第1節 11章 覚醒編Ⅰ
覚醒編ということで、この回の話から割と概念ごと壊れる気がするので...
「おはようございます、我が子。」
清らかながらもはつらつとした声に意識が覚醒する。
視界が開け、目の前には一人の女性と世界を覆う白。そして自分は柔らかな白い草の上に横たわっていた。
僅かな風が肌を撫でるが匂いはない。
ただ感触だけが身体を伝う。
「ここは...」
「アトラスですよ。」
「アトラス?」
「ええ、人造固有武器アトラスの内部です。」
「あなたは...」
「よよよ、酷いですう。我が子。」
「なんですか?我が子って。」
「私が貴方を召喚したんですよ?源二さん?」
「アンリ・セレナ!?」
「まあ、母の名を呼び捨てだなんて。貴方も娘によく似て傲慢な子になってしまったんですか?」
「いや、でも死んだはずじゃ。」
「あら、あなたも死んでいますし、私も死んでいますよ?それに。」
女はそういって長い髪を手で持ち、ショートにまとめると源二は心の中で感嘆の声を漏らす。
「ね?信じてくれた?」
「え、あ、はい。」
「うーん、反応がイマイチね。ま、いっか。」
「俺、死んだって。」
「ええ、そうよ。
人造固有武器アトラス、その力を構成する存在ピラー。外部から個人の魔法機関を侵食することで、抵抗力を削ぎ、アトラスの持つ魔法によって攻撃されることで肉体と精神が乖離。事実上の死亡ってことね。」
「え?」
「あなたの身体は無事だけど、心と体が離れてるから身体も動かせないし、貴方という器の中にあなたがいないってことね。わかったかしら。」
「はあ、」
「うーん。召喚者の国はみんな頭がいいって聞いてたんだけど、もしかしておバカさん?」
「失礼な!わかってますよ!ただ、突然のこと過ぎて...」
「私がいきなり召喚したことより突然なことってあるかしら。」
「あんたがそれを言うか。」
「えへー」
「じゃあここは。」
源二が辺りを見回すと、自分が狂戦士と出会った場所のような無機質で、色のない。空白のような世界が広がっていた。
しかし、その世界はどこか自分のとは違う何かを感じていた。
例えば足元には白い芝生のようなものが広がり、風がある。
その形式が地面の隆起と共に広がり見渡す限りの白い草原だった。
「ですから、アトラスです。
アトラスの中に取り込まれたのですよ。」
「だから俺は、」
「死んだんですよ。貴方が私の子第一号の死者よ。」
「はあ。」
「まあ、大方アトラスを通してどうなってるのかは把握してたけど。
少し、歩きませんか?」
「は、はい」
源二は戸惑いながらに立ち上がると初めてセレナの面と向かい合う。
セレナはじっと見つめてくる少年に疑問符を浮かべた顔を見せるが源二は苦笑いを浮かべると二人は並んで歩き出す。
正直、源二には何が何だかわからなかった。この世界に来てからというもの、感情の起伏が嘘のようにない。
まるで夢でも見ているかのように、自分の行動が誰かに操作されているような感覚さえ覚える。
「不思議?さっきから落ち着かないみたいだけど。」
「はい。なんなんですか、これ。」
「ガーデン。私たちはそう呼んでいるわ。いわば思考の世界。生き物を形作るものが身体と心の二つに分けられるのだとすれば、ここはその心の部分。この身体の形は、私たちの心が勝手に自分の身体を記憶しているに過ぎないわ。」
「この世界、見たことあります...」
「ええ、この世界は魔法を使えるならば見ることができる世界だもの。もちろん、簡単じゃないけれど。
私もここへ来る前さんざん見たわ。それこそ、ピラーになるときも、貴方達を召喚するのも。
でも嬉しいわ。こうして我が子に遭えたんですもの。」
「その我が子ってもしかして召喚された人たちのことですか?」
「ええそうよ。私の魔法から生まれたんだもの。我が子みたいなものよ。」
「いや、実の娘は?」
「あれも我が子。もっとも、あの子には母親らしいことはこれっぽっちもしてあげられなかったし、向こうはどう思ってるかわからないけどね。」
「ペトラは...多分そんなこと思ってないですよ。じゃなきゃ、こんな俺を助けてくれようとなんてしません。」
「そう、今では私よりあなたの方がペトラのことを知ってそうだものね、フィアンセだもの。」
「そんなんじゃ...俺にはまだそんなこと...」
「ですが私の知るところではあの子が男の子にアタックするなんて普通じゃないわ。最も、原因は私なんだけど。」
「無責任な...」
「ともかく、まずはしっかり謝らせてほしいの。関係のないあなた達を巻き込んでしまった挙句、源二君。貴方にとっては本当に辛いことをさせてしまいました。」
セレナは僅かな微笑みを源二へ向けると、頭を下げる
「やめてください。確かに、ここに召喚されたのは戸惑いましたけど、他は自分で決めたことです。セレナさんが悪い訳じゃありません。」
「優しいのですね。ここでもう一度あなたに殺されるくらいは覚悟しておりましたのに。」
泣きぼくろ以外いつも一緒にいた少女と瓜二つのその女性は再び源二に向かい微笑む。
「ドキドキしているんですか?女としては嬉しいんだけど、そういうのは娘にしてあげて?ね?」
「ち、違います。」
源二は照れ隠しで辺りを見回すと視界全体に白が映る
灰色で、白で、黒くもあるかもしれない世界。なんとも不安定で、いまにも霧に埋もれそうなほど淡い世界。寂しい世界。
殺風景にも満たないその薄さの中で、源二は隣に歩く女性を僅かに見る。
たわわみ実る双丘と特徴的な泣きぼくろと腰まで伸びた紅蓮の髪以外ほとんどペトラと変わりないその見た目はいつもペトラと関わっていた源二にとってはむず痒くて仕方なかった。
しかし、そんなことも束の間。源二は草原を進む中で沸々と自分がここへくる前のことを思い返す。
「クリスさん...」
「初代勇者、クリス。元は勇者だったけど、彼が今のここを作ったと言っても過言ではないわ。」
「なんで、初代勇者が...」
「うーん、長いのよねーこれが。それに、私もわざわざ君を起こしたのにはわけがあるからそっちを先に済ませてもいいかしら。
貴方に会いたいのも、私だけじゃないみたいだし。」
セレナはそう言って立ち止まると、いつのまにか目の前には金髪をおろした美女がお辞儀していた。
「あなたは...」
「ラインハルトの妻、サフィール・アレーです。」
「サフィール...」
「ええ、今あなたの中にいるのは私の姉ですわ。」
「やっぱり...でも王女様って...」
「ま、とりあえずお茶にしましょ?この世界じゃこんくらいしか楽しみないし。」
セレナはいつの間にか地面に風呂敷を広げ、そこには音もなくティーポットやカップが並べられていた。
セレナは突っ立ったままの源二をぽんぽんと自分の横を叩き、座るよう促すとそそくさと正座する。
すると虚空から突然、プラスチックの小さいカップが自分の前に現れ、それを手に持つ。
「随分と変わったカップね。小さいし」
「え?」
「カップも何もかもがこの世界では自分の心の裏返しよ?」
そう言われながらプラスチックのカップに色のない液体がそそがれると、僅かに湯気が上がる。
それを少し口に含むと源二は顔を歪める
「白湯?」
「だから、それは全部あなた次第よ。私たちが山の上でこれを飲むのか、誰といるのか、何をするのかも全てあなたの想像で変わるのよ。」
源二は内心その説明をよく理解することができなかったが、今手に持っているカップはどこか見覚えがある気がするし、そもそもプラスチックなんて素材自体、この世界には存在しないものだった。
源二は再び考え込むと、カップから硬い音が返ってくる
「氷...」
少年が再びカップを覗くといつのまにかプラスチックのラメが僅かに輝いていた。
もう一度口を傾けると、喉にピリッと液体が弾けるとともに、独特の甘さが口を覆う
「炭酸だ....」
「なんでもいいですけど、できたようですね。」
「でもこのコップ...」
源二は手元に握られたカップを覗くと、やはりどうにも不相応なそのプラスチックが気にかかる
「もしかして、もう魔法は詠唱なしでも使えるの?」
「はい...」
「だったらそれはあなたの記憶ね。味や音、世界そのものを想像できないなら、それはあなたの体験した記憶に置き換わる。でも、その記憶も鮮明じゃないからこうして世界が薄く、淡くなるのね。」
「随分と、詳しいんですね。セレナ様は」
「やーね、王女様ほどじゃないわ。未来の息子のことだもの。他の人達を起こして聞いたのよ。」
「他の人?」
源二が軽く首を傾げると、サフィール・アレーというお淑やかな見た目の女性がカップを置く。
「擬似固有武器アトラス。その力を成す人柱となった異能使いたちや、貴重な魔族のことですよ。」
「大戦時代の?」
「ええ、正確には大戦後期から、あなたがこの世界へ来る数年前のことですが。」
「闇の魔法使いがいるんですか?」
「いいえ、でもかつて闇の魔法使いと戦った者達がいます。皆様、あまり人が好きではありませんので...」
「あんなにイカれてるのに、人嫌いのところだけは共通してるのよね。」
アレーは口を隠しながら上品に頬を緩める
「異能とはよく言ったものだけど、結局はどれもただの魔法よ。私の召喚魔法だってね。」
「どういうことですか?」
「異能、人はそういうけれど結局その異能も元からこの世界にあった現象を再現しているに過ぎないわ。
例えば私の召喚魔法だって、みんなが魔法を使えば魔法によって現象が発生する原理に集中したに過ぎないのよ。魔法を使って水を突然操るように、どこからともなく水はやってくるし、火も出てくるし、雷も降ってくる。
その作用を主に扱っているのが召喚魔法に過ぎない。なんなら基礎中の基礎みたいなものなのよ。」
「なるほど...」
「そこにいる子も同じようなものよ。立ち所に怪我を癒してしまう異能。本来いるはずもない回復の魔法を使うこの異能は、中でも特に貴重価値が高いけれど、本当は人間だって当然のようにやってるただ怪我を治すだけの修復力を扱ってるに過ぎないわ。」
「回復魔法って、存在するんですか?」
セレナはニヤリと子供じみた笑みを浮かべると、待ってましたと言わんばかりに話し始める
「概念はね。ただ何故かこれが使えないのよ。みんな外のことに夢中で、自分自身が世界の中で何を成してるのかには興味ないみたい。
でも最も人間らしいと言われる、闇の魔法は違った。」
源二は突然のことに疑問符を浮かべる
最も人間らしい。たちどころに傷を癒やし、あらゆる感覚を消し、いく人もの人を葬ってきた魔法のどこが人らしいのか、源二にはそれが気になって仕方なかった。
「火、水、地、風のさまざまな派生系を含めた魔法属性は大いなる自然から生み出さへているものを魔法に転用した。
でも、闇の魔法使いだけは違う。闇は光と反対の効果を生み出しているわけだけど、光を求めるほど闇を求めるのは、人間の知覚そのものが闇を捉えないと光を捉えられないからに過ぎないのよ。
逆を返せば光も同じと言えるかもしれないけど、太陽や炎が放つ閃光は現象そのものと言えるけれど、闇だけはその副産物。いわば私たちが光の届かない世界を"闇"として定義しているに過ぎないということなのよ。」
「はぁ、だいたいわかりました。」
「だから、闇の属性だけは人間の機能を限界まで高める機能が備わっている。相剋を成す光には無く、闇の魔法にはある理由。
ただ、どうしても光と闇だけは現象の規模が大き過ぎて魔法による意識の消失が激しいんだけどね...」
「じゃあ、異能っていうのは結局魔法の規範にとどまってるってことですか?」
「ええ、ただその出来事に強い想念があったもののみが異能に目覚めるとはあるけれどね。例えば私はもともと貴族出身じゃなかったの。今でも覚えてる。初めて魔法を使えるようになって、それは両親に褒められた。それが嬉しくて毎日毎日練習した。でも最後はそれが原因で貴族に売られたわ。
当時は魔法を使えるだけで、戦いの中では重宝されたから。建前上の貴族になった、だから魔法が憎かった。
今ではとんでもない両親だったと言えるけれど、当時の私にはかけがえのない両親でもあった。だから魔法そのものしか恨めなかった。じゃなきゃ、私が何のために生きているかさえわからなかったから。でも嫌悪はその特質を知って初めて好きか嫌うかわかるもの。
食べ物だって一度口にするまで美味しいか不味いかなんてわからないもの。だから、誰よりも魔法を知ってる魔法使いになっちゃった。」
「なっちゃったじゃありませんわ。セレナさん、あなたはこの男の子をとんでもないことに巻き込んだんですよ?」
「はいはい、ごめんなさい。それに関しては本当に申し訳ないと思っているわ。」
「そもそも、なんで俺たちを召喚したんですか?」
「はい来た!それそれ!」
「あー、もー。この人は....」
金髪を揺らしながら頭を抱える様子を横目に源二が苦笑を浮かべると、相変わらずアンリ家という家系がこの親あってこの子ありなんだと言わんばかりにマイペースな空気を作り出していた。
「元は、皇帝が食糧難による戦争再開を回避する為だったわ。
異世界の知見が有れば、それも回避される。それが教会の教えだもの。」
「教会?そこにも、教会が絡んでるんですか?」
「あら?知らない?教会の崇める神様のこと」
「全然...」
「呆れた、教皇を殺そうとして勇者とも戦ったのに教会のことをこれっぽっちもしらないなんて。
敵だから何でもかんでも殺していいなんて発想、していいのは子供だけよ?」
「すいません。」
「セレナさん?この方をそれほど切迫した状況に追い込んだのは貴方ですよ?」
セレナは歳に似合わない戯けた顔を見せると、アレーもかすかに笑みを浮かべる
なんなんだこの空間は。あまりにも落差のありすぎる緊張感に源二の心ひとつだけ置き去りにされたまま話だけが進んでいく。
「まぁ、死んじゃったからね。未練もなんもないのよ。ずっとここにいて、また誰かが傷つくのを見て、感じて、世界が上手くいくか、悪くなるかをただ見ているだけ。」
「無責任ですが、その通りですね。」
二人は突然、落ち着いた表情で再びカップを傾ける。
源二もそれにつられて可愛らしいカップを傾けると口の中で炭酸が弾けて、思わず顔が綻ぶ
「というか、勝手に俺の中を覗くのやめてもらっていいですか?」
「あれ?バレた?」
「なんで俺が心の中で言ったことそのまま返してるんですか!自然過ぎて気づきませんでした。」
アレーも思わず口を隠しながら笑うと、源二の顔を覗く
この二人、全くタイプは違うけどやってることが怖すぎる。
いきなり現れた人の心の中を勝手に覗き込んで反応を伺いながら話を進めたりしていたかと思うと、源二は気が気ではなかった。
「でも、もう貴方もこのガーデンの住人だもの。
自分のガーデンじゃないこの世界は、自分を中心には回っているけれど、絶えず他のガーデンの影響を受けている。私が貴方に会いたければ、あなたの精神と繋ぎ合わされ、あなたが私と会いたいと望めば、繋ぎ合わされる。
何の願望もなければ永遠に一人。殻に閉じこもることだってできる自分だけの楽園。
でもこの世界は魔法を操る機関そのものでもあるから、私たちは永遠にこの世界に縛られ続ける。それが私達の宿命。
だから、おんなじ世界に閉じ込められた私達はあなたが心の中に狂戦士を抱えるように、全てが同一。」
「なんか、頭が痛くなってきました。」
「まぁ、私たちもよくわかっていないわ。でも、こう説明すればわかりやすい。肉体があるのがあっちの世界。精神だけが行き交うのが、この世界。わかった?」
「ざっくりし過ぎよ...」
「その消失って、なんで起こってるんですか?」
「うーん、一説では神が人間をこの世界に留めておく為?とかなんとか。これは大戦以前の話になるから、文献も情報も何もないのよ。大戦を経てそういう産物もまっさらになっちゃったから。」
3人の間に少しばかりの静寂が流れると、微かにプラスチックを弾く泡の音が耳に届く。
「じゃあ、その。アレーさんは、なんで俺に会いたいって?」
「それは、私の姉があなたの中にいるからですよ。
狂戦士、またの名をサフィール・ペーネロペー。私の姉です。」
「じゃあやっぱり。」
「ですが、私があなたに会いたかった理由は姉に会いたかったからだけではありません。あなたに、真実を知って欲しくて...」
「真実?」
「根源について。」
「クリスさん達について、ですか?」
「はい。




