光の光線が網のように空から降ってくる人面鳥を撃ち抜く。


本体であろうハルピュイアを中心に、紅く染まった空から降り注いだ魔物たちの対処にシャルロットは軍を率い、戦いに明け暮れていた。


ゲンジを襲った存在、シャルロットでさえわずか数回しか目にかかったことのない存在だったが、あれが剣聖であることは瞬時に理解できた。

というのも、シャルロットはあの豪傑の男が飛び込んでくるまで一切の気配を感じ取ることができなかったのだ。そんなものが、あんな身の毛もよ立つ大魔法を前に喧嘩をうる人間はそうそういない。


だがそれよりも、今の自分には上に生まれ堕ちようとしている厄災を止めるほかなかった。



また1人、1人と兵士が倒れていく。

その悲惨な叫びが一つ、もう一つとシャルロットの耳に届くごとに唇を噛み締める。


死体に人面鳥が群がると食い荒らし、その体が天に召され派が如く浮かび上がっていく。


四肢が離れ、新たな形として生成されていくその過程はまさに地獄のような悲惨さを物語っていた。


このままではいずれこの城どころか、全滅を迎えてしまう。戦況はやはり劣勢に他ならなかった。


シャルロットは滲む汗を気にすることもなく魔法を連発していた中、再び空が鼓動する。


一瞬、自分の五感を疑いたくなった。

信じたくなかった。また最初に来たとんでもない攻撃が再び繰り出されようとしているかどうかなど、考えたくもなかった。

手持ちの魔法を捻出しているせいで消耗も凄まじく突然二発目は防げるわけが無い。


「シャルロット様!!」


誰がその声を発したのか、軍勢の中に他人を気遣う余裕がある家臣がいるのか、それほどに自分を慕っていた者が居たのだろうか、おそらく後者であろうそんな思考さえも許さない刹那の時間、まるで時が鼓動をやめてしまったかのように感じられた。

こんなにも、簡単に死んでしまうのか。



シャルロットの中に走馬灯が駆け巡る。

思えば、いつも自分は魔物の相手をしてばっかだと思わず噛み締めた奥歯が解け笑みが湧き出てくる。

その度に、1人の男。ゲンジという男が関わっていた。


「冗談じゃないわ。なんで私があんな男如きに!!」



シャルロットは無我夢中でありったけの力を振り絞り障壁を展開する。


ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!


再び凄まじい咆哮が轟くと、それに対抗するようにシャルロットも叫びながらも障壁を展開する。


空気の振動、鼓膜を掻くような高音と圧力は容赦なくシャルロットを押し潰そうと襲いかかる。


しかし、シャルロットの障壁は崩壊することを知らず美しい円形が保たれ続けていた。


街は音を立てて崩れる中、その障壁の後ろにいる者達は先頭に立つその美しき戦姫の姿を眼に収め祈る。



「最初からやれ。」


音圧が溶け、それに比例するように体から耐えきれなくなった力が抜けていくと、その空っぽになりつつある自分の体を支えるように肩口に手を置かれる。


「貴方、ボロボロじゃない。」



ゲンジはそれを鼻で振るとシャルロットはゆっくりと地面に足をつく。

胸が絶えず上下し、視界が明暗を繰り返す。

いわば魔力切れに相当するような一時的に大量の魔力行使を行なったがあまり酷い体の倦怠感と酸欠のような状態を引き起こしていた。


ゲンジは再び城の前に立つ。

今の咆哮を皮切りに、さっきまでわずかな形を帯びていなかったハルピュイアの体は完全に完成を迎えていた、いわば羽化の咆哮だったのだ。


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