第2節 2章復権編Ⅵ
「そうできればな。お前は何のためにきた。」
源二は鋭い眼光を向ける
「迷える魂を救いに来た。それが、妖精帝としての役目。」
「妖精?」
頷く
「もしかして、知らない?」
静寂
「妖精、ぷかぷか浮いてる精霊のこと。木とか水とか、いつもみんなを見てる。」
「妖精は亜人種でもない、精霊みたいなものよ。魔法を使う人を好んでついたり、その特性も分からなくて、スピリチュアルビースト。そう言われてるから、まだ滅ぶことない太古の存在として一部では崇められてるわ。」
エレーナが源二の耳元あたりで捕足すると、妖精帝という少女は頷く
「見えない?」
源二はその瞬間、合点が言ったように少女を見つめる
妖精、幽霊のようにいわゆる限られた人間にのみ見られる存在ならば、さっきのような攻撃が繰り出される理由もわかる。
ここは異世界。記憶をなくした今でも記憶を無くしたということだけがわかっている自分にわかる数少ない事実。
異世界ならば元の世界ではあり得ないこともあり得る。自分が知らないのも当然だと思わされたのだった。
それでも、源二は怪訝な表情を浮かべる。
この少女、もし妖精が見えることが当然に捉えているならば、先程の技を避けた程度で強いと言ったのか。
自分には見えない別の攻撃まで避けていたのか。それとも、妖精自身もさらに見えないように魔法がかかっていたのか。
だとするなら余計に、今ここで相手に手の内を晒すことを理解できないのは当然だった。
「見えないな。俺からしてみれば、いきなり切りかかってきて、かつ有る事無い事適当を言ってるように見える。
逆に、それが本当だとしてなぜお前が手の内を晒す...」
「見えないものは見えない。戦わないものは戦わない。一度決めたら、そうする。みんなも、貴方を見直してる。
なにも感じないのは、怖い。だから貴方のことを見たかった。怖かった、から。
貴方の心を感じなかったのは違った。驚くほど静か。とても、戦う人に見えない。みんなはもっとドキドキ、ドクドク。
貴方は、とても穏やか...」
源二は軽く自分の胸のあたりに手を当てると、翠髪の少女は朗らかな微笑みを向ける
「手。貸して。
魔法を対象に介して導くには、過度な接触が必要。」
少女はエレーナと源二の手を掴むと、恋人繋ぎのように密着させる。
熱が伝わり、源二とエレーナの視線が交差する
「それには及ばない。」
源二は体の力をそこまで抜き切る。
今目の前に立つ人物を信用しきっているわけでも、慢心しているわけでもない。
今この場で彼女が裏切れば、どんな目に遭わされるか一目瞭然でもあるし、闇の魔法使いであると勘づいていないからこそ、まさか切った相手が蘇るとは思っていない。それ故に、先ほどから必ずある一線だけは超えずお互いに睨み合いの攻防を見せていた
「ゲンジ、大胆。」
「少しでもおかしな動きをしてみろ。葬ってやる。」
「しない。」
源二は体の力を抜き切ると、体に纏っていた穢れが剥がれ落ちるようにベールが無限装甲が空に溶けていくとなんの変哲もない一般的な服装が現れる
「魔法を。」
エレーナはそう言われると、戸惑いながらも頷く
体に力を込め、そこらじゅうを魔法で満たす
「デューサイト」
次の瞬間、横に立つ源二が消えるその光景に誰もが驚き立った
「心配ない。この子の世界に行っただけ。」
「本当に...私の魔法で...」
「貴方の、仲間?」
「え?」
翠髪の少女は突然帯の向こうからでもわかるほど濃密な闘気で満たすと、エレーナの視線が釘付けにされる。
源二とはまた違う熱を持つようなこの感覚にエレーナは自然と恐怖が湧き立つ
「違うよ。風の剣聖。」
「貴方は。」
「ウェインフリート帝国第三権力機関。フォールン。言うならば、君が襲ったゲンジ君の子守だね。」
「なら、いい。ずっと見てたから。」
「さすがだね。ひょっとして、僕の後ろにも妖精がいるのかい?」
「死んだ人に妖精は見えない。」
「そうかい。」
深く深い黒の世界。
叫び、嘆き、痛みがゲンジを囲う
全てを黒に染め上げ、景色さえない単色の世界が広がる中にひとりの少女の姿があった。
考えることはない。ただ淡々と前に進んでいくとやがて源二とは少女の距離が近まる。
「紅蓮の少女、これが本体か。」
「やっと来てくれた...王子様。」
「名前は。」
「ミヤ...ミャーって泣くの。それと、ごめんなさい。ミヤ、貴方を騙した...」
次の瞬間、鉤爪のような3本の風がゲンジに向かって襲いかかる
しかし、それを嘲笑うかのように闇の中へ消失する
「貴方に乗り移れば、ミヤ。助かるって言われの。ねぇ王子様...助けて...」
少女は折れそうなほど細い足で立っていたのがいつの間まにか力なくしゃがみ込み、それを覆うようにして大きな鉤爪の蛇目の魔物が現れる
「ドラゴンか?...」
ゲンジはそう言葉をこぼすとどこからともなく剣を握り込む
「構わない。そりゃあ、誰より自分が大事だよな。」
刹那、魔物がゲンジ目掛けて斬りかかったと思ったら完全に動きが止まる
掛かり、絡まり、締まる。そんな感覚を覚え、少女が僅かに後ろを振り向くと、幾重にも重なる糸のようなものが見えはじめる。
「ここは、お前の流した血で満たされてる。
お前のだけじゃない。殺したやつ。傷つけたやつの血と怨念で...」
少女は何も答えず、後ろに控える魔物と同じように鋭い睨みを少年に向ける
「救えないよ。俺にお前は...」
次の瞬間、鉤爪が崩れ落ち、墜落する
爪の先が地面のようなものに刺さると骸を切り裂き、血が止めどなく沸き立つ
その血の上に魔物の頭が落ちるとその血が大波のように源二の足元まで迫ると足を撫で、引き潮のように引いていってしまった。
再び歩き始めると、目前に力の抜けきったように弱々しく座り込む獣人の少女がいる。
「ミヤ、ずっと憧れてた。奴隷として攫われてから、ずっと誰かが助けてくれるんじゃないかって。昔、お母さんが呼んでくれたの。白馬に跨った王子様が可哀想なお姫様を助けるの...
ミヤにも、白馬の王子様が来るって。」
ゲンジはなんの言葉もかけることはない。
「痛かった...痛かったよぉ...怖かった。ぎょろぎょろの目に大きな爪...みんな、怖かった。魔物も人間も、みんなおんなじだよ...」
「そうだな。」
「でも、ミヤにも王子様が来てくれた...
黒い王子様...白馬に跨ってはいないけど、お兄ちゃんなら、ミヤを幸せにしてくれる....」
「俺にはでき」
「「できる!!!」」
「ねぇ、ミヤを助けてよ....苦しいよ...お兄ちゃん...」
「俺がなんのためにここにいるのか。わかっているのか。」
ミヤはゆっくりと首を縦に振る
「早く...助けて...ミヤを...ミヤを幸せにして....」
そう呟く少女を尻目にゲンジは大きく息を吸うと、身体中を魔法で満たす。
「ゲンジ君!!」
再び目を開けるとそのには黒く長い髪を下ろしたエレーナがゲンジの顔を覗き込んでいる。
「突然現れたからびっくりした...どうだったの!?」
源二は何も言わず立ち上がる
今源二の口から本当のことを言うことはできない。あまりに残酷だった。
殺すだけなら楽だ。顔を見ずに何も考えることなく、相手のことなど微塵も知らないまま究極のエゴを押し通す。
それだけで自分の思い通りになる。ならなければ、また殺せばいい。そんな考えが源二の中に生まれつつも、それに抗う自分と認める自分、嫌う自分がいたからこそ、初めて相手の立場を知って苦しんだ。
自分だって、怖かった。初めてこの世界に来たこと。命を狙われたこと。いつまでも自分は弱くて、情けなかった。
いつも周りに助けられてばかりで...龍弥...龍弥?
思い出している...
でも今は目の前にいる少女のことで精一杯だった。
突然連れてこられた奴隷都市、オークションにかけられて、あの女の毒牙にかかった。
ピラーを生み出す技術は魔物に人を襲われせるのに等しい。裸の心に武装した異物が突然入って殺し合いをさせられる。
負ければ一生の地獄。死ぬことも生きることも許されない無限の牢獄で激しい苦痛に耐える...
勝てば...いまのおれみ今の俺みたいに惨めに生きる。変わりゆく自分を恨んで、嫌って、剥がそうとしても剥がせない。
再び源二は振り返る。
「ねぇ!答えてよ!どうしちゃったの!」
「コロ...シテ...」
時が止まったような錯覚に陥る。
源二は俯き、剣聖も固まる
エレーナはただただ少女の言葉に再び耳を傾ける。それしかできなかった。
「タス...ケテ...」
「わかってたさ。世の中は綺麗事だけじゃ済まされないんだって。
それでも、俺が。俺がやんなくちゃ、意味がないって。
だから殺し尽くした。奪い尽くした。
どんな酷い魔法だって使った。
あの爆発が何かわかるか!?俺の元いた世界で使ってた兵器の真似事だよ!魔法の力に頼りきって現象も何もわからない。ただ景色を再現しただけ!
見たか、あの死体の山を!全員殺してやったよ!!」
「ゲンジ君....」
「怖いだろ!恐ろしいだろ!ピラーを生み出すってのは。無理やり戦わせて、身の丈に合わない魔法を使わされる!!
そんなこと...そんなこと...あっていいのかよ...魔法だけじゃない。
誰かを虐げるなんて...あっていいのかよ...人のエゴで...人の勝手で他人を傷つけるなんて...あっていいのかよ。」
絶句
「オオジ...サマ...」
「俺は今日、ヒトを辞める。こんなことをしたやつを俺は、許さない!俺が、殺してやる!!」
どこからともなく剣が発現すると、その柄を強く握り込む
「アアアアアア!!」
「ゲンジ君!ダメ!!」
源二は少女に向かって黒い鋼鉄を振り抜くと、手に跳ね返る感触を捉える。
鮮血が舞い、黒い剣先が赤黒く湿っていく。
「即死。」
啜り泣く声を後に、源二は目の前に横たわる少女の亡骸の前に跪く。
「剣聖、名前は。」
「エラ。そう呼んでいい。」
「弔うの、手伝ってくれませんか。」
「わかった。」
剣聖は少女の亡骸を愛おしそうに抱き上げると、巻き付けてある布が血に染まるのを気にも留めず、ゲンジと共に歩いて行った。
深い黒の中、一人の女は妖艶な笑みを浮かべ笑う
「やはり、ゲンジさんには荷が重かったかしら。でもまぁ、これで彼はもっと強くなる...
剣聖が動き始めたってことは...また始まるのね。闇の魔法使い狩りが...」
深い闇に染まった奴隷都市ではまだわずかに火が立ち上り、ツバキの私兵たちが街を占拠し、長きにわたる戦いの終止符に悠久の時を過ごしている声が夜風に乗って微かに窓をすり抜けてくる気がした。
柔らかなベットの淵に、ゲンジはただただ座り込む。
少年の心を支配していたのは、これで良かったのかと言う後悔だった。
あの少女を殺したことだけじゃない。ピラーという存在を生み出したものを殺し尽くして、蹂躙した。まるで、自分が悪魔みたいに...
闇の魔法を使ってるからでも、狂戦士が自分の体にいるからでもなんでもない。ただ、自分が自分の意思で一つの組織を潰した。
それだけ言えば聞こえがいいのかもしれないが、やったことはただの殺戮に他ならない。
それに、なぜか一瞬帰ってきた記憶も不可解だった。
源二はさらに思考の世界に落ちていく。
風の剣聖、妖精帝エラはミヤという少女の叫びを聞いてやってきたと言っていたがそれだけではなかった。
エイレーネ帝国皇帝ラインハルト、その男に呼び出された全ての剣聖が召集されるそう言っていた。
どうやら、新たな闇の魔法使いゲンジの存在は知らなく、露呈することもなかったが、強力な魔法使いとしてエラと共にラインハルトの元へ行かないかとさえ言われた。
言い訳はした。エイレーネではなくウェインフリートの人間であること。フォールンさんが監視していたことをエラが知っていなかったらこの言い訳のただのいいわけにすぎなかった。だとするなら、ゲンジという少年をこの場へ連れてきたのは、何か意味があったのか。他の意味が。考えてもわからないものはわからない。
今はそれ以上に源二の脳裏を鮮明な人の四肢で埋め尽くすように覆われていた
突然に襲ってくる熱に源二の体が強張る
意識が現実に引き戻され、暗闇に流れる静寂にわずかな布擦れの音とベットの軋みが耳を打ち、エレーナの纏う薄いネグリジェを押したあげて柔らかな熱が源二の背後を覆う
「エレーナさん...」
「動かないで...」
柔らかな腕が源二の背後から前に向かって円を描く頃には二人の距離は完全になかった。
「獣人の子の中を見た時、私もみえたわ。ゲンジ君の中が。
何もなくて、全てが壊れかけだった。怖かったわ。」
静寂
「怖かった。今まで一緒にいて生活してきた子が一瞬であんな光景を生み出すのが。
人って、あんなに簡単に死ぬものなんだって。
でもそれを楽しんでる私もいた。だって私がゲンジ君に言い寄れば、貴方は私を守ってくれる。
最低な女...
貴方にはペトラがいるのに、私...」
「そんなこと言わないでください。エレーナさん。」
「あんな魔法、普通じゃないわ。」
エレーナは腕の力を少しだけ強める
「ねぇ...ペトラには内緒で...ね?」
えー、まあそういうことです。
次回からは3章、復権編Ⅱをお送りします。
復権編は比較的長い章になっていますので、感想はまた今度に...




