第2節 6章 争乱編Ⅱ
立ち上がり、少女を立ち上がらせ右腕に座らせるようにして抱き上げると、少女は徐にゲンジの首に腕を回して抱きつく。
妖艶さのかけらもないただ純粋な反射にいちゃもんをつける女は誰一人としていなかった。
奥のテントへとアンリエッタを移動させると、簡易ベットの上に横たわらせる
「えへへ、お兄ちゃん、お父さんみたい。」
「そうか、」
「ねぇ、お兄ちゃんはどこにも行かないよね。ずっとずっと、アンリエッタと一緒にいてくれるよね。」
「どうだろうな。」
「アンリエッタ、お兄ちゃんと結婚する。そしたら、一緒にいてくれるもん。」
「そうだな。」
ゲンジはアンリエッタに布団をかけてやると安らかに目を瞑り始めた。
何回か頭を撫でてやるうちに規則正しい息遣いで意識が落ちるのを感じると、立ち上がり机の前に戻る
「随分、尾を引いてるわね。」
「エレーナ、アンリエッタの側にいてやってくれ。」
「え、ええ。」
机を外れ、エレーナがアンリエッタの眠る部屋へ移ると、ゲンジは片手を地図の上に乗せる。
「なぜ、そんなにも簡単に貴族達は裏切ったんだ。
聞くところ、この国の人間は愛国心が強い、そうだろ。」
「それは、アヴィズダーがクロセスフロストの側近だからよ。」
「それだけじゃないはずだ。」
沈黙に静まり返るテーブルの中、ゆっくりとシャルロットが口を開き始めた。
「この国には3人の統治者がいた。
クロセス・フロストを中心にアン女王は人格者として、厳しい情勢の中でも人々に寄り添い、自身の身を案じることも、華やかな暮らしをすることもなく民にその利を分配し続けた。
アヴィズダー・オクレイマンもこの国のために身を粉にする努力を惜しまなかった。
日々牽制されあう他国勢力を抑え、小国ながら連合国指折りの戦士だった。
彼にはそれ相応の富が与えられ、性格は傲慢だったものの、彼もまた象徴的な統治者として、クロセス・フロストの信頼できる側近だった。」
そんな言葉の中、ゲンジは突然テントの外に目を向ける。
深妙な言葉からの突然の行動に誰もがその視線の先を見る。
「それがある時、この小国は選択を迫られた。」
その声と共に二人の影がテントの中に現れる。
その姿にシャルロットはみるみる顔を顰める
「フォールンさん、エマさん...」
「やあ、遅くなったね。
それで、話の続きだけど。シャルロット君、君は、君の父君が何をしたか知っているかな。」
「裏で、動いていたのね。」
「当然だろ、みすみす君の目の前に餌をやるほど僕たちは優しくないからね。
篠原。君達が召喚したまとめ役としているその女を暗殺しようと、君の父君はその任を連合小王国軍に委ね、その召喚者達の統括を試そうとした。
いわば賭けだ。派遣した兵が召喚者によって殺されれば、王はその存在との付き合い方を考え直さなければいけない。
でも、召喚者達は今や君たちのもの。これが答えだろ。
だがそれはエイレーネだけの話。
そのくだらない偽装のために任を任されたシザーベントは失敗すればエイレーネから関係を切られ、断れば関係を切られる。行くも地獄、引くも地獄。
その結果は、派遣した兵だけでなく、控えていた兵までもが殺され、篠原は自分で殺すでもなく、志乃源二という存在を奪われた者と同じ存在に再び救われる。
さぞ、僕らは美しく映ったろう。君らは二度彼らを愚弄し、僕らはそれを二度救った。」
「シャルロットさまぁ...」
心配そうに見つめるヒューノのことなど気に求めず、シャルロットは怒気を押し込めるので精一杯だった。
しかし、大きく息を吸って吐くと、シャルロットはフォールンという名の鴉のようなマスクを被った男に視線を送る
「認めるわ。だから私はここにいる。
私の父がしたことを、娘である私が払拭しにきたの。」
「君も、苦労人だねぇ、面白い。ただの姫騎士ではないようだ...
ゲンジ君、明日は早朝に軍を動かしてカルマッタの丘付近に急いだほうがいい。
彼らは君らの動向に気づいたようだ。」
「そんな!」
シャルロットは思わず立ち上がる。
カルマッタの丘はこの山を越えた先に広がる地域の名で、首都とアヴィルトツカへ繋がる安全な道のうちの一つで二都の中間に位置していた
「情報が漏れている...」
「うーん、どうだろう。たしかに漏れてるけど、何かもっときな臭い匂いがするんだよね。
ゲンジ君、もしかしたら君も戦うことになるかもしれない。」
ゲンジは頷く。
きな臭い。そういうだけなら簡単だが、要はわからないということ。
相手の技量が遥かに上か、あるいはどこかで見落としがあるのか...
しかし、ゲンジにわかるわけもなく今はただいかに自分の闇の魔法を使わず、目立たないように敵を倒す。
それだけが今の目標だった。
やがて会合は終わり、それぞれのテントへと戻っていく中、フォールンの姿はいつのまにかいなくなったものの、ゲンジの寝床にはエマが気だるそうにゲンジのことを見つめていた。
「みるみるうちに、あの男と似てきたのぉ。」
「なんの話だ。」
「ほれ、ここに座るのじゃ。」
そう言って、言われるがまま幼女の寝転ぶ布団の端に座り込むと、怪鳥の面を外され、ローブのフードを取られる。
「なんなんですか。」
「聞いたぞ、お主、あのエレーナとかいう女に無茶をさせて険悪な関係になったそうじゃな。」
「無茶なんて、」
「あーはいはい、わかっとるわかっとる。
お主のことだから逆に拒絶して無理させたんじゃろ。かー、罪な男よの。」
そう言って幼女は起き上がると、後ろで止めていた髪をほどき、長い髪がシーツの上に伸びていく
その姿は幼い見た目ながらも妙に妖艶だった。
「なんなんですか。」
「箱庭の巫女とはそういう者なのじゃ。
相手の懐の奥深くに入り込み、精神を導く。
当然その中には当人が引き出したくない腹心を読み取ることもある。
相手の気概を知ったからこそ、逆に遠ざけたくなってしまう。その相手が、闇の魔法使いともなれば、その恐怖たるや想像を絶する。」
「理解している。だから、俺はエレーナさんに心の中を覗かせないようにしてる。」
「正しい判断じゃな、理屈としては。
ただそうとわかっていてもあの女は治らなかった。
肝が据わった子じゃよほんと。
だから、我が少しズルをしてやろうとな。」
「ズル?」
「ツバキはお主に箱庭へ一人でたどり着くには無理と言ったの、」
頷く
「たしかに一人の人間では無理でも、その気になればできるものじゃよ。のぉ、そこに隠れてる白いの」
「あら、見つかってしまいましたわ。久々にケンジ様とイチャイチャしようと思っておりましたのに、中を見たらとんだ方がいらっしゃるんですもの。恋する乙女として、他の女との会話ほど気になることはありませんわ。」
「御託はいいからお主もそこに座るのじゃ。」
「はーい。」
芽亜利がゲンジの横にちょこちょこと走ってきては座る。
腕に手を回され、芽亜利はその腕に頬擦りをしたり恍惚とした表情を浮かべていた。
「それで、どうやって行くんですか。」
「別にこれをやったからと言って確実に行けるわけではないぞ。もともとガーデンは魔法の極みだからの。じゃが、とんでもない離れ業ができるものがおる。
精神が乖離せんというのならば...まずは肉体からじゃ。」
「まさか...」
「油断したな、ゲンジ。」
次の瞬間、ゲンジの意識は完全にシャットダウンされた。




