第2節 1章女王編Ⅳ
「それで、なんの話だったの?」
ペトラが食事の準備を済ませて2人を出迎えると、4人は食卓を囲む
「頂きます。」
いつこれをいう癖がついたのか、誰がこれを言おうと言い出したのかさえ思い出せない染み付いたルーティーンを終えると、料理を口へ運ぶ。
「シザーベントに向かう前に、ツバキさんが奴隷都市で怒ってる派閥争いを治めろって。」
源二が淡々とそう告げると、口の横から料理が視界に飛び込んでくる。
口元に現れたスプーンの元を辿ると、源二の横に座る芽亜利が差し出していたのだった。
「ハイ、ゲンジ様?」
源二は一瞬時が止まったように静止する
「だから、片手でも食べられるって。いいよ、無理してやんないで。」
「無理なんてしていませんわ?私がやりたくてやっているんです。
ゲンジ様の腕があろうとなかろうとやっていますよ。」
「とにかく、食べれるから...」
「では、これから戰に赴く方に、少しでも良い思いをして欲しい...それでは、ダメですか?」
芽亜利は蛇のような鋭い眼差しを源二に注ぐと、大きくため息が漏れる。
「聞いてたの?」
「いいえ。ゲンジ様は戦う前、あまり食事をせず、遊ぶ仕草を見せますので」
「そんなとこまで見てるんだ...」
「ええ、相手の細部まで目を凝らす。戦う者として当然のこと。勿論ゲンジ様も見ていますが、私はいつもゲンジ様の周りを見ておりますから。」
ゲンジは差し出されたままの食べ物を口に運ぶと、芽亜利は何も言わずに笑ってスプーンを下げる。
「奴隷都市で、行き場を失ったピラーが暴れ回ってるらしい。
シザーベントが崩壊して、教会の影の部分が葬られた今、奴隷を作ってた下請けのカルテルが取引先を失ったことで不安定化した都市の中で抗争をしてるらしい。」
「まして、あの女の手がかかり始めたと考えると、妥当ですね。」
「私も行く!」
そう言って勢いよく立ち上がるペトラだったが、芽亜利も源二も冷ややかな目でそれを見ていた。
「何よ!」
「いいよ、ペトラ。これは俺の戦いだ。」
「あんた、何言ってんの!?」
「たかが半グレの抗争だ、それよりペトラにはシザーベントの準備をして欲しい。」
源二はそう言って立ち上がると、食卓を後にする。
「ちょっとゲンジ君?どこ行くの!?」
「風呂。」
水溶性の深い青のパステルに白のインクを撒いたような壮大な空を眺め、深くため息を吐く源二。
柔らかなお湯の温かみと寒空が交差する悠久の時が流れる。
おもむろに肩口を触ると、痛みは走らないものの、魔法で薄い膜を張ったようなものが肩口に僅かな光を帯びさせ、グロテスクな切断面を隠していた。
「これでいいんだ...これで。」
白を基調とした宮殿の中、シャルロットは書斎で何やら書類などを片付けていた。内容は先日任命されたシザーベント特別共有自治区復興に関するフェインフリートとの間に取り交わされた約束などを書面にまとめたものだ。
星の墜落以来、ウェインフリートとエイレーネは表向きでは友好的な姿勢を強めた。
というのも、この世界はいくら大国とはいえ2カ国とは限らない。2カ国間はおろか、もしかしたらこの世界丸ごと崩壊してしまったかもしれない魔法を発動させたのが2カ国間の王族等による私闘が招いていたのだとすれば後ろ指を刺されるかもしれないからだ。
シャルロットはそれ以外にも心に掛かるものがあった。
「担当監督官、ゲンジ...はぁ、ヴィットーリア様も酷なことを...召喚者の皆様にはまたなんといえば...」
ゲンジが死んで決まったことを伝えてはならない。星の墜落を防いだ大魔法を行使した結果、前世の記憶を失ってしまった。そうであるが故にゲンジの生存を伝えることもできなければ、死んだことも伝えることもできない。
考えるたびにシャルロットは深いため息をついていた。
途端に机の端にある羊皮紙に目を通すと、さらに深いため息をついた
「食料の供給について、もともとエルフの森や多くの自然を保護する亜人族が多いウェインフリートとわずか数年で同率に並ぶ...召喚者様達は私達に施しをくださるのに、私たちは何も...」
羊皮紙を端に戻すと、机に突っ伏す
おもむろにその場を立ち上がると、部屋を後にする
のどかな中庭を抜けてとある一室の中へ入ると、いつも見慣れた黄色い声が耳に入る
「あ!シャルロットちゃん!」
「早いですね、鏡花ちゃん。」
「さっきまで正吾くんとか龍弥くんの訓練に付き合ってたんだけど、疲れちゃって。」
「ほんと、訓練熱心で何よりです。もしかしたらもう巨大魔物を倒せるかもしれませんね。」
「えー?ないない、龍弥君はともかく、正吾君はヒューノちゃんにゾッコンだし」
「あぁ、そうでしたね」
思わず笑みが溢れると、メイドが昼食を持って入ってくる
「でも正吾さんは意外と至って真面目に教えてもらってるみたいですよ?」
「えー?どう思う?凛ちゃん。」
「興味ないし。」
「えー?凛ちゃんもすっかり大魔法使い!って感じなのに。」
「それはそれ。だってスマホもないし、暇じゃん。」
「まぁそれもそうだけど、結構楽しいと思うよ?ほら!スプーンも自由自在だし、勝手にご飯も食べれちゃうーって。」
鏡花はニコッと笑いかけると、凛も少しだけはにかむ。
「まだ男の子達は戻らないようですね。」
「いつあんなヘタレに癖がついたのか、気づけば毎日稽古、稽古だってさ。」
「剣ですか...まぁ、男の子ですからね。」
シャルロットはボソッと言葉をこぼすと、テーブルに置かれた食事を口に運んだ。
「それより、シャルロットちゃん。いつ行っちゃうの?」
「まだ少し先ですよ。大事をとって皆んなにはお父様のところに行ってもらう話はしましたよね?」
「うん、覚えてるけど...せっかくパラトスに来たのになんかあっという間って感じだったね」
そう言って窓の外に視線を送ると、窓の外には冬の空気のせいか一際彩られた街が目に飛び込んでくる。
「鏡花、ここにいるのがあんまり長いとサラトガさんが悲しむよ。」
「えー、まぁ確かにサラトガちゃんもああ見えて意外と寂しがり屋だからなぁ〜」
楽しそうに話す鏡花はやはりどこか周りを巻き込んで笑顔にするそんな不思議な魅力、それこそ魔法のような力を秘めていた。
シャルロットや凛が思わず笑いを溢していた。
深い森の中、一際大きな木々の上から何者かが飛び降りる。
目には薄い帯のようなもので目を巻き、耳には耳当てのような柔らかな素材が付けられ、手には美しい刺繍とシルクのような見た目をしている手袋がつけられている。
肌の露出は少なく、華やかなドレス姿で風に靡くほど布の端が踊るように舞い上がる。
「このざわめき...嘆き、憂い、恐怖...」
少女は柔らかな緑色の髪を靡かせると両手を仰向けに差し出す。
「こっち...」
少女は森の中を迷わず歩き始めると、風が吹くこともないのに、草が揺れた。
だだっ広い草原の中、エレーナと源二は馬に跨っていた。
片方は茶色い毛並みの揃った健康的な馬に跨り、源二は馬かどうかもわからないような黒く深い馬が静かに佇んでいた。
「ここで待ってて。すぐ戻る。」
そう言って源二が体重をかけると、とてつもないスピードで駆け出す。
みるみるうちに丘を駆け抜け、風を切り裂く。
馬に息遣いらなくただ淡々と体を動かす鼓動だけが伝わってくる
ある程度走ると草原の中に一つの家が目に飛び込んでくる。
源二はその家の前で止まると、戸の前に袋を置き、何も尋ねることも、戸を叩くこともなく馬に戻ると再びエレーナの元へ走って行った。
やがて風の知らせを受けて、戸を開けると顔に皺が寄った老婆が現れる
老婆は特に何を言うこともなく足元の袋に視線を落とすと拾い上げ中を見ると目を見開き、遠くを見渡す。
老衰で衰え切った視線を凝らす
「ありがたや...」
その視線の先にはぼやけ切った黒い塊が丘を走り去っていく塊が消えていくところだった。
やがてエレーナと合流すると、ゆっくりと走り始めた
「なんだったの?」
「昔、この先にいる家の人に助けてもらったんだ。
誰もいなくて、何も残らなくて、死んだと思ったけど、あの人たちに助けられたんだよ。」
「どこに行ったかわからない間にそんなことが...」
「別に、今思えばそうでもなかったのかもしれないです。」
「そんなことないわ。ゲンジ君は私から見ても驚くほど変わったわ。」
「そうですか?」
「うん!そうね、男らしくなったかしら。あとは、余裕がある?というか落ち着きがあっていいわね。」
「違いますよ。落ち着いてるんじゃなくて、何も感じなくなってるんだと思います。」
「どういうこと?」
「一度戦い始めればもう思惑とか、策略とか関係ないです。
ただ目の前にいる人を殺さなきゃ自分が死んで、自分が殺せば罪悪感に浸る。
それをうまくこなすためには、ただ心を空にしてすり減らすものをなくす...ってね。」
「てね。なんてそんな言い方しないの。芽亜利ちゃんも言ってたけど、ゲンジ君は自分が思ってるよりちゃんと人間なのよ?」
源二は笑みを溢す
「別に自分が人間じゃないなんて思ってませんよ。なんか恥ずかしくないですか?自分が人間じゃないって思って過ごすのって...
まるで他の人との違いを誇らしく思ってるみたいで...なんていうんだっけ...これ。」
源二はポカンと虚空に思考を落とすものの泡のように溶け出しては空に消えていく。
グッと歯を食いしばると一つの答えに行き着く
また、元の世界のこと考えてる...
「ごめんなさい...」
エレーナはその様子に気づいたようだった。
「いや、不可抗力ですよこんなの。俺のせいです。」
「そうやって自分を責めないで?今はペトラっていう心の拠り所はいないかもしれないけど、代わりに私でよければ相談に乗るわ?この無職のお姉さんに怖いものはないわ?」
源二は再び微笑むと、さわやかな草原の風が二人を追い越していく




