第2節 3章復権編Ⅱ‐Ⅴ
突然、顔に異物がつけ当てられる。
それは目の端に軽く触れると、スッと引いていった。
「泣いてるわ。」
エレーナが源二の目元に指を当てると、温かみのある水分がその流れに沿っていく。
「すいません。」
源二はおもむろに立ち上がる
「俺は、そいつらも殺すべきなんですか?」
「殺すべき、というのはお主が決めることじゃ。この魔法も長らくの時を経てきた。
昔とて非道な魔法じゃったが、今ではわからん。彼らとてお主と同じ望まぬ形で覚えさせられたのかも知れぬ。」
源二は完全に失念していた。
自分以外は全て敵、そんなことさえ思っていたのかも知れない。
一度それについても言われたことがあったのを思い出しながらも、心のどこかで考えることをやめてしまっていたのかも知れない。
人を殺すことを嫌っていた自分が、殺しという究極のエゴを押し通すことができることに逃げ場を感じる。感じていた。
少年はグッと手に力を込める
「すいません、悪い癖ですね。」
「まぁ良い、それが力の代償みたいなものじゃ。少しばかり猟奇的になるくらい誰にでもあることじゃよ。
それに、剣聖だけにとった話ではない。
お主らがもう時期出立するシザーベント、ここもだいぶ厄介じゃぞ。」
源二は話の流れを止めることなく、少し前屈みになって耳を傾ける
「シザーベントは今、完全に離散状態にある。」
「離散...」
「シザーベントの王家、クロセス・フロストの一家、フロスト家派閥は正統な王位継承権を主張している。
もう一つはピラーを始め様々な奴隷商、闇取引を統括してきた裏社会派閥
最後は、シザーベントという国を愛し祖国を穢れた地に落とした王家に反発する革命派」
「入り乱れてるわね...」
「エイレーネ、ウェインフリートは聞いての通り、この国のフロスト派閥に王位継承権があることを認め、介入する...
だからこそ、気をつけるのじゃ。相手は裏社会の人間。お主が普段慣れ親しんだツバキやその周りの人間のように奴らもまた人を痛めつけることになんの躊躇もない。
躊躇えば、殺されるのはお主だと思え。」
源二はその言葉により一層、手に込めた力を強める
「もう一つは...」
「革命派、ここまでいうからにはその筆頭がいるはずなんじゃが...
まだそれが特定できておらん。
じゃが、3大勢力に数えられる以上こちらも侮れない。
何か裏に強力な後ろ盾がおるのか、あるいは一部の貴族たちが結束しているのかも知れん。
それについても調べるつもりじゃから、分かり次第伝える。
話は終わりじゃ。」
そう言ってエマは本を閉じると、指先で触れることなく本を宙に浮かせては棚に戻す。
源二は何も言わずに立ち上がると、袖のあたりをエレーナに引っ張られる。
「またその顔...怖いわよ。外にいる時はそれでいいけど、気の許せる時に許さないと毒よ?」
「ごめん...」
源二はいつのまにか強ばった顔に手を当てると頬のあたりをグニグニいじった。
エマに話を聞き終わると、源二はエレーナを屋敷の前まで送ると、再び帝都へ戻る
「ごめん、待った!?」
広場のあたりに辿り着いた途端、後ろから声をかけられる。
源二でさえも今日は雅なプレートでも怪しげなローブでもなく少し上等な服を着ていた。
「今来たところだよ。」
「そう。じゃあ、行こっか。」
2人はそう言って歩き出すと、都市のなかから繋がる森の中へと足を踏み入れる。
目の前いっぱいに広がる緑の景色に明るい光が差し込み幻想的な光景が広がる
2人はその中をそれぞれの道を選んで歩いていく
「やっとこうして暇な時間ができたわね。」
「そうだね。」
「それで、どうだったの?何かいい手がかりは見つけた?」
「むしろ、俺が死なないように気をつけろって釘を刺された。」
「どういうこと?」
「ウェインフリートは今、混乱状態らしい。いろんな勢力が王座を取り合ってて、おまけに剣聖って言う人達が俺のことを狙うかも知れないーって」
「ねぇ、それ。本当?」
「え?本当も何も聞かされたでしょ?俺たちはフロスト家が王位継承権があるのを認めるーって話。」
「違う。剣聖様の方。」
「え?うん。」
「ねぇ、やっぱりシザーベントに行くのは辞めない?」
「またどうして。」
源二は太い幹に登ると、勢いよく飛び降りる。
今隣にいる女性と一緒にいるだけで、見苦しく染まっていく自分さえ許せる、そんな気がしていた。
しかし、そんな浮ついた源二の心を叱咤するようにペトラは木の上に座り込む
「狂戦士、あんたの中にいるその女は。剣聖に殺されたのよ。」




