第2節 4章復権編Ⅲ-Ⅵ
外の日は流石に沈む寸前で、自分が起こした惨劇を祝福するような幻想的で、神秘的なオレンジの日が輝いていた
今夜はどこかに野宿だ。そう心の端に思う中、ローブの中に抱え込んだ一人の少女に目をやる
「流石に刺激が強すぎたか。」
人体発火、それに伴う体内物の爆発と堆積の増幅による爆発。
闇でも光でもない一つの魔法属性に絞ると、一度手の内を見せている火の魔法が最も適していたが、室内戦闘において言えば火の魔法はこの上なく不利だった。
自分の読みが甘かったが故に、最後は力技で押し切ってしまった。
源二は口の端を歪めると、山を降りていった。
それなりの用意を済ませる頃には辺りは暗く、少女は薪の近くでいつのまにか規則正しい眠りに落ちていた。
ゲンジは火を囲むように見ながら、背後から現れる白い腕に抱かれる
「お疲れ様ですわ、ゲンジ様。」
ゲンジは首のあたりに巻き付けられた腕に手を添える
「ありがとう、芽亜利。」
「いけませんわ、礼には及びませんのに。」
そういうと、芽亜利はゲンジの座る丸太の隣に腰掛けると、顔を覗き込んでくる。
白い髪が僅かに血の色に染まり、服の端も血に汚れていた。
城から出た後、密かに芽亜利に依頼していたこと、この山にいる山賊達の頭角を殺し、残りを奴隷としてツバキの元に送るか、再建に使うこと。
これは、ゲンジと芽亜利だけのアイデアではない。
ゲンジ派遣にあたり、ヴィットーリアとの間に取り交わされたゲンジを巡る利権の前提には当然ツバキが仕切る世界が徳をするよう出来ている。
それが敵勢力の強奪だった。
指揮官を排除し、秘密裏にツバキの元へ送る。ツバキの勢力は着々とシザーベントの奥深くに差し込まれた瞬間だった。
「賊は奴隷商に引き渡すよう手筈を整えておくよ、場所はどこにしようか」
「それも、整えておきましたわ。明朝、此処へ来るそうです。」
「そっか、」
ゲンジは腹の中に溜まった息を吐き出す
「どうされましたか?」
「いや、別に。」
「そうではありません、いきなりこの少女を連れ出して、どうなされたんですか?」
「アンリエッタね...この子は俺のことを知らないけど、俺はこの子と、ずっと前から関わってた。
その責任をとってやりたいのもあったけど、1番は、奴隷都市でのことかな。」
「獣人の奴隷のことでしょうか。」
頷く
「ちょうど、同じぐらいの歳の子でさ。俺は生前の彼女の姿を覚えてたんだ。
泣き叫んでて、怯えていた。
今では、それがなんだとしか思わない。芽亜利ならわかるだろ。人として大切な何かが零れ落ちてく。前の俺はもっと弱かったけど、今より強かった。
それを知ってる、過去の自分という存在を知っているからこそ、自分が変わっていくことがわかるのがタチが悪い。」
「ええ、そうですね。私も昔はそんなことを思っていたのかもしれないですね、でも今の私には、貴方様が居てくださる。
それだけで、私はこの世界の誰にも負けないほど幸福ですわ。」
「そっか、」
「この少女もゲンジ様と共に入れて幸せに感じるべきなのです。」
「それはどうかな。」
ゲンジはわずかに口角が緩む
源二は怪鳥の仮面を外すと、ローブを火の元へ晒す
「ねぇ芽亜利、俺が死んだら、どうする?」
「え?」
「たまに思うんだ、俺は死んだ方がいいんじゃないかって。
正直、ペトラとかエレーナさん、芽亜利の気持ちは受け止めたい。
でも、生きてる限り人は誰かの思いに少なからず答えようとしてる。それを考えなければ、この世界の中で俺はただの疫病神で最悪な人間だ。
俺自身がそれを知ってるから、たまに思うんだ。」
「そんなこと...」
「こんなこと、芽亜利にしか相談できないなんて思ってる俺も最低だ。
芽亜利だったらどんなに残酷なことをしてもわかってくれる。
落ちて行く自分を受け止めてくれるなんて思ってるんだから。」
「あら、私もずいぶん見下されていたってことですね。」
「そうなのかもね、人を殺すことを下に捉えて、芽亜利を1番下に落としてたのかも。」
「私はそれでも構いません。ゲンジ様に見ていただけるならば、私とて殺しに何も思わぬわけではありません。
楽しみはしますが、人の命を奪うということは同時に奪われる覚悟もまた必要。
私は貴方様を襲うとき、それを思い出したのですわ。
滾りました。
あの頃の貴方様の熱い眼差し、初めて殺すと決意した貴方様の目は今までにない激情と恐怖が入り混じって...
思い出しただけで...」
芽亜利に何か変なスイッチが入ってしまったのか、ゲンジは芽亜利の頭を撫でると、毛先の鮮血を揺らしながら微笑み返す
「山賊が、一晩にして殲滅された!?...」
シャルロットはただ淡々とした表情でエイレーネのテントにある地図の上に佇んでいた。
他の貴族達はシザーベントの女王の力に畏れを抱くもの、信じ難い報告を信じられないと唖然した表情を浮かべるもの。
しかしそのどれもが真実、シャルロットの口から告げられた真実に貴族達はただ聞き入れる他なかった。
ゲンジは約束通りアンリエッタを引き連れ戻ってきた。
それも、彼女はわずか一晩の間にどこか垢抜けたような、落ち着いたような奇妙な雰囲気を纏っていた。
まるで、あの日いた、ただの少年が瞬く間に世界を開いて取る人間になった。そんなような奇妙な感覚を。
しかし、実際に商人達は今でも特に賊に襲われることもなく都市を行き来し始めた。それが何よりの証拠だった。
そして、その功績は全てシザーベント女王アンリエッタによって成された功績とされていたが故に隠された闇の魔法使いの存在。
完全に隠し切れているわけではないものの、これで強い女王のイメージを作れたのに加え、復国へ大きな一歩を歩み始めた。
すでにシザーベントに入場してから1週間の月日がながれ、大方街全体の瓦礫は片付き、使える資材もまとめ切る頃に差し掛かっていた。
流石は魔法と言ったところか、普通の人力であれば数ヶ月はかかる作業も多くの人間の魔法を駆使することでわずか数週間で一仕事終える勢いだ。
シャルロットはいつものごとく自陣の指揮を終えると、テントを出て城を目指しながら歩く
もう一つ懸念していること、それはアンリエッタがゲンジに完全に心を許していることだ。
あの日を境に、アンリエッタは憑き物が落ちたように朗らかな表情を見せるようになった。
天真爛漫な笑顔はまるで王女という立場など知らぬ娘のように可愛らしい。
別に、ゲンジに嫉妬しているのではない。自分に嫌気が差しているのだ。
彼はクロセス・フロストとその妻を手にかけたにも関わらずまるで自分の娘のように彼女を叱咤した。
王女である以前に一人の人間として、正しい方向に戻そうとした。
自分とて、同じ立場のはずだった。元はと言えばクロセス・フロストが復讐したくてたまらなかったのは自分自身だったからこそ、自分は彼女を強く叱咤することも、親身になることもできなかった。
自己嫌悪がさらに強い自己嫌悪を呼ぶ構図が完成してしまった自分が、情けなかった。
「あいつ、あー!むかつきます!」
「えぇ、どうしたんですか急に。」
後ろについていたヒューノが驚いた表情を浮かべる
「まぁまぁ、結果オーライってことで今日もご飯食べに行きましょ!私は、この激務の疲れをぉ、あぁゲンジしゃまぁ、ゲンジ様成分を補充しなきゃあ」
直視できないほど解けた表情を浮かべる一人大きく息を吐いた。
復権編ありがとうございました。アンリエッタちゃんも可哀そうですが、復権編は栄光の裏、誰かが輝くその裏側にある何かを求めて書きました。
誰かの栄光の裏ではたくさんの努力があったり、誰かの苦しみもまぎれているのかもしれません。だから苦しいというわけでもないですが時として立ち止まって見るのもいいかもしれません。




