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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第2節 7章 再会編Ⅴ

キャンプに程近い森の中、少女の周りにはゆっくりと芝が禿げ、地面の濃い茶色が一つの線を描き、紡ぎ出す。


「我が子、我が僕、妖精帝である我が命ず。

我は前にして個、個にして全たるものなり。

我が敵を撃つ力を風の導きに願うものなり。

エターニティーペイン!」


そう言葉が紡ぎ出されると共に、その翡翠の髪が大きく虚空へと揺れると。

ゆっくりと少女の周りには人型をした何かが現れ始める。


エターニティーペイン。

エラが使ったその魔法は、妖精が妖精と呼ばれは所以となった外界への接触。

妖精が人間などに悪戯をするためにわざと姿を見せたという話から発展し、相手の記憶、魔法を使用した人物と司会関わりのある人物の心を探り当て、惑わせる魔法だった。


現れた人影は人らしい形を帯びているものの、末端や目に至るまでがすべて単色で、形だけを模しているとしか言えない。

それが森からゆっくりと中へ浮かび上がると、テントの方へと飛び去った。



しばらく、エラは目を瞑りその帯のような薄く長い長剣を地面に刺し、しだれかかるようにしていた。

目元、手元、耳元など全てを覆い尽くしていた彼女であったが、雰囲気だけで今彼女は目を瞑り、集中していることがわかるような冷めた空気が漂う


「見つけた。」

顔を上げ、少女はテントの方向に向かって走り出す。


思ったより見つかることが早かったことに不信感を抱くものの、今更迷っている暇はない。一度見つけてしまったということは、向こうにもまた見つかってしまったということ。

早く行かなくては奇襲の意味もまたなくなってしまう。


耳を通り抜ける金属音と風が抜けていく音。

エラはテントを揺らさないほど、穏やかに、軽やかに迅速にその主へと走っていく。

この速さであれば本人かもしれない。少なくともかなり関わりの深い人物であることは確かだった。


視界が開け、テントから少し離れた場所で向かい合う一人の赤髪が目に入る。


眠りにつこうとしていたのか、鎧はなく、夜襲に備えて最低限動き回れるような気品のあるドレスを身に纏っていた。


次の瞬間、波を打ったような剣が懐から飛び出すと、自分の放った精霊がその波打った剣の軌道にかき消されると同時に、高く飛び上がる。


取った。


少女はそう心の中で確信し、大きく宙を舞い、その首筋の背後目掛けて足を突き上げる。


もっとも、エラは本気で目の前の女性を殺すつもりなど毛頭ない。

関係があるだけで、具体的にどんな間柄かどうかもわからなければ、ゲンジにでさえもその真価を問いたかっただけだったがゆえに、その剣を振るうことはなかった。


次の瞬間、エラの足から放たれた軌道は寸分の狂いなくペトラの背後を貫くと思われた。

だがその軌道は見事に空を切ったのだった。


地面に不時着し、目の前に立つ女を視界に捉えると、初めてエラは思い知る。


「光の魔法使い...」


「いきなり襲ってきていい度胸じゃない。ここで思い知らせてやるわ。今夜は鬱憤が溜まりに溜まってるの。ちょっと、ツラ貸しなさいよ!」


再び波打った剣が、エラを目掛けて振り抜かれる。

間違いなく本気で殺しにきているようなタチ筋なことに間違いなく、これにはエラもその手に握られた薄い剣を抜かざるを得なかった。

鉄が震え、空気が叫ぶ。

甲高い鉄が夜風を幾度となく振るわせる。


「なかなかやるじゃない。」


「あなた、強い。」


エラは携えた剣を握り直し、体勢を整え、後ろに構える。


交わした言葉も、息遣いも、甲高い鉄が弾ける音もない。


次の一撃が間違いなく大事になる。その空気だけが二人を支配していた。


今目の前に立つ赤髪の女性は、光の魔法使い。それも、想定内だったはずの魔法にも関わらず、その魔法を使ったことにさえ気づかせないまさに上手な魔法と言える。

そして、それと相反するように豪傑で大胆な筋はその雅な魔法と会い混じり全くと言っていいほど抜け道がない。


体重が少しずつ前へと移動していくのがわかる。

二人は互いに互いの体が鼓動し始めるのを感じると、地面が沈み込みそうなほど強く踏み出した。


刹那、二人の間に夜空を覆うほど大きな鮮血の糸が包み込む。


「誰?私にこんな下劣なものを汚したのは。この私とて、笑えないこともありましてよ?」


暗く輝く夜空の中、エラがゆっくりと月に照らされゆくその姿を捉える頃には、わずかに漏れ出た汗が、頬のあたりを濡らしていた。


「どうして...」


「何故、あなたがここにいるのかしら。」


「ペトラ!その子!風の剣聖よ!!」


エラが視線に捉えた白い少女のような見た目をした悪魔の背後にいた女性、長い黒髪をおろした見たことのあるその女性に、エラは確信する。

間違いなく、ここにゲンジはいる。


それと同時に、ペトラもまた、決心する。


早くはあったが、ついにゲンジの存在が剣聖に掴まれる時が来てしまった。

もう後戻りはできない。

ずっと心に決めていた、ゲンジへの熱い思いがペトラの手に握られた剣の柄をより強く締め付けさせた。


「こいつは私が殺る!下がってて!!」


ペトラの視線がより一層厳しく、冷酷になる。体からは可憐な女性とは思えないような棘々しい気持ち悪さを感じ始めるほどに、その体を闘気であふれさせる。


「アンタ、剣聖らしいわね。」


「そう。私は風の剣聖、妖精帝エラ。」


「あっそ。アンタに名乗る覚えはないわ。私の大好きなアイツを奪いにくる奴に尽くす礼儀なんてないもの。」


「殺したいわけじゃない...」


「いきなり殴りかかってきて、よく言うわよ。」


「本当。」


「なら教えてあげる。最初からここにくるべきじゃなかったわね。私は本気であなたを殺すわ。あなたがそうでなくともね。」


「話が通じてない。」


エラは溢れ出る本心が、まるで心の嘆きの如く溢れ出すが、目の前にいる女の言い分も当然わかる。

相手はかなりの腕前ということもあり、一度戦いが起こったらどうなるかは自分自身にもわからない。


「ゲンジは、ここに来る?」


「きっとね。」


「なら、私も戦う。」


薄い鉄がうねり、夜風を一層震わせるとその切先は目の前に立つ赤の女性を目指して伸びる。


再び二人の中には重い空気が流れる。


刹那にも満たないその合間、激しい火花と激音が轟く。


さっきの交戦はたしかに間違いではない、目の前にいる赤髪の女性はたしかに強いのだと再び確信するが、その思考の端切れさえ許さないほどに、大胆に距離を詰め、斬りかかる。

本気で殺す、たしかに彼女はそう言ったがこれほどまでに圧力があってはこっちが気圧されてしまう。

その思考に至ったのはわずか一瞬


「ワールウィンド!」

唱えると共に少女は軽やかに空中に飛び上がる。


相手が光の魔法使いであれば、全属性が使える。

相性間による有利不利を狙うよりも、自分が最も得意とする風を存分に活かすのが唯一の勝ち筋だと判断したのだった。


「逃がすわけないじゃない。」


一気に体が自分の意思とは反対に引き寄せられ、地面へと墜落する。


突然に引っ張られるような感覚を覚えたエラは困惑しながらも、鈍痛を抑えるようにして立ち上がる。


土を払う中、少しだけ切れた布端が目に飛び込んでくる。

布を超え、その下に備える柔肌からは綺麗に一本の線が入り、鮮血が流れ出る。


「その剣、厄介。」


波打つ剣、それは、波を打っているからこそ、接地面は他の剣と同様でありながら、その波と波の頂点と頂点が剣本来の厚さとなって襲いかかる特性はペトラの得意とする1対1にもつれこませる保有魔法の特性にこれ以上ない進化を発揮することができた。


「残念ね、距離をとって逃げようとしたみたいだけどここからは正真正銘のタイマンよ!」


エラは咄嗟に左右を見渡す。

まるで厚いフルプレートに身を固めた騎士が周りを取り囲んでいるような重圧感、金色に光り輝く剣のシルエットが周りに堕ち、一つの縁を描き、その中に二人が立つ。



「妖精さんが、いない...」


一対一、その意味が今になって理解できた。

先程まで自分の周りや、絶えず交信できていた妖精たちの気配が全くと言っていいほどない。

今までに聞いたことも、見たこともない魔法、これが限られたものにのみ与えられる力、固有魔法だと実感する頃にはエラの中に一つの決心が生まれる。


エラは薄い長剣を地面に刺すと、ゆっくりと頭の後ろの方へと手を回す。

帯が解け、ゆっくりと瞑ったままの目が大気に触れ、冷たくなる。

次に耳当てが落ち、レースの手袋が床に落ちると、純白の布の汚れなど気に求めず、ゆっくりと剣を引き抜く。



「いくわよ!!」


ペトラは一気に身体中に力を込め、二人を隔てる空間を飛び抜け、追い越していく。

それは目にも負えないほど早く、光でさえも遅く遠い世界。


しかし、次の瞬間周りを囲う光のアーチは音もなく闇の中へと消失していくのだった。

ペトラが崩れ落ちる視線の先、そこには紅く輝く相貌が剣の振り抜いた切先の先端、ペトラの相貌を強く見つめていた。












「何の用だ。」


月が傾き、次第に空が赤黒く染まり始める頃、テントへと戻ったゲンジはその視線の先にある女へと目を向ける。


ゲンジは目の前にいるペトラ、否、その背後にいるものに向かって視線を向けていた。


ペトラは後ろ手を拘束され、雅で動いやすいドレスのような衣服の端端から鮮血が滲み出ている。

それでも、目は死ぬことなくただ申し訳なさそうにゲンジを見つめ、その首筋には帯のような細く長い剣がかざされていた。


「仮面、外して。」

もうどうせ、ここに来たということは正体がバレているのだ。隠す必要もない。


ゲンジは黒い闇の中、ゆっくりと怪鳥の仮面を取り、そのローブを虚空へと溶け込ませた。



「久しぶり。」


「もう一度聞く、何の用だ。妖精帝。」


「ゲンジ、あなたを探しに来た。」


「その女を離せ。」


「そうすれば、貴方のこと教えてくれる?」


ゲンジはただ淡々と言葉を紡ぎ、それに呼応するように目元や手元を覆い隠すエラもまた淡々と言葉を重ねていく。


ゲンジはゆっくりと前進を始めると、少女もまたゆっくりと歩き始める。

二人の距離が近づき、互いに剣を伸ばしても当たらないであろうギリギリのところで立ち止まる。


「寄越せ。それは俺のだ。」


「貴方は、闇の魔法使いで、間違いない?」


「試してみるか。今ここで。」


「いいよ。」

エラはゆっくりと、その剣を首元から離すと、ペトラをゲンジの方に向かって背中を押し、歩かせる。


ゲンジは転びそうになるペトラを抱きとめると、揺れ動く眼差しを見つめる。

「ごめんね...ごめんね...」


「気にするな。」


ゲンジはペトラをゆっくりと草原の中に横たわらせると、再び少女に向かい合う。


エラは背中を見せながら、ゲンジとの距離を取るためにゆっくりとテントの方へ近づくと、ある程度の距離で止まり、お互いに向き合う。


深夜にもかかわらず、テントのオーディエンスは次第に多くなり、シャルロットだけでなく、アンリエッタもまた夜風に誘われて眠りまなこを擦りながら出てきていた。


「シャルロットさん、何をやってるんですか?」


「さぁ、ただあまり良くないことね。」


アンリエッタは向かい合うゲンジの姿をその目に写す。


「お兄ちゃん!」


咄嗟に出たその言葉をかき消すようにして強い衝撃が体全体を撃つ。


胸が耳を押し上げ、震えが体を軋ませ、あたかも世界が押しつぶされたかのような錯覚を覚える。


遠巻きに見ても、圧倒的なその存在感、威圧力は近くで使い合い、向けられる翠髪の少女には測り難い圧力となってのしかかっていた。


これが、闇の魔法とでもいうのかただ圧倒的な魔力量を体全体から解き放ったにすぎないいわば波動に近い波が少女の淡い思考と跳ね除ける。

あまりに規格外、長い年月をかけ蓄積され、先人たちの血肉を吸って進化を遂げた魔法の翠が垣間見える。


ゲンジは少女に手を翳しすと、魔法陣が浮かび上がる。


少女は中腰になり、低姿勢のままありったけの力を振り絞り、剣を構えた。



トントン...


突然後ろから肩を叩かれたような感情が肩に現れ、おもむろに後ろを振り向く。


その瞬間、エラは戦慄する。


「こんばんは、ゆっくりお休みになってください。」

その瞬間、体全体が神経にヤスリをかけられたような激痛が迸り少女の世界は白一色に反転したのだった。



ゲンジは倒れた少女を見下ろす。


「宜しかったんですか?ゲンジ様。」


「よろしいも何も、こんな公衆の面前で存在しないはずの魔法なんて使えるはずもない。それに、アンリエッタにはなるべく親の仇だとバレたくないからな。

今まで慕ってきた人間がまさか、親を殺した張本人で、ただの罪滅ぼしに来ているなんて、知られたくないからな。」


「最もでございますね、流石は私のゲンジ様。」

芽亜利はおっとりとした表情を見せると、横になるペトラを見下ろす。


「良かったですわね、殺されなくて。」


「うっさいわね、早く起こして頂戴。」


「うーん...如何しましょうか。」


「芽亜利、意地悪しないで起こして。」

ゲンジがそう諭すと、芽亜利は柔かな表情のままペトラに肩を貸し、抱き起こした。


「いったぁ...なんなのよ、あの魔法...」


「さぁ、私にもわかりませんでしたが、とりあえずわかるのは、貴方、手加減されておりましたね。」


「悔しいけど、そうね。もし手加減されてなかった、死んでたかも。」



「なんて、騎士道のかけらもない酷い戦い...」


ゲンジが拠点にたどり着くと、その先には先程までの戦いを見ていたシャルロットが立っていた。

当然、さっきまでのことを見ていたのか、どこか侮蔑するような目つきを見せる。


「はぁ、ほらお前たち!見せ物でもなんでもないぞ!散れ!」


シャルロットがそう声をあげると、どよめきが少しずつ離れ、分散していく。


ゲンジは倒れた少女の体を起こし、腰のあたりを掴むと、肩にかつぎ上げテントまで戻ってくる。


「最低な決闘ね。」


「決闘?なんの話だ。

こいつは俺を狙わず、わざわざペトラを餌にした。

当然だ。」


「貴方を見つけるためなら、当然のことではなくて?」


「お前はどの立場なんだ。まさか、他の剣聖にも情報を流したりはしてないだろうな。」


「ふざけないで頂戴。本当だったら、今すぐ貴方を殺してあげてもいいのよ。」


「お兄ちゃん、喧嘩しちゃダメ!」


ゲンジは大きく息を吐くと、二人の中を止める天使の声に耳を傾けることなく自分たちのテントへと戻っていった。


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