第2節 3章復権編Ⅱ‐Ⅲ
源二の中に緊張が走る。
ツバキの相貌はそれほど辛辣に源二の相貌を見つめていた。
「反抗期かと思ったのだけど、残念だわ。ガーデンへの扉はそう簡単に行けるものじゃない。
魔の道を極め、森羅万象を見つめ、その身を魔に染め上げて初めて、自分と魔法は乖離するのよ。
たかが数年。魔法を齧った程度の子が到底行けるようなものではなくてよ。ゲンジ。」
源二は全身の血が沸き立つような恐怖を覚える。
自分は思い上がっていた。何者かだと本気で思っていた。その図星をつかれて初めて源二は今目の前にいる人物から溢れ出る深みに足を入れたのである。
思えばなんで惨めなことだったのか。ただ人を殺すことだけに拘って、いろんな人を裏切り、傷つけてきた。
そうすることが強いということだと、心の片隅で本気で思っていたのかも知れない。
そう思うと、自分が惨めで仕方なかった。
ゲンジ。本名は志乃源二はただの魔法もない、戦いもない世界からやってきたただの少年だった。そんな人間が僅か数年で何か物事を収めようなんて都合の良すぎる。
源二は奥歯を噛み締める。
「ごめんなさい...」
「聞き分けのいい子は好きよ。良い子ね、ゲンジ。」
ツバキは月夜に引かれた線を越え、源二の元へやってくると柔らかみのある抱擁に包まれる。
源二はただそれを鋭い剣幕と相貌で迎え入れる。
「良いこと、決して貴方が弱いと言いたいわけでは無いのよ。
奴隷都市で貴方が使った魔法、最上位にも引けを取らない火力なのにも関わらず、貴方は上位魔法の中でも比較的低位の魔法陣でやってのけた。いわば未観測。私達の智の及ばない領域...
私、驚きました。一度だけでなく二度も、未観測魔法を使うとは....」
ゲンジは困惑の表情を浮かべる
「だから言ったろ、ゲンジ君。」
ふと視線を声の主に向けると、忽然と立つフォールンが源氏に相貌を通わせる
「エマ君が言っていた青い炎の正体。君はそれを酸素とガスという名の空気の結合だと話したよね。」
「ガス...」
「あぁいいよ、無理に思い出さないで。とにかく。僕の仮説によると、元の世界ではこの世界における数世紀先もの技術を持っている。
おまけに魔法に頼らないときた。
僕らは好きに火を出せ、水を出せ、風を起こせるから、魔法というファクターがありとあらゆる部分に付き纏っている。
だが君の国は恐らくだけど、魔法という存在がなく、それ以外全くこの世界と差異がないことを考えると、君達は魔法以外の何かでありとあらゆる事象を操作しようとしてきたはずだ。
じゃなきゃ食べ物でさえ作れないからね。
つまり、森羅万象を見極めるという点において、君たちの方が遥か先をいっているんだよ。
ここ数年で、エイレーネの生産力はみるみるうちに上がった。もはやだの亜人種に追いつく勢いで、人類の発展はめざましい。
そのどれもが君の友達たちのお陰だそうだ。」
「元の...世界の...」
「特に僕が気にしているのはね、ニシノミヤカズという名の召喚者。火の魔法を使う彼はやはり逆算的に青い炎のありかにたどり着いたようだ。
おまけに頭も切れると来た。」
「ニシノミヤ...カズ...」
源二はツバキの腕の中、甘い香りに包まれる中、必死に心の中を探し回るものの何も見つかることはなかった。
「そう。君の使った魔法は、いわば前世の技術をこの世界で魔法に落とし込んだものと言っていい。
でなければ君は見たことも、聞いたことのない現象を生み出すとんでもないものになっちゃうからね。」
「元の世界の...」
頷く
「君がその魔法を使った時、一瞬だけ記憶が蘇ったのもそういうことなのかも知れないね。いや、そう考えてもいい。
元の世界に戻す魔法。
君の使いたがらないもう一つの。君の、固有武器の持つ魔法は、何も真っ向から魔法に楯突くものでも、ただ悪戯に人を殺すためのものでもない。
君は元の世界に帰りたいと願った。それだけの魔法とも言える。
元の世界に戻る。その選択肢の中にこの世界を、元の世界にしてしまう力があるとすれば、それはもしかしたら闇と光。この二つの魔法の抱える消失のジレンマさえも越えてくるかも知れない。」
「だから今は、その力が何か。貴方がどうやって前世の記憶を持ってきたのか。それがいかに使われるべきか。それを操作しなくてはならない。ゲンジ。
その為に、エレーナの持つ魔法と共に狂戦士の中の狂気たらしめているものたちを見定めて、撃ちなさい。まずはそれが先決よ。
貴方の力は、何も沢山の人を殺す為にあるものでもない。私はそれで嬉しいわ。貴方一人で奴隷都市を手中に収められたと言ってもいい。流石、我が子。でも、それとは別に貴方の魔法は大切は人を守る。そう教えられて今まで生きてきたのではなくて?」
源二の中で何かが跳ね上がる。飛び起きるように流れ出す。
ツバキの抱擁を解き、ゲンジはただ淡々と目を瞑ったまま静止すると、おもむろに立ち上がる。
「わかりました。」
一瞬にして源二の姿が虚空の中へ消えると次の瞬間には屋敷の前に佇んでいた。
視線は未だ虚空を結ぶ。
その意識が思考の世界へ向かう。
自分の使った魔法が元の世界の技術を使ったもの。自然と自分が使えることを知っていたのも理解ができる。
でも、問題はエレーナの方だ。あの夜、エレーナは話してくれた。自分の魔法がただ単に相手をガーデンの中へ送るわけではなかったこと。
人の中を見る。今までは身体的な面に止まっていたものがガーデンという肉体と精神の乖離した世界に到達すると、本人が自分と融合したような、流れ込んでくるようなそんな感覚を覚えたそうだ。
多くの骸。死の匂い、痛み、苦しみ、恐怖で埋め尽くされて、そんな気持ちの悪いモツを流し込まれたからあんなことをしたと。
源二は自分のしたことの後悔だけでなく、逃れられない責任感に駆られていた。
だからこそ、エレーナに無理はさせられない。
本人がそれを怖いというのなら、それを強制できない。
今の自分に守れるものは限りなく少ないのだ。
元の世界の友人も、立場も、尊厳も、自分の心と体でさえも守れない自分が唯一守れる3人の大切な人を何としても、何に変えても守りたい。その意思だけは堅かった。
ふと歩き出し、戸に手をかけると力を入れることなく反対側から戸が開けられる。
「あ....おかえり...」
視線の先には見慣れた短い髪の赤髪の女性が立ち、壮健な凛とした雰囲気とはまた違う柔らかみのある格好をしている。
しかし、目の端が微かに赤らんでいるのを源二はすぐに気づいたのだった。
「ねぇ、ちょっと散歩しない?」
源二は何も言わずペトラに手を差し伸べる
しかしペトラはそれを手に取るかどうか迷うそぶりをみせ手を握ると、2人は歩き出した。
黒いベールに黒いプレートを着込んだ源二と薄赤色のネグリジェにナイトガウンを羽織ったような無防備な肌を晒すペトラはただ綺麗に整えられた庭を歩く。
「エレーナから聞いた...奴隷都市でのこと。」
「うん。」
「よかった。帰ってきてくれて。」
「帰ってくるよ。俺にはここしか無いから。」
ペトラは頭を振る
「アタシだって、寂しくなるときくらいあるわよ。ウォルクロアフレイム。そんな魔法を使う人を圧倒してさらなる魔法で押し返した。
死体の山の上にはそれでも戦い続けるゲンジの姿。その姿は死さえ冒涜する悪の種とも言える。」
「そっか...」
「私の言葉じゃ無いわ。エレーナのでも無い。ツバキさんに出された報告書のようなものにそう書いてあった。」
「嫌われたのかと思った」
「バカ。でも、どうしようかなって思った。エレーナと浮気するなんて。信じらんない。」
静寂の中を彩る虫の声と水の流れる音だけが2人の中に流れる。
「ごめん...俺が悪いんだ。」
ペトラは首を横に振った。
「いい。やってることは最低だけど、エレーナは大切な親友だし、本人の辛さは本人にしかわからない。
私だって、自分の境遇をエレーナに話してもこれっぽっちも楽にならなかった。
あてにしてなかった。
最低よね。」
源二はただ静寂を答えるのみしかなかった
「相手の心を覗き込む。何もなかった。全てが黒だったって。でも、ただ怯えていてただただ怖かった。
そう話してた。ねぇ、そうなんでしょ?」
「怖い...」
「自分の智の及ばない世界にまで到達して、自分の認識さえも越えていく自分の魔法が。力に溺れていく自分が。
貴方という大海に理性ごと溶け込ませていなくなってしまうような。そんな恐怖。」
ゲンジはただただ虚空を見つめる。
「なんで、そんなに自信満々なの。」
「別に、アンタをよく知ってるからよ。
アタシはアンタ本人って訳じゃない。お互い好き同士で、一緒に生活してるからって全てが同じになる訳じゃない。結婚したからと言って、全てが一緒になる訳じゃないわ。アタシはアタシ。アンタはアンタ。でもアタシはアンタのことが好きだから。その、よく知ってるだけよ。」
「ごめん...」
ペトラは源二の肩に頭を乗せる
「そうやって謝られてばっかだと、アタシが虐めてるみたい。
ほんと、雑魚ね。よわよわ。」
ペトラはおもむろに源二に枝垂れかかると、反対にある右手の先に指を伸ばすと、ゆっくりと絡める
「なんで片方しかないのよ。馬鹿。」
「今度、必ず埋め合わせするよ。」
「今ここでして。」
ペトラは首元に埋めていた体を起こすと、源二の顔のすぐ近くに寄ってくる
熱い吐息がかかり普通なら卒倒しそうになるのを、源二はただ淡々と見つめる。
「早く。ん。」
ペトラはただ源二の眼差しを見つめる。
しかし源二は立ち上がった。
「今度、埋め合わせするから。
今はそういうこと、したくないんだ。これ以上、ペトラに失礼なことはできない。自分で自分のことを殺したくなる。」
源二はペトラに手を差し伸べる。
「だから、しっかり向き合えるまで。待ってて欲しい。」
ペトラは深くため息をつく
「はいはい、わかったわよ。全く周りが女だらけだと、誘惑するのも一苦労ね。」




