第2節 3章復権編Ⅱ‐Ⅱ
シャルロットは再び歩き始める。
しかしその顔は果てしない険しさを帯びていた
思考の中に意識を落とせば落とすほどシャルロットの剣幕は暗く影が落ちていく。
新たなる剣聖という刺客...これから迎えるシザーベントでの攻防も熾烈を極めるだろうし、召喚者達。特にゲンジに近かった鏡花を始めとした召喚者達は特に気を配らなくてはならない。今のところはミーシャを残すから大丈夫だと仮定して。いかにしてゲンジを剣聖から遠ざけるか。皇帝が変わるまでの残り数年なのか。現皇帝、ラインハルト。父がその地位を私に譲るまでは、この果てしない争いをなるべく起こさないように計らわなくては...
シャルロットは宮殿の正面へ出ると、目の前に止めてある馬車に乗り込む。
「ミーシャ、寝てなくては。」
「いえ、そういうわけには...殿下...」
「鏡花さん達のこと、頼みました。」
「剣聖様は...」
「彼はすでに王都へ出立しました。もし、またここへ来ることがありましたら、お引き取りを。」
ミーシャは青い髪の下に巻かれた白布を感じさせぬハキハキとした態度で反応を返す
「期待しています。ミーシャ。」
「行ってらっしゃいませ。」
馬車がゆっくりと動き始める。
二人の距離は少しずつ離れるごとに体の中に大きな鼓動が唸る。
何かの前触れを感じているのか。シャルロットは大きく息を吸って吐いた。
「着いたー!」
大きく背伸びをするエレーナを尻目に、源二は荷台を降りると、屋敷の方へ歩いていく。
あたりはすでに暗くなり、屋敷から漏れる光だけが美しい庭を照らしていた。
「おかえりなさいませ、ゲンジ様。」
いつもの如く、芽亜利が誰よりも先に駆けてくる。
しかし、ゲンジの目前です止まると、相貌を見つける。
ゆっくりとゲンジのすぐ近くまでくると、鼻をスンスンと動かす。
「あぁ、そういうことですか...」
「芽亜利、悪いんだけど今からすぐツバキさんのところに行くよ。ペトラにもそう言っといてくれ。」
「ええ、よろしいですけど、そんなに急ぎの用事なのですか?」
「ちょっとした報告と相談だよ。それと、ずっと俺の後をつけてきてる人にもう大丈夫だって言わなきゃ。」
「わかりましたわ。それと。」
芽亜利はおもむろに源二の耳元に口を寄せる
「体を清めてくるとよろしいですわ。いくらなんでも、分かりますわよ。女の勘を舐めない方が宜しくてよ。ゲンジ様?」
芽亜利は悪戯な笑顔を見せると、僅かに狼狽える源二をクルッと反転させると、背中を押して2人一緒に外へと放り出す。
「殺して、欲に溺れて...貴方様はどうしてそんなに美しいのですか?源二様。」
芽亜利は押して歩かされる源二の背中を押しながら、腕の内側に腕を通し、体を密着させる
「美しいって...」
「ツバキが大変喜んでいましたよ。たった一撃にして敵を壊滅させる大魔法。
世界を数えてもそんな魔法を使える人間は片手で事足りますわ。」
「それについてなんだ...」
芽亜利は外に出た源二の体を回り、正面から覗き込む
純白の動きやすそうなドレスが舞い刺激的な甘い香りが鼻腔をくすぐる
「一瞬だけ、記憶が返ってきた。一瞬だけ...」
「なるほど...少しの旅の後にでもどうしても会いたいほど溺れてしまったのかと思いましたが、そういうことだったのですね。」
「俺をなんだと...」
「それは、ウワキモノ。ですわ。」
源二は咄嗟に芽亜利から視線を外すために振り返る
「それに関しては...申し訳ないって思ってる。俺もよく分からなかった。なんで自分があんなことをしたのか。
でも、エレーナさんは綺麗だし、言いたいこともわかった。
怖いからって。俺が人じゃなくなっていくのが。
笑えるよな。最初は人も殺せないただの召喚者。少しそこらへんのやつと違う魔法を使えるだけでここまで来た。
今じゃ何人殺そうと気にしはしない。」
「それが、戦いの狂気。ですわ。ゲンジ様はいつだって私達を思ってくれている。それだけで私は、救われておりますよ。
貴方に心打ち砕かれてから、身を焦がす復讐心も、壊された憎しみも全てを貴方への愛に変えて。」
「どうしてそんなこと...」
「戦いの中で見出した私自身。これが、私自身なのですわ。
本当に恨んでいるわけではない。ゲンジ様に復讐心があるわけではない。でも、ふとした時に出るそういう気持ちさえ、貴方を思う力に変えてきました。
自分で言うのも何ですが、ゲンジ様が狂っていると仰るなら、私も十分狂っておりますわ。
ですから、私は貴方が他に女を抱こうが、何人殺そうが。世界中を開いて取ろうが。貴方と共におりますわ。
もちろん、貴方様が死すその時まで私の身は貴方と共に。」
芽亜利は源二の胸元に顔を預けると、うっとりとした表情で目を瞑る
「なんだか私までそう言う気分になってきてしまいましたわ。ゲンジ様。」
「い、いいからそう言うのは。じゃあ、行ってくるから。すぐ戻るよ。」
源二は半ば無理やり芽亜利を引き剥がすと一気に世界が歪む。
身体がここではないどこかへと定着すると先程の蒸気した空気とはまた違う、腹の奥を引っ張り出してきたような禍々しさが渦巻く閣の裏手に出現した。
源二はいつも通り裏の階段を登る。
襖の前に立つとなんの脈絡もなく迎え入れられる。
慣れたもので、それをなんとも思わず進んでいく。
それがたとえ知らずに迷い込めば確実に死すような罠だらけの部屋だったとしても。
「いらっしゃい、ゲンジ。お疲れ様。」
「いいえ。」
「それで、どうしたの?浮気でもバレた?」
「なんでツバキさんまでそんなことを...それより、聞きたいことがあって。」
ツバキは自分の向かいに丁寧に手を差し出すと、源二はその先に座る。
「エレーナさんの魔法、知ってたんですか?」
「ええ。じゃなきゃわざわざあんなとこまで行かせないわ。」
「どうして言ってくれなかったんですか。」
「可哀想だったもの。ペトラは貴方にベタ惚れで、メアリーだって貴方のことしか考えてないもの。
あの歳の女は意外とロマンチストなものよ。
胸高鳴る冒険、強い男に守られて落ちない女なんているのかしら。」
「そんな言い方...」
「まぁ好きか嫌いかはともかく、ピラーは嗚呼しなくては簡単には殺せない。特に、貴方は。」
「でも殺しました...」
「大事なのは過程ですよ。それが、私が貴方を買っている理由でもある。
心を削り、身が窶れても貴方の本質は変わらない。
貴方は自分の思ってるより優しいのよ。源二。今でこそ貴方は私の子として恐れられ、たった一撃で数百人を葬った稀代の魔法使いと恐れられたとしても、そんなのただの名声に過ぎない。」
ツバキは珍しく目の前にいる少年に垂れかかることも触れることもなくただ淡々と言葉を紡いでいく。それこそ、本当の母親のように。
「貴方がどうやって失われた心を取り戻したのかは、私にも分からない。エマ様にも聞いておくわ。
だから早く屋敷へお帰り?
あの子達、貴方のことが心配すぎて四六時中あーでもないこーでもない煩かったんだから。」
ゲンジは苦笑いを溢すと、一瞬のうちに振り返る
「誰だ!」
少年はその咆哮と共に咄嗟に立ち退き、振り返るとツバキを覆い隠すようにどこからともなく剣を発現させる
見える先には漆黒の虚空だけが渦巻いている
「いやぁ、凄い。凄いよ、ゲンジくん。」
「フォールンさん....」
虚空からゆっくりと霧をかき集めて具現化するようにして現れたのはフォールンだった。
フォールンは姿を表すと、何食わぬ感じで壁にもたれかかる
「正直驚いた。驚いたよ。
僕が君に勘付かれるなんて。」
「何したんですか。」
「殺気だよ。君が昔わからないって言ってた殺気を見せたのさ。ほんの少し。君が無防備に曝け出してる体をどう切ってやろうか。そんなことをね。」
源二は慌てて体を触る。
それを見て、フォールンの肩が上下に揺れる
「切れるわけないじゃないか。君の気配はもうそこらへんの少年じゃ到底到達できないような気配だよ。」
「そんなこと言われても、嬉しくないです。」
「君にとってはね。でも、クリス君からしたら君は立派に成長したと胸を張って言えるよ。
君とクリスは同じ闇の魔法使いだ。所詮真似事をできるだけよ僕には到底理解の及ばない同種の痛みがあるはずだろ?」
「フォールンさん、その。なんで、俺って生きてられるんですか。
人を殺したのに、考えてもしょうがないエレーナさんと浮気したことを考えたり、これからいくシザーベントがどんな国かワクワクしてる自分と、責任で押し潰されそうです...」
「いいじゃないか。実に君らしいよ。ひいては、人間らしい。君は君が思っている以上に人間らしいよ。
君の中には人を殺してはいけないと言う絶対的な理がまだしっかりと根付いている。闇の魔法がその理ごと消し去ったとしても、その牙城の抜け殻までは消し去ってない。
君にはからになった心に再配置されるべき良心が備わってる。
誰よりも弱者だった君だからこそ、できることだ。奢ることなく、ただ逃げ延びて、生き続けた。
絶望の淵に追いやられても逃げ延びてきた。どんなに不恰好でも生き延びた。そんな君だからこそ、我々が良心と呼ぶ何かがまだ君の中に君たらしめている。
僕はそう思っているよ。
世間では君を片翼のヴァンシー。死を運ぶものなんて言われてるけど、君は誰よりもその尊さを知っている。
君がそうして自分に苦しむのもまた、命の尊さを知ってるからこそだ。」
源二は足の力が抜けたようにしゃがみ込み、崩れ落ちる
「情けないです。まだそんなことを望んでたなんて...
今言われてわかった。俺は怖いんです。
どこに行っても俺は俺じゃない。禁忌の存在で、政治のカードで、畏怖されるべき化け物だから。
でも、俺は...俺はそんな人を思える気持ちすら、消失してしまったのかもしれません...」
ツバキは虚空の中に笑みを浮かべる
「ならば、試してみるといいですわ。貴方にペトラやメアリー、エレーナは殺せない。
有象無象は殺せても、貴方を操る半分の貴方がそれを許さない。
源二、貴方とエレーナを奴隷都市に向かわせたのはただの遊びではないのよ?
箱庭の巫女。人がガーデンというある種の特異点にたどり着く過程が魔法に具現化したその魔法は、今の貴方にとってはまさに天からの恵み。
時間を経つごとに狂戦士の中に巣食う魔物達が解き放たれようとしています。」
「ペーネロペーの中?ガーデンって俺の中だけじゃ....」
「普通ならね。でもゲンジ君の場合中にいるのは魔物じゃない。ピラー、魔物になった人間そのものだ。君の中で狂戦士が生き続ける限り狂戦士の魔法もまた、生き続ける。」
源二は自分の胸に手を当てる。
「ゲンジ、貴方の固有魔法は本来であれば本当に存在してはいけない程に他の異能とは群を抜いて違う。そうであるが故に、貴方は人よりも魔法を使えなくては行けない。わかるわね?」
「はい。」
「じゃあ、次やることはわかるわね?」
「ペーネロペーの中にいる魔物を倒して、正常の形に戻る。ですね。」
「ええ、でもそんな簡単にはいかないわ。狂戦士が負ける。あらゆる猛者達が寄ってたかっても倒せなかった闇の剣聖。そう言わしめた彼女が負ける相手はそう多くない。」
静寂の中、ツバキは居住まいを正し、鋭い眼差しを源二に向ける。
「大戦時代にいる魔物。恐らくは、黒龍。」
「黒龍...」
頷く
「火、水、風、地。そして光と闇。4大属性と2天と言われるこの龍達は大戦時代。僅か6頭の龍で人類側に大きな損害をもたらしました。
それが、勇者が作られたという理由でもある。
剣聖というのは、それら龍を討伐した種族、または超人的な魔法、或いは技術を使って龍を殺した者がそう呼ばれていますわ。
厳密には闇の剣聖なんてものは存在しない。
当然、歴史のタブーとして奥底に押し込まれてきた。
ですがそれは所詮隠しただけのこと。黒龍は確かに存在しましたし、闇の剣聖もいました。
サフィール家当主、サフィール・アレクサンドロ
新狩りから終命まで。最前線で戦い続けた猛将。冒険者や魔物狩りの神として今は崇められたりもしてましたわね。
私でさえも伝承でしか聞かないその剣聖とサフィール家は何か特別な繋がりがあるのかも知れません。」
「サフィール家...」
「ゲンジ、エレーナと共にガーデンへ向かいなさい。」
源二は立ち上がる
「お断りします。」
「反抗期?」
「エレーナさんは、俺の中を覗くと怖いと言ってた。俺の気持ちが、中身が流れ込んでくるんです。
そんな苦痛を、与えたくありません。過去にも、ガーデンに行けたことはあった。だったら、エレーナさんなしでも。俺がやります。」
ツバキは再び妖艶な笑みを浮かべながら、立ち上がるゲンジを再び目の前に座らせる。




