第2節 7章 再会編Ⅰ
さて、今回から再会編になります。ここら辺は割と個人的に好きな話になってきます。
「だから、あの魔法はまだ未完成だろって。」
「何言ってんだよ龍やん。あの魔法ならイッパツだって!」
賑やかな酒場の中、鏡花達一行はカルマッタの丘を抜け、近くにある街へと身を置いていた。
ミーシャのは辛いでシャルロットに気苦労をかけたくなかったこともあり、皆んながゲンジに再会したい気持ちを抑えさせながらもほぼ無理やり連れてきたようなものだったが、彼らなりにも楽しんでいるようだった。
「めっちゃワクワクしねぇか?ザ・異世界って感じで!この酒場も、ウェイトレスのねーちゃんも!この感じ!いつも王宮でうだうだしてるのとはわけが違うぜ!」
その言葉に、龍弥や和も納得したようにあたりを見回しては少し楽しそうな笑みを浮かべる
目の前にはワイルドな肉とスープ、パンが並び、それを皆でつまむ。
シザーベントは食料的にも他国に遅れをとるとは言われていたものの、むしろその不自由さが返って彼らの冒険心をくすぐっていた。
「そっか、源二はずっとこんな暮らしをしてたのかもな。」
「そうじゃん、うわ!そう考えるとなんかムカついてきた...」
男3人が楽しげに会話を重ねる中、鏡花と凛はあまり明るい表情は浮かべてはいなかった。
「どうしたの?佐伯さん達、食べないの?」
「う、うん。ちょっとね、お腹すいてない...かな。」
鏡花は作り笑いを浮かべながらも、その様子は明らかに無理をしていることなど容易に想像できた。
だがそれは龍弥達も同じ。戦いがまだ視線の遠くで起こっていたからこそ本当の意味で生々しい戦場を目に留めたわけではない。
それだけが唯一の救いだった。
「痛っ...」
鋼鉄の壁に塞がれた厚壁の中、兵士たちが所狭しと歩き回る物騒な街の中に篠原の姿はあった。
こちらもまた、1日の終わりの食事を取り、宿へと足を向ける。幸い、オキアスの手配で個室を用意してもらえたものの、篠原の腹部あたりが青黒く血が滲んでいた。
これもまた生徒も為なのだと虚勢を張ってはいたものの、やはり元の世界では味わうこともない血生臭い世界の観念に気圧されてばかりだった。
いつ自分が死ぬかもわからない。その命を一度狙われてからというもののそればかり自分の頭によぎっては、生徒達のためなのだという免罪符を振りかざしてきた。
「せめて、せめてあの子達だけでも...」
そう口ずさむ中、突然に戸が叩かれる。
篠原ははだけた服を正し、ドアを開け向かい入れるとそこにはバンマーク・オキアスが立っていた。
「オキアスさん...」
「ちょっと、良いですか?」
篠原はオキアスを中へ招き入れると、向かい合わせに座る。
「どうしたんでしょうか?」
「どうした?そんなに警戒しなくとも、私は貴方を殴ったりなんてしませんよ?」
「す、すいません。」
ここにきて篠原は改めてこの男達を恐れていることを自覚した。
なにせ、二人に同行してからというものの、篠原の中でこの剣聖という存在が本当に人間なのかと思うほど人間味を感じなく、苦手としていたからだ。
「怪我の具合は大丈夫ですか?
骨は折れていないでしょうが、内臓のダメージが心配です。」
「ご心配なさらずに。大丈夫です、少しアザができているだけです。」
「そうですか、ならよかった。氷を持ってきましたので、よければ使ってください。」
そう言って机の上に袋詰めにされた氷を差し出す。
静寂の中に氷の硬い音が鳴ると共にオキアスは立ち上がる。
本当にそれだけだったのかと篠原は放心状態になったまま、オキアスは部屋を後にしてしまった。
一人取り残された部屋の中、篠原は氷を手にベットへと体を投げ出す。
初めての外の世界に、篠原も龍弥達同様に冒険心をくすぐられながらも自分のいた境遇に恐れていた。
これほどまでに世間知らずだったとは。
この世界は、自分が元いた世界と同じ、戦いに満ち溢れていた。
それだけ、召喚者という存在が秘匿にされていて、大切に扱われていることの証明でもあったが、やはりこの世界は危ないのだと篠原は改めて思い知らされていた。
そしてその危険が、最も直接的に降り注いでいる生徒、志乃源二は片腕を切り落とされ、生死の境を彷徨っているのか、あるいはすでに死んでしまったのか。
自分が見た黒いシルエットは本当に源二だったとしたら、どれだけ嬉しいことか。
「フッ、あり得ないわよね。そんな都合のいい話なんて。」
思考の世界に身を落とす中、次第に篠原の意識はまだ少し街に活気が溢れる声に溺れていったのだった。
「いやー、珍しいねぇ。ゲンジ君からこんな依頼が来るなんて。」
厚い壁を遠巻きに望む小高い崖の上、フォールン、ゲンジ、エマはシザーベント防衛都市アヴィルトツカを臨んでいた。
「奴らはピラーを出した。それが仮にシザーベントに関係ない勢力だったとしても、俺は許さない。」
「理由はなんでもいいんだけどね。ただいいのかい?君はもともと剣聖の手から逃れるためにここへ来たのに。」
「だから、こうしてお願いしたんです。第三権のゲンジとして。本来ならば、俺一人でも殺してやりたい。自分は何もせず、ただ他人を食い物にしている奴は、俺でさえ許せない。」
「そうかい、よっぽど嫌いなんだね。君の壊れかけの心でさえそう思うなら。
それとも、君の背後には獣人の少女の亡霊でも彷徨っているのかな?それとも、アンリエッタという少女とその獣人の姿が重なって見えているのかな?」
「たわけ、そのくらいにせんか。あまりかのものをいたぶるでない。これ以上ツバキの側に行ったら困るじゃろうて。」
「僕は好きだけどなー、ゲンジ君があの女の手中に収まっていくのが。」
「たわけ。お前が臨んでいるのは、これが暴走しないように見てくれる子守が欲しいだけじゃろ?」
「それを本人の前で言うかい?普通。それに、僕じゃゲンジ君と相性が悪いし、留められないよ。」
そんな緊張感のない会話に包まれながらも、ゲンジだけはその街の姿をしっかりと捉えていた。
「じゃあ、今回は隠密作戦でいいんだね。」
「はい。」
「バックドアは任せたよ、エマ君。」
「ふん、誰に命令しておるのじゃ。街ごとかかってきても一撃で葬り去ってやるわい。」
「僕とゲンジ君で城壁の一部を無力化、そのあと速やかに将校級を暗殺したのち、離脱する。
第一優先事項は、ゲンジの存在を知られないこと。これを害する危険がある場合、速やかに排除する。いいね。」
「わかった。」
「じゃあ...我々に挑む愚か者に、戦いとはなんたるかを教えてあげようか。」
「どう言う意味ですか?」
「ん?僕たちに狙われたら、片時も気を抜いてはいけないってことだよ。」
フォールンは飄々とした雰囲気で答えると、ゲンジと共に霧に覆われ、姿もろとも消失していくと、黒い霧の塊のようなものが傾きかけた満月の光に誘われるように二つ、アヴィルトツカへと向かっていった。
同じ頃、カルマッタの丘にあるキャンプでは、流石に眠気に耐えかねたのか、交代で指揮を取るために詰めていたペトラが就寝しようとしているところだった。
シザーベントに来てからと言うもの、こう言った纏め役は基本的にペトラが行なってきたこともあり、疲労が溜まっているのかかなり疲れた様子ではあったものの、彼女の中に不満はなかった。
それは、ゲンジという少年のことを思っていることが大きくはあったが、人に頼られるというものはどうしてこうして悪くない。
それに、彼女はことあるたびに荒くれ者の冒険者達を纏めてきたこともあり、むしろ扱いやつささえ感じていた。
それに加え、派遣されたゲンジ達をはじめとする貴族達の多くがツバキという存在を認識していることによって、本人達でさえ気付かない忠誠心のようなものが働いている。
それが恐怖による支配なのかどうかはともかくとして。
ペトラは高ぶる意識を鎮めるために、簡易的なベットの上へと腰掛ける。
「あれ、ねぇ。ゲンジは?」
テントの一室から顔を出し、そのリビングに相当する部分へと顔だけを出すとペトラは視線の先にいる芽亜利に声をかける。
「あら、最後に寝たのは昨夜ですよ?通常なら眠くなるような頃合いではないはずですが。」
「じゃあどこにいるのよ。」
芽亜利はわからないと言った素振りを見せると、ペトラは外へと繋がる垂れ幕から顔だけを覗かせると左右へと首を振る
「どうか、されましたか?」
「黒いローブ被った変な仮面付けてるやつ見なかった?いつもアタシの隣にいるやつ。」
「え?いや、大変申し訳ございませんが、自分は...」
近くにいた近衛兵がもう一人の近衛に目配せをすると、もう一人も首を振った。
「そう、ありがとう。貴方達もしっかり休息はとるのよ?」
そう言って再びテントの中へと引っ込むと、フンと鼻を鳴らし怒ったような素振りを見せる。
「何よ、別に一緒にいれないくらいで何にもないんだから。
別に!疲れたからって成分が足りないとかじゃないんだから!」
「貴方、何をおっしゃっているの?寝てはどうですか?起きる頃には戻ってきますよ。」
「うるさい!寝るわよ!疲れてるもん。」
その日の晩、その声を聞いた近衛達があまりのギャップに心不全を起こしそうになったのはまた別の話。
黒い霧が城壁までたどり着くと、一気に直角に登り始める。
それまでの道のりは目にも留まらない速さで進んでいた濃い霧が城壁の上で当然と二つの影を生み出す。
突然現れた二つの影、フォールンと源二の息遣いは闇の底にあるほどに静寂に包まれていた。
聞こえるのはわずかな風を切る音のみ。
二人の影が上空から城壁へとたどり着くと同時に、見張りの兵の首元には鋭利な灰色が差し込まれていた。
首元を掻き切られ、悶え苦しむ衛兵を片手で押さえつける。踠きも凄まじい出血の前ではそれほど強くもなく、すぐに落ちていった。
甲冑が岩に倒れ込む音も出さないように丁寧に寝かせる。
殺し方は分からずとも、体が覚えている。
自分の知らない自分が、自然と体を動かしてくれる。
ゲンジは血みどろのナイフを払うと、赤黒くひかる炎の影に鮮血の線が描かれた。
城壁は、それぞれを区間ごとに分け、詰所と詰所の間の区間を一区切りに大きく一周をいくつかの区間に分けて警備していた。
フォールンとゲンジはそのくらいフードの下と、視線なんて全く見えないであろうペストマスクのような仮面の下で目配せのようなものを感じると、2方向へと霧となって消えていった。
次々と兵士たちの喉元を掻き切り、地面に斬り伏せていくフォールンの姿はまさに熟練といった手つきで有象無象を落としていく。
霧になっては足元を這い、闇に紛れて後ろをとっては喉元を掻き切る。
それは二人でも、3人でも関係ない。
フォールンはその指と指の間に挟み込まれた投げナイフのような形状のものを自由自在に操り、複数の人間を完全に無力化していった。
「無意な殺生はあまり好かれないんだけどね。殺さなければならなかった程度の練度と解釈してくれた方が嬉しいんだよね。」
フォールン達が狙っていたのは、敢えて気付かれずに突破するのではなく明確な手順を踏み、確実性を優先して城壁の防備を薄め、戦力を削ぐこと。
この強固な街の守りを誰の眼にも触れずに突破するのだけでもかなり骨が折れることだった。
そこで、敢えて全て通過するのではなく一人ずつ仕留めることによってそうしなければ入れなかった。を演出しているのである。
しかしその真は、また別にあったのだった。




