第2節 6章 争乱編Ⅵ
「なかなかおもしれぇもん用意したじゃねぇか。」
「たまたまですよ。この国の長が起こした反乱の中で余ったものを使っただけですよ。
恐らくは、パラトスを落とした後で補給する予定だった条約違反のピラー達でしょうが。」
「とんでもねぇ悪だなそいつぁ。」
「そうですね、でもそのお陰でわざわざ私兵を使わなくとも詮索できることに感謝を述べなければ。」
篠崎を挟み込むようにして立つ男達は歪んだ笑みを浮かべる中、篠原だけはその水面鏡の端、距離の関係で霞んで見える最奥に控える少年のシルエットを熱烈な視線を凝らしていた。
声に出すことはない。容姿も違う、その全身黒ずくめの男のシルエット越しに篠原は何かを感じ取るのだった。
フハハハハ!!
突然、ヴィルヘルムは面白そうに笑い出す
「あれがシャルロットか、いい女だ。自分のミスは自分でケツを拭くってやつか?ミノタウロスの群れに飛び込んでいくなんて度胸ある女だぜ。」
その水面鏡の先には一人の女性の姿が映し出される。
篠原も少しだけ見たことかがある女性の姿、時期皇帝候補の筆頭、ラインハルト公の実の娘アレクサンドロ・バルドル・シャルロットは今ちょうど、薙ぎ倒された兵士たちを後ろに引かせる中、時間を稼ぐためか側近のもの達なのか、美しい深紅の髪をショートに下ろした女性と、純白の白で覆われた可愛らしい女性とともに背丈も身なりも桁違いに威圧感のあるミノタウロスの群れの前に立っていた。
「シャルが撤退なんて、よっぽどなのね。」
「悔しいけど、こんなのを相手にしてたんじゃオクレイマンのところへは辿り着けないわ。」
「そうね、早いところこいつらを片付けて怪我人の手当てをした方が良さそうね。」
「おかしいと思ったわ、失念していた。
戦力が乏しいからこそ篭って戦うのに、わざわざ彼らが外へ出てきた理由を考えるべきでした...」
「それはそれ、今は腐ってもしょうがないんだから、まずは、こいつらをやっつけちゃいましょ!」
ペトラはシャルロットの肩を叩くと、シャルロットは少しだけ微笑みを向ける
「なんか、昔した騎士団ごっこを思い出しますね、」
「そんなこともしたっけ、懐かしいわね。」
「お二人ともどうでもいい会話は宜しくてよ?今はまずこの雑魚どもを屠りましょ。」
芽亜利が緊張感のない二人の会話を一蹴すると、狂気のような笑みを浮かべ笑い出す
シャルロットは思わずその姿に目を見開くと、次の瞬間には悪名高きブラッディーメアリーの姿は存在しなかった。
その刹那にも満たない時間の間に、シャルロットは震撼した。
彼女自身、ブラッディーメアリーの存在をある程度は知っていた。
100年近く前に起きた大戦から生き残る数少ない存在で、その出征、種族、国の全てが不明。
ただ一つの信条に従い、痛ぶることを愉しむ鬼畜と呼ばれたこの少女は、初めてゲンジと共に会った時から、不思議な感覚を覚えていた。そんな恐ろしい印象は抱かないのだった。
もちろん、命のやり取りにおいてはある程度の凄みは感じられた。それに関してはそこら辺の人並みは大きく外れている。
しかし、普段ゲンジと共に行動している時の彼女とはまるで違う、まるで化けの皮が剥がれたようにとてつもない狂気を内に秘めているのだと、悟ったのである
グォオオオオオオ!!!
わずかな思考の間にも獣の咆哮が意識を現実へと引き戻す。
その体は地面にひれ伏せ、末端からは鮮血がとめどなく流れ出ている。
目にも止まらぬ速さで攻撃を加えた芽亜利は今、先頭に倒れた獣の上に立っていた。
「はぁ、獣臭くって萎えましたわ。久々に、こんなにも醜い争いに身を投じていると言いますのに!」
「穿て!ホーリーライトスプリット!」
ペトラが詠唱を放つと共に、どこからともなく閃光の線が獣の体を貫通し、数百にも登る拡散された光の光線に穿たれて地に伏していく。
「そんなこと言ってる余裕があったら、じゃんじゃん殺しなさいよ!ったく、量ばっか多くて鬱陶しいんだから!」
二人の緊張みのない会話に、シャルロットは数匹の獣を斬り伏せると、立ち止まってしまう。
これが、鍛え方の差なのだろうか。かたや、大戦を生き抜いた歴戦の猛者、そしてもう片方は国を追い出され、その身、その剣だけで生き抜いてきた少女。
それに比べて自分は温室育ちで、魔物だって相手にしたことがなかった。
剣に自信がないわけでも、戦いに怯えているわけでもない。
ただ今目の前で戦っているもの達は日頃から獣を狩り、弱肉強食の現実の中を生きてきた。ゲンジという存在に寄り添い、自分が送った幾多の死線を乗り越えてきた恐ろしさを、今改めて噛み締める他なかったのである。
唇の端を噛み締める。
「私だって...
私だって!我が道を指し、我敵を殺せ!アストラル・ディアートレ!!!」
「フハハハハハハハ!!!良いぞ!シャルロット!流石は我に抱かれるだけの女だ。」
遥か奥の崖では、未だその3人の戦う様子を眺める姿があった。
「天体魔法、アストラルシリーズ...」
「アストラルシリーズ?」
「「ソラ」にまつわる現象を起点として、我々が暮らす世界を大いなる天における一握りと捉えることで、その規模、威力ともに他の魔法より大きく秀でた魔法だ。
未だ空の果ては誰もまだ到達できぬ絶対の領域。
であるが故に、我々は渇望するのだよ。」
「天体...」
篠原はその話を聞きながらも思考していた。
彼女本人、よくできた生徒に魔法について知識を分けてもらうことも多かった。
そのないでも、西宮が宮中で発表した内容についての一節を思い浮かべていた。
この世界は、僕たちがきた世界に似ている。それは、魔法という物体による差異ではなく、本質的に現象を見つめ直すという姿勢、本来ならば理解の及ばぬ領域に生まれる神という代弁者でも、都合の良い存在でもなく、この世界は物理と、科学の牙城なのです。と。
篠原は心の中にこの話を思い浮かべていた。
確かに、この世界の魔法はそうなのかもしれないと、心のうちに納得した瞬間だった。
激しい閃光の軌跡が天から降り注ぎ、獣達の肌を焦がし、焼き切っていく。
それはまさに殺戮の天使が舞い降りたかのように神秘的で、地獄のような景色だった。
「こんな雑魚相手に最上級魔法とは、貴方も大概ですね、シャルロットさん?」
「何百年も執拗に付き纏ってるあんたに言われたくないわ、ブラッディーメアリー。」
「まぁ、良い度胸ですわね、小娘。今ここで、貴方を殺してしまっても良いのですよ?」
「辞めておくわ。今はまず、兵達の手当をしなくては...」
芽亜利は深い笑みを浮かべると、遥か彼方の虚空を見つめた。
「思い出した!やつは、ブラッディーメアリー!!」
オキアスの驚愕の声に、満足そうに野心的な笑みを浮かべていたヴィルヘルムの顔が向く
「闇の魔法使い狩りの時代、たった単騎で多くの闇の魔法使いの多くを狩り殺した闇の魔法使い狩りの筆頭、ブラッディーメアリー...
なぜ彼女がここに...」
「ほう、その女ってのはシャルロットの配下にでもなったのか?」
「わからない。闇の魔法使い狩りの時代を終えて、彼女は狂戦士と共に姿を消したはず、彼女もまた、ゲンジに誘われてやってきたのか...あるいは鬱世を捨て、再び人類のために戦っているのか...」
オキアスは水面鏡を芽亜利に向けると、冷たい汗が頬を伝う。その少女が望む死線の先へと、水面鏡を写す。
「あの子達、あんなところで何してるの!?」
その先には、オキアス達と同じように物陰からその戦いを見下ろす龍弥達の姿があった。
篠原は問答無用で龍弥達の元へ駆け出そうとするも、その侵攻は凄まじい鈍痛と共にかき消される。
腹のあたりに鈍い痛みが走ると共に後ろへと蹴り飛ばされた篠原は苦しみに顔を歪ませながらも立ち上がる。
「何するの...」
「だから黙って見てろって言ってんだろ。殺すぞ、女。」
「でも彼らは、私の教え子なんです。ブラッディーメアリーが彼らを見ているなら、私が盾にならなくては。」
ヴィルヘルムは起きあがろうとする篠原の顎のあたりを掴みあげる
「あ?お前じゃ盾にもなれやしねぇよ。わかったらここにいろや。」
ヴィルヘルムは手を離すと、篠原は咳き込みながら、もヴィルヘルムから距離を置くように後ずさった。
その遥か向こう、先程までの戦いを見ていた龍弥達の前には一言も紡ぎ出されることはなかった。
実戦レベルの魔法。それも普段は優しく接してくれるシャルロットでさえ、戦いの中ではこれほどまでの変貌を遂げる。
まるで、殺戮の天使のような可憐な見た目と相反した鬼畜の所業と言えた。
その他にも、目にも止まらぬ速さで龍弥やミーシャが苦戦したミノタウロスを肉ダルマに変えた芽亜利、間髪入れずに閃光を放ちながら効果的に敵を殺していたペトラの姿は遠目から見てもそのどれもが歴戦の猛者のように映っていた。
「スッゲェ...」
「あれが、シャルロット様の魔法。貴方達が少し頑張ったからと言って、彼の方には及ばないわ。」
「ちょっとその言い方酷い、ミーシャちゃん。
龍弥君だって正吾君だって頑張ってるのに!」
「いや良いんだ、鏡花。確かに、レベルが違う。
多分あれは固有武器だろうが、使ってる魔法も、練度も全く違う...」
龍弥は目の前で繰り広げられていた戦いの姿が鮮明に思い浮かぶ、彼女達とても一方的に戦い続けたわけではない。
本能的に襲いかかってくる、突進してくる魔物達を難なく斬り伏せ、避けていた。
ミーシャが龍弥や鏡花達をゲンジの元へと連れて行きたくない気持ちも少しは理解できる気がした。
「これが、ゲンジの見ている世界...」




