第2節 6章 争乱編Ⅴ
「アンリエッタちゃん、私たちは危ないからもう少し後ろに。」
エレーナは少女を気遣ったのか、奥へと引っぱろうとする。
しかし、その手は空いた反対側の手を掴まれ、静止される。
「ゲンジくん...なんのつもり...」
「アンリエッタ、お前がこの国の王女になるなら、この戦いから目を背けてはダメだ。」
「痛いよ、お兄ちゃん。」
ゲンジは思った以上にその手を握る力が強かったのか、アンリエッタは怯えたような仕草を見せていた。
それもそのはず、ゲンジが前に出ようとしたのも、思わず少女の手を強く掴んでしまったのも、全ては自分が戦えさえすれば、一人でも死ぬ人間を減らせる。
自分は安全で、前で自分のために戦わせている人間を直視したくないほど、気持ちの良いものではなかった。
「ゲンジ、アンタ平気?」
ペトラがゲンジの顔色を覗き込んでくる。
「いいや、気持ち悪い。
今俺が、この中に飛び込めたら、一体どれだけの人が助けられるか...」
ペトラは大きく息を吐く
「そんなことだろうと思った。
まぁ、それくらい思って当然よね、でも。私はそれで嬉しいって思ってる。
アンタがそれで傷つかないから。」
「そっか。」
「アンタはどうなのよ、私、もしかしたら戦うのかもしれないんですけど。」
「わからない...不思議と...不思議とペトラは死なないって、そんな気がするんだ。」
「あっそ、じゃあ、もしアタシがそれで死んじゃったら、化けて枕元に出てやるんだから。」
「ねぇ、ペトラ。もし、お前が死んだら、俺も死んでいいかな。」
「いいんじゃない。アンタの好きにすれば。」
話を重ねる中、シャルロットはそんなノンケ話を耳の端に捉えることもなく、ただ目の前で起こる戦いの指示に明け暮れていた。
「土魔法の攻城戦に持ち込まれるな!頭を押さえろ!」
シャルロットは今、第一陣の敵陣中央突破によって敵の戦力を大幅に削ぎ、大打撃を与えることに成功し、新たに体制を整えた敵との正面衝突に備えていた。
この世界の戦い方は根底に魔法の存在が必要不可欠だった。
それぞれの得意な現象を生かし、森羅万象を操作し、状況を作り出す。
例えば、都市を攻略するとき城壁を撃ち破るのは定石とはいえない。
彼らは梯子をかけるわけでもなく、土魔法による盛り土で城壁の上へと至る道を作っているのである。
それぞれの魔法の長所を生かしつつ、敵陣を攻め落とすその先鋒は、長い年月をかけ人類が編み出した叡智の結晶を体現する場にふさわしかった。
事もあろうに、その叡智が今度は人類同士によって争われていることに、誰もが気づきながらも、人類は未だ戦うことを止めることはなかった。
シャルロットは敵の出方を伺いながら、様々な兵士たちに様々な指示を送り、後方にいる魔法を生業とするものたちの手によって状況が刻一刻と変化を遂げて行っていた。
その様子に、ペトラや芽亜利が感嘆の声を漏らす。
「流石は王女と言ったところでしょうか。」
「すごい...」
しかし、二人は心の端で勘づいていた。こちらもそれに対応するならば、向こうもそれに対応するだけの指揮系統と人員がいるということ。
先制攻撃を加え、かつ主要都市から少し離れたこの場所にもかかわらずこれだけの兵員を割いていることに気づく頃には、シャルロットの兵が主導権を握られる一手を撃たれる頃になった。
その凶報は突然現れる。
グォオオオオオオ!!!
幾重にも重なる獣の雄叫びが、人々の怒号と共鳴の垣根を越えて、血の丘を静寂に包み込む
「なんで...どうしてこんなところに魔物が...」
その様子を上から見下ろす。
思考が硬直し、その間にも最前線でつば競り合う戦士たちが空中へ投げ飛ばされていく。
あるものは叫び、激昂し剣で殴りかかり、魔法を放つものの、その厚い肉壁は容易にそれを跳ね除け、また一人、一人の命がこぼれ落ちていく。
一方、敵の軍勢は一気に勢い付くと蹂躙を始めた。
シャルロットの止まった思考が、兵士たちの叫び声に引っ叩かれるように覚醒する。
すると咄嗟に後ろを振り向いたのだった。
「いくわよ、芽亜利!」
「はいはい。やっと、張り合いが出るというものですね。」
二人はわずかに言葉を交わす。
その容姿には息もつかせぬような寸分の隙もなく、ゲンジの目の前にはもう普段の隙だらけの可憐な姿はなかった。
「じゃあ、いくわ。」
ペトラはその片手にどこからとも無く揺らめく白銀を露にした。
その遥か遠く、小高い崖の上には三つの影、剣聖ライオネル・ヴィルヘルム、バンマーク・オキアス、篠原綾子が交わる戦乱をのぞいていた。
「おい、なんでこんな遠くからなんだよ。」
「仕方ないだろう。ここで勘付かれては元も子もない。
水よ、その真髄を示し給え。マーシャルサイト。」
オキアスがそう唱えると、3人の前に大きな水面鏡が浮かび上がる。
「おい、随分派手にやってんじゃねぇか。」
「オキアス...様、これは一体...」
「代理戦争さ。」
「代理戦争?」
篠原は自分の身が狙われてからというもの、この世界についての理解を深め、気分は悪くなるものの、卒倒するほど興奮することもなく、目の前で死にゆく戦士たちの勇姿を見つめながら問いかけていた。
「君がお探しのゲンジという少年、仮にそれがこの国にいるとして、この国は今隣国のウェインフリートとエイレーネと共同でシザーベントを復興している最中、この戦いはその一環、いわば国土回復運動にあたる。
僕が用意したのはちょっとした手土産だよ。彼の実力を試す為にね。」
「実力って、まさか。志乃を戦いに巻き込むつもりですか?
やめてください!彼はまだ、子供なんですよ?」
「子供?そうかい。でもそれは僕らには関係ないですね。」
「なんてこと...」
「じゃあ、君が引き取ると?」
「もちろん、彼は私の教え子ですから。」
篠原は、本心でそう思っていたし、願っていた。
ゲンジという存在がエイレーネにとって危険な存在でないと証明できたならば、曰く付きの存在だったとしても、彼とともにこの世界での日常を、周りの生徒たちとなんら変わりない生活を送ることができると、彼女は信じていたのだった。
そして、その思考はすぐに行動に出ようと、右足が前に歩き出す。
しかしその進行を遮るように腕を強く掴まれる。
「待てよ、面白くなってきてんだろうが。」
「すいません...」
横にいるヴィルヘルムは面白そうにその水面鏡を見つめる。
その際には何匹も立ち上がるミノタウロスと、様々な魔物達が映っていた。
ゲンジ達の連合軍は悲鳴をあげ、肉を貪られ、薙ぎ倒される人々の阿鼻叫喚の合唱が戦場を赤に染めていっていた。




