第2節 6章 争乱編Ⅰ
寒さの残る大気が暑苦しい風と混ざりかえって心地よい北の地、シザーベントでは復興の任に着手してからもうすぐで1ヶ月に近い月日が経とうとしていた。
そんな中、いつも以上に深妙な顔つきの男女が玉座の前に立っていた。
外に作業する人の姿はないものの、何か物々しい人という獣のような気配だけははっきりと感じ取れた。
「いよいよね、心の準備は良くて?」
「誰に言ってる。」
短い会話を紡ぐゲンジとシャルロットはなんとも険悪な表情だが、志だけは同じだった。
本日をもってシザーベントは反乱貴族軍に対し徹底攻勢を宣言するからである。
理由は思った以上に単純だった。彼らが連合小王国と連携していたからだ。
ゲンジは最初、そんな程度で戦うのかとは思ったものの、エイレーネはウェインフリートと共にこの国を復興させることで新たな領土獲得に努めていた。
しかし、貴族達と和解してしまうと連合小王国にみすみす手柄を渡してしまうことにもなりかねない。
世界中が協力して一国を復活させるとはなんとも美しい話だが、列強がそれを許さないのだった。
ドアが開くと、いつものようにアンリエッタが入場してくる。
シャルロットとゲンジはその慣れた少女の姿を見て、さらに冷たい視線を送る。
「いよいよね、アンリエッタ王女。」
「うん。なんかね、すごく緊張するの。」
率直な感想だったが、これ以上簡潔な説明もなかった。
しかし2人はその言葉を気の端に求めない。
二国間で協議した結果出した答え、アンリエッタ王女は鉄の意思であらゆる障害を跳ね除ける、強い女王のイメージを世界に見せるという方向性で決定した。
だからこその徹底攻勢なのである。
しかし、それにともなく制約はなんともゲンジの想像とは程遠かった。
基本的に自分は戦うことはしない。
ゲンジの存在がバレてしまっては元も子もないという理屈はわかるが、自分が戦えば被害は抑えられるのにも関わらず、無理やり戦わせるのは気がひけた。
「ではもう一度、手筈を説明します。」
シャルロットが口を開くと、座に座るアンリエッタは行儀良くシャルロットの方を見る
「編成された連合軍はシザーベントの兵が最も多く、此れを私が指揮します。
貴方はもしもの時に備えて待機していて欲しい、負けてしまっては元も子もないから。」
「お兄ちゃん...」
ゲンジは玉座へ続く階段に足をかけ置くと、少女の頭を撫でる。
柔らかな髪の感触が手のひらを撫でる感覚が伝わってくる。
アンリエッタは気持ちよさそうに微笑みながらこちらを見てくるが、ゲンジはその少女の姿を淡と捉え、すぐに玉座から離れる。
「それまでは、貴方がアンリエッタ王女の護衛よ、わかった?」
「わかった!」
少女は柔かに答える。
「それじゃあ、行きましょうか。」
その言葉と共にゲンジとシャルロットは振り返ると、玉座の前を後に歩き始める。
自陣のキャンプの前にたどり着く前には綺麗に並べられた騎馬がゲンジに一本の道を明け渡していた。
兵士たちは談笑しながらもその少年を視界に捉えると、敬礼を送る。
最初こそ、ゲンジという見ず知らずの人間に敬意を払うことを躊躇うものはいた。
しかし、彼の卓越した魔法が時として大活躍を遂げたり、深夜にも関わらずその地位にこだわることなく仕事に励む姿が徐々に彼の株を上げていった成果だったが、ゲンジはそんなこと気にも止めていなかった。
その列の1番奥、メインキャンプの前にたどり着くと、近くに控える兵士が大きな垂れ幕を開ける
「あ、戻ってきた。おかえり、源二。」
「みんな、準備はいいか。」
ゲンジはあたりを見回すと、ペトラやエレーナ、芽亜利だけでなく、普段仕事を任せている貴族達もゲンジの姿を強い眼差しで捉えていた。
「行きましょう。」
机を中心に皆が手をつくなか、貴族の誰かがそう答える。
「すまない。」
「何言ってんのよ、みんなあんたのことを信頼して着いてきてるのよ。あんたがそんなんでどうするの、ほらいくわよ。」
ペトラがゲンジの手を取ると、テントの外へと引っ張り出す。
それを皮切りに他の貴族達やエレーナや芽亜利も並ぶ。
ペトラは赤と金を基調とした華やかな装備に身を包み、芽亜利は白を基調としたドレス、エレーナはライトアーマーを身につけ、てたされた馬にまたがる。
ゲンジはその姿を後ろ目に捉え、振り返る。
「みんなの命を、俺に預けてくれ。」
ゲンジは小さく口ずさむと、目の前に手を翳す。
黒いモヤに覆われたそれが姿を表すと、誰もがたじろぎ、馬が嘶く
霧が晴れると、そこには黒に輝く馬と、それにまたがる黒く厚いプレートに身を固めた少年が鎮座していた。
「あれが、第三権。ゲンジ殿か...」
後ろに控える貴族が整列する列の一つから漏れ出す
その姿は絶望を形としているかのように黒く迸っており、左腕はなく、短い黒髪が統一感を生み出す。
視線は虚空を見つめ、虚で、この世さえも見ていないかのような幻影を帯びていた。
その一方、白を基調とした統一感のあるアーマーに身を包み、整えられた隊列の先頭に立つ2人の存在は目を瞑りたくなるほど眩い白馬にまたがる女、シャルロットとミーシャだった。
「出撃するぞ!」
シャルロットが歩みを始めると、100ほどの隊列が歩み始める。
城壁の外で再編成された部隊は、シザーベント300、エイレーネとウェインフリートで100ずつの中規模構成だが、魔法を使うことができる精鋭が多かった。
その1番後方、アンリエッタは鉄の胸部プレートに身を固め駆け出し冒険者のような格好だった。
それでも見窄らしい訳ではなく、下から伸びるドレスは黒い夜空を照らしたような鮮やかな雅だった。
一行は、首都を朝に出立し山賊の蔓延っていた山を越える頃には日は傾き、山の中腹で休息地を確保していた。
ゲンジ達はその中に建てられたテントの中、一帯の地図を置いた机を囲むように話し合っていた
「それで、シャルはまずどこから落とすつもりなの?」
「予定では、このまま北上を続けてアヴィルトツカからね。
連合小王国軍と貴族達の時間で誰が暗躍してるかはわからないけど、恐らくだけどその筆頭となってる人物は反乱軍の主導者、アヴィズダー・オクレイマン」
「そいつが、反乱軍の指導者か。」
「ええ。アヴィルトツカは数少ない軍事主要都市で、連合小王国軍の侵攻と私たちが侵攻した時に他の街を放棄して一気に籠城できるだけのキャパシティを持ってるわ。」
「なによ、その戦い方...」
「それが、この国よ。国土が連合小王国連合の中でもあまり大きくはない。
だからこそ、あえて他の街を捨てて少ない拠点で敵と徹底攻勢を仕掛ける。首都を含め2都に分けられたこれが、この国が生き残ってきた理由よ。」
自分の住んできた地を捨てても、この国だけは守り抜く。
元はそれだけ愛国的で熱狂的な国だった。
思わず、横に座りゲンジの腕掴んでいた少女に目をやる。
想像以上の過酷さだったのか、虚ろ虚ろとした表情で今にも夢の世界に落ちていきそうな少女の姿だった。




