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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第2節 1章女王編Ⅲ

「噂には聞き及んでおりましたがかのツバキ様が人妻になろうとは驚きです。」


「立場で物事を語るより、人は人の本質で決まるのよ?ヴィットーリア。」


ツバキは高圧的な態度を崩さず、余裕さえ伺える笑みを浮かべている。対照的にヴィットーリアは純白さを汚されたようなものだが、表情さえも崩さず、静かに抗っていた。


「では、パーティーをお楽しみくださいませ、ツバキ様。では、ご機嫌よう。」


そう言って二人がすれ違うと、センがゲンジの横で立ち止まる。


「すまないな、ヴィットーリアはああ見えて好戦的で、計略家なんだ。私に似てな。」



センは再び歩き出すと、やがて貴族達の話し声も彼方此方から聞こえ始めていた。


そして一悶着あって以降、あれほど視線を集めていたツバキはいつの前にかまるで元からいなかったかのように泡のよ絵に消えてしまった。


パーティーが終わりを迎える頃には当たりは暗く、寒空の中にも多くの時間が経過したことを知らせていた。


揉みに揉まれた一日、まさにこの一言に尽きる忙しさだった。


「すごい日だった...」


「まぁ、貴族は普段戦うわけでもないからね。ある意味、舌が剣みたいなものなのよ。」


「そうかもね...」


そう虚空に意識を離しそうになるのを掴むと、ふと横から暖かな風が漂う


「ん。」


源二が下に目をやると、手を逆手にパーの形に広げ、霜焼けか、火の光か赤く焼けた頬が目に飛び込む。


源二は何も言わずにその手に添う。


熱く、熱いその感触に細かな指先までもが絡み合い、調和するその間には訳し難いむず痒さが二人の霜焼けをより一層熱くさせていた。


「これで、返せたかな。」


「馬鹿...まだよ。」


オレンジ色に反射する石畳の端の上、その丁度真ん中まで行った途端、二人の姿は突然に消失していった。




風がうねり、世界が歪み変わるとそこはもう見慣れたいつもの屋敷。

部屋の明かりが灯り、漏れ出た光が庭や水を彩る


玄関の戸の階段を登る瞬間、二人の手が離れる。

仕方ないことだとはわかっているにも関わらず、大気の冷たさが憎い。

この時の源二はもしかしたら少し怪訝な顔を浮かべていたのかもしれない。

何気ない出来事でさえも、気になっていた。

「戻ったわよ。」


ペトラがそう声をかけると、勢いよく石を跳ね返す音と共にエレーナがペトラの肩をがっしり掴む


「ちょ、ちょっとなによ。びっくりするじゃない。」


「あのお金!一体なにしたの!?なにしてくれちゃったの!?!?」


エレーナは珍しく気が動転しているようで源二も驚きの目でエレーナを見つめる。


「どうしたの?」


「どうしたもなにも、ギルド予算並みのお金が届いたのよ!それとこの手紙も!」


エレーナから手渡された手紙をペトラが受け取ると、唱えることもなく頭上に光球が浮かぶ


「えーっと...シザーベント特別監督官就任おめでとう。

シャルロット公とエリザヴェータと共にウェインフリート再建に尽力してください。期待しています。ヴィクター...」


「ヴィクターってヴィットーリアさん?」

源二が問いかけると、エレーナの顔が強張る。


「ヴィクトーリアって、アルレイド家の??」


「多分...それ以外知らないし...」


「間違い無いわ。貴族達の内密の文通ではこういう手口はよくあるわ。さては、相当気に入られたわね、アンタ。」


段々と声に怒気がこもり始めると、源二が苦笑いを浮かべる。

ヴィットーリアは決して自分に好意があるわけでは無い。あくまで自分という強力な政治カードを手に入れようとしているに過ぎない。

それでも、その話を持ち出すと、それはそれでツバキとの関係に直結することになり、結果的にペトラを苦しめてしまうことが辛かったのだ。


「ペトラ...怒ってる?」


「怒ってない!」


「怒ってる...よね?」


次の瞬間、まるで最悪のタイミングを伺っていたかのようにして白い美少女が飛び込んでくる。

「貴方だけの芽亜利が今参りましたわ!ゲンジ様!」

勢いを殺すことなく二つの体がぶつかると、よろめき、倒れる。


いくら屈強な体を手に入れても、不意打ち。しかも片腕を失ったままでは受け止めることも、手をつくこともできず、崩れ落ちると硬い床の反面に柔らかな体が押し付けられると、少女熱のある喘ぎが耳に届くと同時に柑橘系の香りが鼻腔を抜ける


「まぁ、珍しく大胆...お望みであれば今夜もお背中お流し致します。」


芽亜利は挑発的な笑みを浮かべるものの源二は苦笑いを浮かべると、芽亜利の助けを借りて落ち上がる。


「そう言って、たまに入ってくるだろ。」


確かに芽亜利は特に自分の体を気遣ってくれている。

いろんな意味で狙われているのかもしれないが、たまに風呂に入ってきては体を洗ってくれたり、食事をするのを手伝ってくれる。


「アンタ!よくアタシの前でそんなこと言えるわね!」


「あら、ゲンジ様の彼女であるにも関わらずこれほどまでに放置して、挙げ句の果てに傲慢とは、罪な女ですわね。」


「うっさい!早く離れなさいよ!」

「お断り致しますわ。私は最終的にゲンジ様の子を孕めれば良いですが、今は貴方の機嫌を損ねるのが楽しいのと、あの女の匂いが染み付いているので私が取ってあげます。

ね?ゲンジ様?」


「ありがたいけど、一人でできるよ。」


「酷いですわ、ゲンジ様。私から全てを奪っておいて、なんの責任も負ってくださらないなんて...」

源二は口を噤むとなにも言えなくなってしまう。

そう、自分はこの少女から魔法を取り上げてしまったのだ。それも、自分が元の世界に帰りたいというエゴだけで。

そう考えるだけで今目の前にいる少女を拒むわけにはいかない。


「わかったよ...じゃあ背中だけお願い...」


「ええ、喜んで。」

芽亜利はしてやったりと言った表情を浮かべる


「ねぇ、まだ話終わってないんだけど。私、職なしなんですけど...」


エレーナが半分教えた声でそういうと、一同が固まる。


「え?」


「今日出勤したら、もう来なくていいよって...」


「うそ...」


エレーナは今にも泣きそうな顔を浮かべているものの、源二やペトラはあまりの出来事に苦笑いを浮かべるほかなかった。


「なんかみんな私のこと嫌いになったのかと思ったら、なんかそういう感じじゃなかったし...」


「どういうこと?」


「なんか、笑顔で送り出してくれたっていうか、頑張ってねみたいに送り出されて...」


「どういうこと??」

ペトラが怪訝な表情を浮かべた時、玄関の戸が開かれる。


「あら、貴方達。何してるの?こんなところで。」


「ツバキさん...」


月明かりを浴びて、金の刺繍が煌びやかに輝かせるツバキは、昼間の印象とは違いまるで闇を着込んだかのような妖しい雰囲気を帯びている。

こうしてみるとやはりこの女性は昼に見るより夜に見る方が美しいと思ってしまったが、源二はそんな失礼な幻想を虚空の中へ消失させた。

「ちょうど良かった。エレーナさん、ゲンジ。私についてきてくださる?」

ツバキはそう言って歩き出すと、一瞬源二とエレーナが見合うとそれについていった。


雅な書斎、普段は使うことも無い幾多の部屋の中でもツバキにあまり入るなと言われてきたこの部屋に通されると、ツバキは奥の座に座る。


エレーナと源二は入り口のドアを潜ってすぐのところに立ち尽くしていた。


「なんですか、話って。」


いつも向かい合っていた和風の部屋とは違い、赤みのある木の目立つ部屋の皮椅子に腰掛けるツバキに望まれる


「ゲンジ、奴隷都市って覚えてるかしら。」


頷く


「あの付近で近頃、ピラーの目撃情報が出てるの。」


「ピラー?いなくなったはずじゃ...」


「新しいものが作られなくなっただけよ。過去に作られた者たち、力が制御できてない個体や買い手がつかなかった個体がシザーベントという大きな母体を失ってからというもの、裏の世界での派閥争いに大きく貢献しているわ。」


「そんなことが...」


「ゲンジ、シザーベントに向かう前に奴隷都市へ行って、ピラーとそれを使うカルテルを始末しなさい。」


途端にエレーナが動く

「ちょっと待って!そんな簡単に始末しろだなんて。源二君をなんだと思って...」


「何のために貴方を呼んでいるのかわからないのかしら。

始末しろと言ってるのはカルテルの機関を寸断しろってことよ。再起不能にすればいいの。殺しもするだろうけど、何も全員ってわけじゃ無い。私も同じ種を殺せというほど鬼じゃないわ?ピラーはそれだけ不安定な存在だからこそ、エレーナさん、貴方が診てあげるのよ。」


「やります。」


二つ返事で突然の回答にエレーナが振り返る。

しかし、そこには確固たる顔を浮かべた源二が立っていた。


「正気?貴方、いくらツバキさんと肉親になったからって全ての命令に従わなきゃいけない訳じゃないのよ?」


「俺でもそれくらいはわかってます。でも、あれはもう生み出されちゃいけないものだし、もしピラーを悪用してるなら止められるのは俺だけです。」


「ヒーローにでもなったつもり?貴方のことを心配してるのよ?」


「別に、ヒーロだなんて...

エレーナさんは、ピラーがどうやって生まれるか分かりますか?」


「え?」


「体の中にもう一人の人...いや、心を食い殺される怖さを...

俺でも心までは殺されなかった。

それでも怖かったんです。

それが、体を弄られて意味のわからない魔物に心を食い殺され、飼い殺しにされる...

そんな人を。そんなことをする奴らを、止めなきゃいけない。

そう思うことが、おかしいですか?」



「そういうわけじゃ...」


「決まったわね。

早速で悪いんだけどゲンジ、わかってるだろうけど闇の魔法と、あの魔法はもちろん使用禁止よ?

いくら奴隷都市とはいえたかが一つの抗争で使っていい代物じゃないわ。

それに、貴方をそう易々と壊れものにできない。」


「分かりました。」


「それと、はいこれ。頼まれてたやつ。」


そう言ってツバキは引き出しから小袋を出すと、金の弾ける音が耳に届く


「この金貨、使い道を聞いてもいいかしら。いくら金に困っていないとはいえ、湯水のように湧く者でもないのだけれど。」


「恩返しです。」


「ああそう。貴方のその潔さと覚悟、嫌いじゃないわ。」


「別に、俺は裏社会の人間になりたいわけじゃないです。ただ、こうやってでしか返せない。それだけです。」


源二は部屋を後にすると、エレーナだけが残る。


「あぁそうそう。貴方にももう一つ。」


そう言ってツバキがエレーナに向き直る


「貴方の魔法、ただ人の体を見れるだけのものじゃないと思うわよ。

まぁ、これも憶測だけど。色々と試してみなさいな。」


エレーナが疑いの目を向けるものの、それとなく頷いた。


「それで?貴方はゲンジのこと、どう思ってるの?」


「どうって...別に。」


「好きなの?」


「そういうわけじゃないです。ただ、心配で。

また、居なくなるんじゃないかって。ペトラのことも...」


「今やこの世界でゲンジと対等に渡り合える人数なんて限られています。

それこそ、数で押し切られない限り1対1でゲンジの右に出るものは少ないわ。」


「いつ間にそんなに...」


「それがピラーの技術よ。昔からある一定数は体内に入れられた因子を逆に食べてしまう人間もいたのよ。別に不思議なことじゃない反作用みたいなものだけど。そうした人間は体内に入れられた魔物が強ければ強いほど、本人も強くなる。

要は体内に取り込んだ魔物の力をそのまんま自由にできちゃうってことね。

ケースバイケース。魔物が主人を殺して好き勝手できるか、自分が魔物を殺して好きにできるかのどっちかってことよ


ともかく、今のゲンジはもう人間じゃないと言ってもいいかもしれないわね。だから早々に死ぬことなんてないわ。」


エレーナが俯いたまま何かを呟く

その声がツバキには届かず、ツバキが片耳をエレーナの方へ向かわす


「ゲンジ君はそんな人じゃないわ。彼は尊敬に値する男の子よ。

今だって、自分と同じ境遇に立つ人を救うために自分の心を殺してる。

ゲンジ君にとって仲間が、友達がどれだけ大事なのかは傍にいても伝わってくるわ。それを失って、心をすり減らしても、さらにそれを押し殺して戦おうとしてる。

そんな彼を人間じゃないなんて...母親失格よ。」


そう言ってエレーナは戸を出ると、ツバキは椅子に深く腰掛け、口元のあたりを裾で隠す


「母親失格とは、面白いこと言うわね。」


妖しく、まるで深い闇を彫ったような笑みを浮かべる姿は誰の目にも届くことなく、ついていた蝋燭の火が瞬く間に消え切ると同時にツバキの相貌は月の光に照らされて輝いていた。


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